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カダフィの誤算

2011年09月01日 | 歴史

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 カダフィ

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   あるとき知人の聖書研究者に聞いて見た。

『 アダムの最初の妻の名は、なんて言うのか 』

『 最初の妻って、それはイブに決まっている 』

 リリスというのが最初の妻で、イブは二度目の奥さんである。しかし是は、視野の狭い教団の信徒には酷な質問だったようだ。宗教団体の信者は教団の勧める書物は読むが、一般教養的な知識を自ら渉猟したりすることは、ほとんどと云って良いほど無かったりするのだ。別の教団の話だが、例の学会の信者は般若心経を読んだことも、そのような書物があることも良く知らなかった。

 おのれが読む教典、あるいは己を牧する者の言葉が、真実の全てとするならば、人は真実の谷の畔を歩むこととなる。天空のラピュタは見えない。『ベン・シラのアルファベット』(en:The Alphabet of Ben-Sira)と云う名の文献がある。其れに依れば、アダムの最初の妻はリリス ( Liiith ) と言うのだそうな。ふたりは互いの夫婦の営みに於いて、上位か下位かの意見の相違によって、分かれることとなった。リリスはエデンの園を離れ、空を飛び紅海の畔に住むこととなる。

 

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 智慧の実を食べた人たちが、カダフィを楽園から追い出したのか。

  欧米の金融博徒が、リビア強奪に乗り出した !!

 ベトナムの時とは違い今回動いたのは、名も知れぬ反政府の市民の群れであるという。アメリカ軍産の傀儡将軍は、ベトナム戦争の敗北によりハノイを離れて、米国に亡命した。そして齢80にして、マレーシアの首都クアラルンプールの病院で死去した。

     元南ベトナム副大統領が死去 元南ベトナム副大統領が死去


 リビアの首都トリポリは陥落したと、「国際社会」のマスコミがしきりと宣伝している。サウジアラビアのデモを、リビアの其れと報道する輩のこと、何処まで信じたらよいのか判らぬ。

 

 イルミナティの陰謀論風に云うならば、『世界政府の陰の軍隊が動いた』とでもなるのか。リビアの風雲児、青年将校もよる年波には勝てなかった。老いぼれて冷徹な判断を失った。子供に政権を世襲させたくて、事もあろうにアメリカにすり寄ったのがいけなかった。秀吉がわが子の後見を家康に託したようなものだ。

 今は金融博徒になりさがったが、もともとは欧州王族の金庫番が、ユダヤ金融のシンジケートだ。19世紀のギリシャ独立から、オスマントルコの崩壊まで、英仏は北アフリカや中近東には、一世紀以上も前からツバをつけていた。そしてリビアの政権は、ものの弾みでカダフィに奪われてしまっていた。その革命児カダフィも歳には勝てなかった。よりによって宿敵ユダヤ最大の温床国・アメリカになびいたのが運の尽きだった。

 わが郷の電探でスキャンすれば、ユダヤ報道とは別のイメージが、浮かび上がる。日本とか独逸の軍隊は、国家の規律で正規戦を行う。対して国際金融の部隊は、カネの軍隊おっと違った、影の軍隊つまりゲリラ部隊が主役である。外国軍の介入無しに、エジプトやチュニジアでは政権を打倒した、とか日本共産党の赤旗が書いているが、これはトンチキでデタラメである。ある意味日本共産党だって、外国の諜報部隊なのだから書けぬ事もある。左近尉が思うに、チュニジアとエジプトの 『 ジャスミン革命 』 も、湯田菌の胞子にまみれた影の軍隊が扇動したものだ。その数は百人とか、二百人では無かろう。そのうえの数だ、一桁も多い私服に身をやつしたある意味での正規軍が動いている。デモ隊に一般市民を巻き込むための、のほほんとした暢気顔が統制部隊の外縁を守る。武器を運ぶ兵站部門は、付かずはなれず、ビルや森の影を進む。そして当然のこと、通信社のカメラマンやレポーターも部隊の一員である。

 アメリカはCIAでイスラエルはモサド、そして英国にも諜報機関はある。今回はフランスやイタリアの、その手の組織が動いたのか。彼らはそれぞれの国家から、給料をもらう。その他にも湯田菌に奉仕をするのだから、胞子をもらう。例えばアフガニスタンあたりでは、阿片とかの違法薬物を貰う。日本などでも朝青龍の、「一般人の鼻の骨を砕く」事件があった。此の顛末で、港区の麻布あたりでは、違法薬物にまみれていると知れた。警察はその職責を果たさずに、アルバイトばかりしているのか。『事件性無し』の作文を、キムチマスコミにアナウンスさせて、おのれ等の「外国陣の諜報部隊」ぶりをいかんなく発揮して見せてくれたものだ。そしてついでに此処で書いておくが、野田佳彦・現首相は財務大臣の時に、ゴロツキ支那の大使館が、この麻布あたりの広大な土地を買うことに、了解の行政手続きを行ったはずである。


