僕がこんな、防空壕にすむようになったのは、あの空襲で家を失い、妹を、母を祖母を失ったからだ。
親戚も・・。焼きだされ僕を引き受けるどころじゃない。
おなじ境遇の少年達にであうまで、僕は町をうろつき、あげく、くたびれた身体を駅舎の中にやすませていた。
「おい。おまえ」僕を見つけた良治は僕が孤児になってしまったことを直ぐ、見抜いたとあとで教えてくれた。
僕は良治に手招かれるまま、良治の後をつい . . . 本文を読む
恭一が死んだ直接の原因は破傷風にやられたからだ。
高い熱を出しうわごとを繰り返し、恭一は僕らに謝った。
「ごめんよ。ごめんよ」恭一は自分の失敗を謝る。畑から芋をほりだし、それを僕らに持って帰ろうとしたのに、畑の親父に見つかってしまった。
手にした芋をとりかえされるだけでなく、恭一はこっぴどく親父が手にした棒でぶん殴られた。
その傷から、破傷風を拾ったんだ。ろくなものを食べてない。体力がなか . . . 本文を読む
外気の冷たさより沼の水は冬の寒さを予感する。
鯉やフナは水底に潜りだし僕らのちゃちな釣り針にかかる気配をなくし始めていた。
「どうする・・」冬が来る。僕らはこのままじゃ、飢え死にしてしまう。
「お乞食でもするか・・・」良治がつぶやいたけど、誰もうなづこうとしなかった。
人通りのある場所。例えば駅舎。そこにうずくまっている人間に時折食い物を与えてくれる者が居る。
だけど、食い物を与える人間 . . . 本文を読む
僕らは、むごい。いままで、僕らは盗みをしなかったわけじゃない。
りんご箱の居間の上には二組の布団がある。僕ら6人は・・・。ああ。恭一が死んで、僕らは5人になったけど。
その5人で二組の布団の中にもぐりこむんだ。
身体を寄せ合い、何とか、暖を取れるだけの二組の布団を盗んでくるときも、畑から、作物を盗んできたときも、これは、本人の眼の前でかつ、無理やりに奪い取ったものじゃない。
こそ泥って、行 . . . 本文を読む
僕らも早く、何とかしようとおもっていたのに・・。
こんな浮浪児が、まともに、稼ぐ方法もみつからないまま、僕らは引ったくりをくりかえしていた。
「嫌な予感がする」昭次郎がいったけど、それは予感なんかじゃなくて、当然の警戒態勢。
憲兵も駅舎の中に現れた浮浪児の存在に気がつく。
当然、其の目的も見えていただろう。あげく、其の強行の結果も耳に入る。
被害が、重なれば、いやでも、僕らの存在が注視さ . . . 本文を読む
背の低い植え込みの木は、どの借家の前にもうえこまれていて、憲兵はそれをいちいちのぞきこまなきゃ、僕を見つけられないだろう。
うまくいけば、他の場所に逃げ込んだと思ってむこうにいってしまうだろう。
僕は植え込みと家の壁の隙間に身体を埋め込んで息をひそめていた。
憲兵の罵倒と足音が近寄ってくる。
僕はますます、身をちじめ憲兵の通り過ぎてゆく気配を待った。
其のときだった。
僕の隠れた植え込 . . . 本文を読む
憲兵の足音はむこうにとおざかっていくようだけど、この一角は僕が入り込んだ柵を境界に袋小路になっていたんだ。
憲兵の一人は柵を見渡せるこの敷地の入り口に立って、もう一人が敷地の中に潜んだ僕を追い立てるって手はずだったようだ。
僕は迷い込んだ敷地の地形を知るわけもなく、憲兵達が遠ざかってゆく気配をかいでいた。
ハローは、しゃがみながら動き出した僕を見た。僕は一気にそこから、柵へ戻るために邪魔っ気 . . . 本文を読む
僕は玄関の隅でぼんやりとつったっていた。女がハローに別れを告げ、家の中にはいってくると、僕にいった。
「大丈夫だよ。あいつらは、ここにはこない」
治外法権というほどに大げさなことじゃないけど、GHQ絡みに話が進んでゆけば、事が面倒に成る。
憲兵達が、仮に僕が此処にかくまわれたと感づいたとしても手出しができない。かといって僕が此処を出るまで、ずっと、外で見張っているわけにも行かない。
「しば . . . 本文を読む
僕が入っていった部屋は板の間の台所だった。そこには、丸い、足の長いテーブルがあり、椅子が二脚おかれていた。
ひとつは、ハローが座る椅子なんだろう。「そこにすわりなよ」女のいいなりに僕は椅子に座った。女は水屋にちかよると、しゃがみこんで、一番下の扉を開けた。銀色の包み紙に包まれたチョコレートが何枚も積み重ねられていた。
女は水屋から持ち出してきたチョコレートを僕の前にさしだした。
「おたべよ。 . . . 本文を読む
女はハローに貰ったチョコレートを食べなかったんだ。
ハローに身体を売っても、施しをうけたくなかったんだ。
其のチョコレートをよほどどこかにすてちまいたかっただろう。だけど、食い物を粗末に出来ないんだ。甘い物ほしさにチョコをねだる子供もいる。それを見ている女は捨てる事などいっそうできはしない。
ならば、女が子供達にチョコレートをわたしてやればいいと、いうことになるだろう。
なのに、チョコレー . . . 本文を読む
女が喋りたかった事は何故、自分がハローのオンリーになっているかという事。
そして、僕にチョコレートを渡そうとしたいいわけ。
もし、僕が断らなかったら、女は自分の身の上話などしなかっただろう。
僕の拒絶を見て、女は自分にこだわりがあるくせに僕にチョコレートを渡そうとした自分を煎じ詰められてしまったんだ。
僕の「いらない」は、女が娼婦でない部分と合致する。
僕はまた、「女が娼婦でない部分」と . . . 本文を読む
腹がくちると、僕は猛烈な眠気に襲われていた。椅子に背を当て僕は目をつぶりそうになる。
「いやじゃ、なかったら・・・」女は僕に女達の戯れの後の布団で、眠らないかと言葉をそえた。
「うん」畳の上。屋根の下の布団。空腹の無い眠り。
その条件は魅惑的だった。
女は台所の横のふすまを開けた。そこには、夜具がしきのべられ、乱れた布団はさっきまでのハローと女の狂態をにおわせた。
だけど、僕はただ、ひた . . . 本文を読む