憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

―沼の神 ― 1 白蛇抄第11話

2022-09-02 11:17:02 | ―沼の神 ―  白蛇抄第11話
直垂の端が水にしみてゆく。澄明はふいと上をみた。足元は沼の水が湧き出るほとり。なのに、なぜか澄明は上を見た。十七の春だった。 沼と呼ぶにはあまりにも清浄であった。が、ここはやはり湿地帯の中で滞った水が作った沼でしかなかった。沼の上まで枝を広げた桂の木の枝が澄明の目の前にあった。枝の上に絡みつくようにして、得体の知れない生き物が澄明を見据え手招きしていた。「お、おまえ?なにものだ?」妙な怖気も怨気 . . . 本文を読む

―沼の神 ― 2 白蛇抄第11話

2022-09-02 11:16:46 | ―沼の神 ―  白蛇抄第11話
今、先に見た事は夢でなかろうかと反問しながら澄明は静けさの漂う沼を離れた。森を外れ城下に戻る道をややもすると俯き加減に歩む澄明であった。生き物は最初は確かに得体の知れぬ姿をして見せた。澄明が賢人かと思ったとき生き物は賢しい老人の姿に変わって見せた。間違いなく澄明の思いを読んでいる。サトリかとも思った。だが、サトリは対峙する相手の事しか嗅がない。「白峰がお前をくじる」と、白峰側からの事実を断定的には . . . 本文を読む

―沼の神 ― 3 白蛇抄第11話

2022-09-02 11:16:28 | ―沼の神 ―  白蛇抄第11話
ところがである。大木である。おまけに鋸の目が立ちきらぬほど堅い。一日かかりで楠の胴の三分目もひききっただろうか。是は三日はかかる、続きは明日にすればよいと、棟梁を筆頭にして今日の労をねぎらうと、その次の日の朝に騒ぎが起きた。三分目ほど切ったはずの楠の切り口はものの見事にもとの鋸傷ひとつもない楠木に立ち返っている。「和尚?でえじょうぶなんですかい?」尻込みする棟梁を宥め、久世観音の夢枕の話を聞かせた . . . 本文を読む

―沼の神 ― 4 白蛇抄第11話

2022-09-02 11:16:12 | ―沼の神 ―  白蛇抄第11話
境内の東端の鐘突堂の片尻に堂の廂を庇うように楠がそびえたっていた。教えられなくともそれが件の楠だと察しがつく。「あれでございます」澄明の眼差しを見取り、いわずもがなの応を延べた。「いやはや、どうにも・・・なりませなんだ」和尚の力で怪異を納めようとしたのだろう、楠木の根方には小さな壇がくまれその上には得度の袈裟をつまれていた。きき目がなかったと己の非力を露呈するしかなかった和尚に答えず澄明は楠に近寄 . . . 本文を読む

―沼の神 ― 5 白蛇抄第11話

2022-09-02 11:15:54 | ―沼の神 ―  白蛇抄第11話
和尚に声をかけられたときと同じに気分は低く地を這う様であった。空に闊達に伸び上がる杉の木立を抜け澄明は白河にかえろうとしていた。もやりとした思いを朱雀にぶつけ問い質してみたいことがある。一刻も早く白河に辿り着きたい澄明であるのに足取りは重く、捗らない。「苦しい」胸のうちの塊を言い表せばその一言になる。思わぬ呟きになった独り言を発した後、澄明はぞっとした思いにつかまれた。「なにもの?」嫌な気配がある . . . 本文を読む

―沼の神 ― 6 白蛇抄第11話

2022-09-02 11:15:36 | ―沼の神 ―  白蛇抄第11話
この時澄明の胸に妖孤の一言が韻授となって、えぐりこまれたと知るのはあとのことになる。 帰ってきた澄明の顔色の冴えぬを気づかぬふりで正眼はたずねた。鴛撹寺の和尚が澄明を尋ねて来たのはもうひと刻もまえになる。澄明の見廻りの場所を和尚に教えれば、案の定澄明の帰りが遅い。鴛撹寺の和尚の用件に梃子摺っているのかと思えば、わざわざ澄明を名指してきた和尚の用件も気になってくる。ましてや、澄明が沈鬱な顔であれば . . . 本文を読む

―沼の神 ― 7 白蛇抄第11話

2022-09-02 11:15:20 | ―沼の神 ―  白蛇抄第11話
「比良沼で見た事もない生き物にあいました。父上はしっておるでしょうか?」「おう?」どうやら、澄明の今日一日は、楠やら九尾だけでなかったようである。比良沼の生き物と交わした話を伏せながら、正眼の見識を待つ。「聞いた事がある。だが、不思議な事に観たもの観たものすべて、違う容をいいおるそうな」「そうでしょう」澄明の頷きはおもいあたるふしがあるということになる。「どうして、そう思う?」「私の見る前で姿を変 . . . 本文を読む

