「それで?」
白銅に促がされると、
「ああ・・。此度の黒い影。双神じゃろう」
「双神?」
「わしの推量もあるが、一人は一穂に付いておって
もう一人はあの女鬼を食い尽くして新たな生贄を求めて隙を窺っている」
「双神というのは?」
「この世界の者では無いそうな。仏界にも、神界にも、言わんや。
天空界にもあのような者はおらなんだ。
と、なると何処ぞから突然生じてきた者か。流れついたか」
「な、ならば?喩えて言えば、それはたたり神と同じような?」
「かもしれぬし。八代は魔界から現われたのやもしれぬとも言うておる」
「たたり神ならその怨念手繰れば解決もあろうが、魔界の者であらば、
今以て姿さえはっきり見せぬにそれも判らぬに。その上双神と言うか?」
「それについての、伽羅が例の女鬼から話しを聞いておるに。あれを呼ぼうてある。
もうしばしでここに現われよう。あれの話しも聞いてみると良いわ」
何時の間にやら白峰が手繰り出した伝手が伽羅だったので、
白銅と澄明の二人は顔を見合わせていた。
その二人を見ながら白峰はゆっくりと口を開いた。
「そやつらはマントラを唱えておったそうじゃ」
「マントラ?」
訝し気な白銅の横からひのえが尋ねた。
「立川真言流も、関与しているという事なのですか?」
「なんじゃ?それは?」
白峰のほうに尋ね返されてしまった。
「立川何某が教祖になりてやはり、マントラを唱え・・極楽浄土を謳い文句にして・・」
澄明が告げるとしばらく考えていた白峰だが
「立川?ああ、そんなものは取るに足らん事よ。
あれは、現世の極楽に酔うておるも良いわ
と、神界が一番失笑しておった類じゃそうだから、まず、関与は無かろう」
「やはり。別区立ての物ですか?」
「酷い遣り口でな。・・・・ん?来おったな」
白峰は伽羅が扉の前に佇んだ気配を察して
「入り来て、ひのえらにあの女鬼が事聞かせてやるが良いわ」
伽羅を呼ばわるとひのえのほうを向いて
「先から八代が呼び寄る。余りに煩いから少し行って来る」
言い残すとその姿が掻き消えて行った。
おずおずと入り来たる伽羅が白銅と澄明で並び添いたるを見ると
ぺこりと頭を下げたのであるが
二人が伽羅を見る目で白峰に言われた事が二人には火急な事なのだなと察せられた。どうも名前の事はまた先になりそうだである。
伽羅の方もあれきり姿を現さなくなった波陀羅の事も気懸りでもあり、
波陀羅が抱え込んでいる問題に対しても
伽羅には澄明に話す以外なんの手立ても考えられず
手を擦る様にして囲炉裏に近寄ると澄明に
「久しぶりな・・・なれど、またも良い話ではないに」
と、前置きをして伽羅の知る限りの波陀羅の事は無論、
波陀羅から聞いた事全て余す事なく澄明に伝えたのである。
「子があるというのだな?」
念を押すような澄明に伽羅は頷くと、更に・・・。
「その子らも魂をへちゃげられた様な有り様なのじゃ。
いんや、我が見た訳じゃ無いに、波陀羅が自分もそうじゃというが、我にはよう判らん。なれど、嘘ではないに・・・。
第一その様な事、嘘を言うても始るまい?」
「伽羅。ように判っておる。我等もその女鬼は見ておる。そ奴が自分でいう通りじゃ」
白銅に言われると伽羅も
「なんぼか、嘘である方が良いわの」
紛れも無い事実と知ると伽羅も肩を落としていたが、
「しかし、澄明。日取りは整うたかや?」
やっと澄明の事に触れる有様であった。
「知っておったのか?」
白峰との経緯の果ての白銅との馴初めの事も万事承知である様子の伽羅に尋ねると
「所で、悪童丸が方はどうなのじゃな?」
自分の事はさて置いての心配りの細やかな澄明に
「ああ。女子の子じゃったに。神の守かの?
