呪文 とんちかとんちかとくわばらくわばら
こどもの頃、祖母に聞いた話がある。
地震のときは「とんちかとんちか」と唱えるとのこと。
父は地震のとき運悪く便所にしゃがんでいたそうだ。
地震の被害はうけなかったのだが、厄除けのためしなければならなかったことが
あり、それを行うのが大変だったようだ。
それは、厄除けに田んぼを7か所変えて水浴びし、
身を清めなければなかった事だそうだ。
昔、家の前にはナガダ(長田)と呼ばれる段々の田んぼが広がっていて、
そこで水浴びして身を清めたと聞いた。
今は基盤整備されたキビ畑に変わっていて、稲刈り、とんぼつり、どじょうすくは
今はもう帰ってはこない遠い昔の想い出だ。
また、こんなことも、
雷が鳴ったら、くわばらくわばらと言うそうであるが、
与論では「わーういやくわーぎ、くわーぎ」と言いながら木の下などに駆け込んで
雨宿りをした。
雑学辞典によると桑原という地方には過去に雷が落ちたことがないとの
迷信らしく科学的な根拠は全くないらしい。
唱えた方言の呪文は「私の上には桑の木があるから安心だ」との意味である。
何時の頃から伝わっているのだろうと思って興味がわいたので思い出した。
中学生の頃自宅の屋根の葺き替えを手伝ったことがある。
藁ぶき屋根の天辺を茅と丈夫な竹で円錐形に組んで仕上げにかかるが、茅を抑えるために
竹の束のワッカを作り台風で茅が飛び散る押さえに使う。
またそのワッカが飛ばないように抑える杭に竹と桑の木が使われていた。
桑の木の迷信が建築にまで及んでいたようである。
現在は、雷が鳴ったら高い樹の下は避けること。
金属を探知して落ちるのではないことは皆さんも承知の上、
車の中が逃げやすく安全だと思っている。
もう一つ忘れられないことは、
祖母と叔母が雷に打たれ、やけどで済んだけれど、
一歩となりを歩いていた方が命を落としたことである。
大金久海岸一帯の保安林を整備する造林事業に参加しての事故だったと聞いた。
その事故を気に病んでいると言って、監督だった方が訪ねていらした。
ハキビナと船倉の保安林を案内したが、どうしてもと言われお墓参りもしてもらった。
「これでこころのしこりがとれて安心して死ねる」と言われたのが印象に残っている。
度重なる台風でそのモクマオウの保安林も何とも痛々しい姿になってしまった。
どうも寿命らしいが、
それに代わる在来のアダンやモンパやハマボウなどの造林もすでに進められている。
災害の予測は難しいが備えあれば憂えなしで少しづつでも樹を植える必要を感じる。
木を育てるのは10年、
人を育てるのは百年と言われる。
台風災害にあった今こそ植樹を通しての環境教育が待たれている。
我が子を育てるように樹を育てましょう。
これぞ人づくり。
小さい与論島だからできる
そして ちっさな与論がますます好きになる。
バンブー竹