―沼の神 ― 8 白蛇抄第11話

2022-09-02 11:15:03 | ―沼の神 ―  白蛇抄第11話
「朱雀よ、いでませ」朱雀に問うてみたい事があると正眼に云ってみたものの澄明の声にかすかな迷いがある。が、守護をしく紅き鳥は澄明の迷いさえみすかしてあらわれた。「妖狐とおなじことなぞいいはせぬ」朱雀は澄明の今日の出来事をすべてしりつくしているようである。「はい」朱雀の瞳は半眼になり澄明の言葉を待ちじっと、持している。「とうてみたいことがございます」「なんぞ?」「楠のことです・・そのおり」澄明の尋ね事 . . . 本文を読む

―沼の神 ― 9 白蛇抄第11話

2022-09-02 11:14:48 | ―沼の神 ―  白蛇抄第11話
「おまえの頭の中にある事は白峰の暴挙のことだ」まるで、妖狐とおなじである。だが、あえて前言撤回と言った朱雀である。「おまえは、命かければ恋を、願いをかなえられる事に憤っておる」「・・・」「もっと、言えば、白峰の暴挙に命かける誠なぞあってほしくない。誠があるばかりにお前は虫けらのごとくに白峰に翻弄される」「いえ」否定はしたものの其の通りですとばかりに澄明の頬につたうものがある。流れ落ちる涙を拭いもせ . . . 本文を読む

―沼の神 ― 10 白蛇抄第11話

2022-09-02 11:14:33 | ―沼の神 ―  白蛇抄第11話
其の後朱雀は黙りこくった澄明をじっとまっていたが、澄明にやっと「もう少し考えます」と、告げられると南天に帰することにした。次の日の澄明である。鬱々とした思いは昨夜の朱雀とのやり取りを反芻させるだけである。朱雀のいうとおりである。確かに楠の誠は命をかけたものであろう。だが、例え其の先で死を持って帳合をあがなうとしてもこれを赦す久世観音が、不遜におもえる。なってはならぬことであるなら、成らす前にとめる . . . 本文を読む

―沼の神 ― 11 白蛇抄第11話

2022-09-02 11:14:16 | ―沼の神 ―  白蛇抄第11話
手の中にはまだ赤子の柔らかな命の息吹がのこるようである。次三朗の峻烈な思いもうらやましくさえある。命を懸けて得た物の重みの名残りが澄明を無言のまま圧している。得手勝手といわれようがほしくある次三朗のおもいである。別れの辛さよりこの手にしたかった赤子の息吹である。命や、杓子定規な定法などいくらのせても楠の量りはかたむきはしない。白峰もおなじか?さすれば、白峰を無明地獄に突き落とすはこの澄明か?たった . . . 本文を読む

―沼の神 ― 12 白蛇抄第11話

2022-09-02 11:14:00 | ―沼の神 ―  白蛇抄第11話
妖狐は気が済んだかもしれない。が、実の所、妖狐の言葉が澄明をさらなる困惑の只中に落としているとはしりもしない。一つの疑念は終焉を迎えたが、思いが今生で叶わぬなら転生の後にかけるといった、妖狐の言葉に澄明はぞくぞくする悪寒さえ感じていた。これこそ、朱雀の言う「白峰の心が晴れぬ限り、お前は来世でも同じことをくりかえすであろうの」であり、「因縁は更なる因縁を産む。お前は其の流れに飲み込まれたまま生き続け . . . 本文を読む

―沼の神 ― 13 白蛇抄第11話

2022-09-02 11:13:44 | ―沼の神 ―  白蛇抄第11話
「哀れな。小ざかしい知恵は己によるものでない故に、哀れな」呟きがきこえ、澄明の前に姿を見せた沼の神の姿に澄明は己の目を疑った。だが、是こそが実体なのかもしれない。澄明は後に引く間合いを取りながら、いやらしげな男をみつめた。「ふん。正眼にいらぬ知恵をつけられ、心の目が開かぬか?」股座の脹らみをなでさすりながら澄明を見る男の目は女子への色欲をありありと浮かべ、だらしなくあいた口元も、すいたらしさを表す . . . 本文を読む

―沼の神 ― 14 白蛇抄第11話

2022-09-02 11:13:29 | ―沼の神 ―  白蛇抄第11話
伏せた瞳を上げると、目の中に映った沼の神は、政勝の姿だった「え?」沼の神は澄明の思いを映し込んだのだ。「ほ?」沼の神も一瞬の変転を悟った。「親の苦渋をしりとても望まれたい男はこやつということか?」「い・・え」澄明の戸惑いをみぬく。「妹と争う、も、省みぬお前でありたいが、本当だろう?」「違う・・」「ちごうておりはせぬ。お前は白峰の如く勝手気ままに望むものに触手をのばす事もできぬ。白峰の勝手な生き様は . . . 本文を読む

―沼の神 ― 15 白蛇抄第11話

2022-09-02 11:13:13 | ―沼の神 ―  白蛇抄第11話
沼の神を呼んだときに現われた淫卑な男が澄明を抱いていた。「あさましい・・」沼の神の見せた淫卑な男の姿のことではない。目の前で何度となき沼の神の変転をみれば、否が応でも是が己の心の象りでしかないとかんがえつく。と、なれば、この淫卑な男も澄明の心の象りである。己の心の底で政勝を求めているを見せつけられ、澄明は我を忘れ、幻に身を任せようとした。政勝恋しのはて。叶わぬ恋のはて。幻で己の憂さをはらそうとした . . . 本文を読む