時折、ほやあと笑いよるに可愛いものじゃよう」
伽羅も我が孫でも無いのであるが目を細めて言うのである。
「そうか。勢姫も元気であらせられる?」
「よう乳の出る女子じゃに、早苗をように太らせてくれおって。
あ、二人での母者人にあやかってのかなえの、なえだけ貰うて早苗と名づけたに。
良かろう?」
澄明は頷くと
「可愛らしい名じゃ。その名の通り大事にのびのびと育ててやると良かろう」
「ああ・・・」
早苗の名の良し悪しも気になっておった伽羅がようやっと一息ついた気分になると
「ああ、そうじゃ。なんじゃ忙しそうな様子に申し訳無いがの。
今更急ぐ事ではないが悪童丸もいかばかりか、何がなんでも、
その、何じゃ、早苗が物心付くまでには悪童丸の幼名を改めてやりたいに。
なんぞ、考えてくれぬか?
忙しゅうて遣り切れぬなら澄明の一字を貰うて我が考えてみるが・・・」
「判った」
「ああ。そうしてくるるか?」
伽羅の声は嬉しげである。
「しばし、猶予をくるるの?」
「ああ。先にも言うた通りじゃに。ああ・・・これは良かった」
そんな事一つが嬉しくて仕方のない伽羅に白銅が
「伽羅は子煩悩じゃな」
優し気な言葉を懸ける。
「我には子が授からなんだに。
故、猶の事、子が居ったらこの様な物かと思わされてな。
我は我が身で子も生んでおらんに婆にまでなれて果報者じゃと思うておる。
それもこれもそこに居る澄明の御蔭じゃに。
澄明が事、泣かせるような事があったら我が許さんに・・・・」
伽羅は拝むような目で白銅を見詰めた。
「怖いものじゃな。
御前にしろ、白峰にしろ、皆がひのえが事になると一心不乱じゃの」
白銅が愛しい目で澄明を見ながら言うので
伽羅は思い切って白銅に言い返して見せた。
「何を言い遣るか?御前が一番「一心取り乱し候」であろうが?」
衒いもなく、白銅が
「そうじゃ。お前の言う通りじゃ。わしはこれがおらんかったら生きておらん」
と、言う。
白銅が伽羅に言う様にして澄明に念押しをしていると気がついた伽羅は
此度の事態が澄明の進退を極めさせる程に
澄明を追い詰めているらしいと気がついていた。
「なんが、あったかしらんがまた判った事があったら伝えにくるわ。
でもの、あの白峰が大人しゅうに御前等の言うことに力を貸しているくらいじゃ。
何とかなるわ。あの・・・白峰がの・・・」
大神のまさに牙を抜かれた蛇の様な有り様を思い浮かべて
伽羅はくすりと笑ったのである。
「帰るわ・・」
伽羅は扉を開けて出て行くとそれを待っていたかのように、
いや、待っていたのである。白峰が姿を現し
「要らぬ事を言いよるわ」
伽羅が立ち去ったのを確かめる様に見ていたが、
「悪い知らせじゃ」
と、ひのえを見た。
「何ぞ?」
「政勝が事に異変じゃ」
「どうされた?」
白銅も身を寄せて聞いてくると、
白峰は八代神から聞かされた政勝と一穂の不振な行動を話し聞かせた。
「それを止めてくれたのは、やはり黒龍ですか?」
「あ奴は、一日中、政勝の思念を見ておる」
白峰の話を聞いている澄明の顔色がほっと落ち着いた物を見せていた。
「黒龍が守護に入ってくれましたか」
政勝の思念が振られてしまっていても、
それが、振られているせいで思念を読み取れないのか、
たんに政勝が無意識になって
例えば、ただ、ぼおーとしているだけなのか、何も思ってないだけなのか、
その判断は付けられない。
意識が途絶える事が無いか、政勝を日がな読んでいる訳には行かぬ事でもある。
その上、思念が掴めない度に、政勝の元にいって確めている訳にもいかず、
かといって、出来る事ではないが
政勝にへばり付いてしまっては、双神自からが動きを止めてしまうかもしれない。
それを黒龍がしているのである。
政勝が思念を振られてしまったら陰陽師では、
入りこめない政勝の思念に涌かしや、浮かびにより政勝の状態を阻止できるのは、
神であらばこそであり、元親様であればこそである。
そして、双神が天空界に上がれぬ存在であれば
政勝を守護する黒龍に気がつくこともない事である。
双神の動きを止める事は無い。
「むろん黒龍は、かのとのほうも守護しておる。ふ、言わずもがなであったかの?」
それに付け加えて白峰が
「この地・・・この社・・・御前らの自在に使うが良い」
白峰の聖域を澄明と白銅の二人に解放する理を発したのである。
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