  アメリカの財政が逼迫して、アフガニスタンの戦争も継続出来ない。

 それでオバマ・ビン・ラディン( あれっ ? )の影武者を堂々と暗殺して、手仕舞いにかかっている。それで 

アルカイダ:ナンバー2殺害、組織に打撃 CIAか 【毎日】  なんてぇ情報も流れている。


 アメリカが駄目なら、欧州があるさ。

 戦争の犬たちは、北アフリカからアラビア半島辺りに、転戦している。

 わが郷で以前に書いた、オスマントルコ帝国の旧版図が、かれらの作戦範囲なのであろう。しかしなあ、彼らは頭が良いようで、そうでもないみたいだ。なんとイスラエルでも、30万人規模の反政府デモが起きているようだ。この国はカザール・ユダヤ人が、古い聖書にある故国復興運動で作った、人造国家だ。そして本当の歴史的ユダヤ人の、地中海人種はなんと差別されて、下層民とされている。

 

 

 なんだか是って、今の日本と似てないかい。

 インチキ・ニホン人のキムチ族が巾を利かせている。

 公共事業の土木建設事業の大手建設から、中小企業に至まで、そうとうの部位にキムチ族の赤い色が染み渡っている。警察もパチンコを梃子にして、違法賭博の遊具業界が、天下りを受け入れて、手名付けられている。マスコミ報道は進駐軍の時代から、朝鮮間諜の巣である。そして紳助の一件でも明るみに出たが、ヤクザは反日組織で、いざという時の暗殺部隊である。

 

 遠方からじっくりと俯瞰してみれば、恍惚のカダフィ大佐はいいように弄られてしまった。十年前にアメリカと手を打った。可哀相な爺さんは、この様に信じたのだろう。ところが此の十年は、国際金融配下の間諜が胞子を撒いて、外患誘致の茸を培養する月日だったのだ。


 

 ユダヤの暴力装置が外国に武力干渉する。

 その言い訳が、『 民主主義 』 である。もうひとつオマケが、『 経済の自由と国際化 』 である。

 この公式に当てはめれば、カダフィは経済の富を世襲で占有してきた。そしてそれに抗して立ちあがった民主勢力を軍隊で無残にも虐殺した。ならば民衆の、民主主義の敵カダフィの横暴を許すわけにはいかぬ。

 

 表向きはこのような綺麗事だが、ホントはリビアの石油がほしかった。それと欧米の軍産にしてみれば、兵器の在庫一掃セールがしたかった。日本の明治維新では、グラバーの用意した新式銃はずいぶんと売れ残ったという。リビアの心ある人たちも、リビア内戦で国内が荒廃すればするほど、欧米湯田菌・国際金融の思うつぼだと知るべきなのだろう。内戦の復興には外国からの金融支援をうけねばならぬ。ならば国際金融とより太いパイプをもつものが、新生リビアの政権を握ることとなる。それだけリビアは、ユダヤに絞られる。

 日本を金融で支配するために、さきの大戦は仕掛けられた。 同じことがリビアで起こっている。三菱財閥は解体されたが、小泉構造改革の時には何時のまにか、彼らは日本金融のユダ金への連合化の旗振りをやるまでに、復活するまでになっていた。 

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 第二次世界大戦では連合国イギリスと枢軸国であるイタリア、ナチス・ドイツとの間で激戦が繰り広げられた。ロンメル将軍の勇猛機甲師団で有名な北アフリカ戦線である。イタリアの敗戦により、戦後は英仏の共同統治領とされた。北アフリカで勝利した米英軍は、1943年7月10日、地中海を渡ってイタリア本土の一部・シチリア島に上陸、金貸し連合軍は、イタリア全土を蹂躙した。


 1949年の国連の決議により、1951年にリビアはキレナイカ、トリポリタニア、フェッザーンの三州による連合王国として独立した。リビア連合王国の国王にはキレナイカの首長であり、サヌーシー教団の指導者だったイドリース1世が即位した。1963年に連邦制は廃止され、リビア王国が成立した。


 1969年9月1日、ナセル主義者だった27歳のムアンマル・アル=カッザーフィー(カダフィ)大尉と同志の青年将校たちによるクーデターにより、トルコに滞在中だった国王イドリース1世は退位し、ムアンマル・アル=カッザーフィー(カダフィ大佐)を事実上の元首とする共和国が成立した。金貸し連合軍は北アフリカを失った。しかし此処は軍事的には要衝であるが、貧しい砂漠の辺境に過ぎない。

 その後はイスラーム主義や社会主義やナセル主義やカッザーフィーが著した『緑の書』に基づく国家建設を目指し、対外的にはソ連に接近して援助を受けた。1970年代から1990年代まで数々のテロを支援したとされるが、真偽は定かではない。テロとの戦いと言おうか、テロを工作した軍産の生き残りは、なにも911が最初ではない。1985年にはすでに西ヨーロッパで、テロ事件が起きている。翌年1986年には、リビアはアメリカ軍によって爆撃されている。


 93式携帯地対空誘導弾
 93式携帯地対空誘導弾

 

  リビア国軍が湯田菌部隊、いわゆる反政府軍の跳梁を許したのには幾つかの原因がある。第一にはリビアの大儀を放擲して、湯田屋つまり国際金融勢力の米英等にすり寄ったがためであったろう。鼻の下を長くして、今までの対立を無かったものにしたかった。ところが終には、自らの影響力を決定的に失う結果となったようだ。

 
  カダフィは米英や欧州の戦闘機とか攻撃機を有効に撃ち落とす、ミサイルを持たなかった。このことは、友好を装った十年間に徹底的に、調べられてしまったのだろう。カダフィは自らが、トリポリの城壁に穴を穿っていたのだ。
 

 

 

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