プロト
「遅かったのね」
先に床についていた私を起こしにきた夫の用事をしながらたずねてみる。
「ああ、部長、おいおい、なきだしてさあ」
「ああ・・・・。無理ないかもね。40年勤めてきたんだものね」
誕生日で定年退職になった部長の送別会を部長宅に招かれてのことだった。
「部長のとこにはよくご馳走になりにいったけどさ。
もう、これで最後だなあって、みんなもらい泣きさ」
「うん・・・で? . . . 本文を読む
1
がんちゃんはとても、いじわるだ。
私とは、家が近いから学校へのいきかえりでも、
しょっちゅう、いじわるをしてくる。
私の三つ編みをひっぱるのは挨拶がわりだし
教室にはいれば、私の机の上に芋虫とか蛇とかおいてくれる。
新しい定規もがんちゃんが最初に定規でなくちゃんばらごっこでつかってくれた。
もちろん、そんないじわるも私だけでなく同じ教室の女の子全員被害にあってる。
ほかの男 . . . 本文を読む
2
こんな片田舎にまでは空襲はやってこなかったけど
都市部は壊滅的な被害をうけ
やがて、戦争は終結した。
家は百姓だったから、無茶に食うに困った覚えもなく
戦争が終わった。
日本が負けた。
赤紙がきた出征兵士の家には
やっぱり、兵士は帰ってこなかった。
ほんの少しだけ変化した村の人員は
戦争が始まったころの変化のまま
変 . . . 本文を読む
3
ジープをみかけたら、がんちゃんを探す。
そんなことが10回以上あったろうか。
あるときから、ジープがとおりすぎるのに、がんちゃんを探しても、
どこにもがんちゃんの姿をみつけることができなかった。
それどころか、学校からの帰り道、いつもなら追い抜きざまに私の三つ編みをおもいきりひっぱりさげるのに
わきめもふらず、そう、その言葉そのもので
私の . . . 本文を読む
4
さっちゃんと帰るのは、いつものことだけど
今朝、さっちゃんにつげられた事実を確かめにいきたいと
授業がおわるのを、まだか、まだかと、待っていた。
朝、開口一番。
さっちゃんが告げてきたことはがんちゃんの行き先だった。
「あのね、黒岩さんってしってるよね?」
知ってる。村のはずれの一軒家だけど、きっと知らない人は誰もいない。
黒岩さんは村一 . . . 本文を読む
5
放課後になると、がんちゃんは掃除もそこそこに
教室を飛び出していった。
私たちはがんちゃんがかたづけていかなかった雑巾をあらい、
雑巾バケツも洗い、用具置きにいれなおして、塵箱のごみを焼却炉にすてにいってから
がんちゃんのあとをおった。
黒岩さんの家は大きな道を渡ったむこうにある。
いつもなら、大きな道に沿った土手の小道をあるいて帰る。
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6
次の日の朝、がんちゃんは柿を新聞紙にくるんで
肩掛けのかばんにつっこんでいるようにみえた。
鞄の胴がいくつかのいびつな丸みをなぞらえて異様にふくらんでいた。
最近は学校の帰り道に進駐軍と遭遇することがなくなっていた。
がんちゃんは進駐軍に会えるまで毎日柿を鞄につめてくるのだろうか?
日にちがたったら、熟して、鞄の中でつぶれてしまって
教科書も筆箱も . . . 本文を読む
終わり
ジープをとめると、がんちゃんは荷台の横にまわりこんでいった。
私たちも土手からジープの近くの道のきわまで、はしりおりていった。
おいついてきた浮浪児たちは、ジープをとめてしまったがんちゃんに目をみはりながら
じっと、たちすくんで、なおも、がんちゃんの一挙手一投足をみつめていた。
「え~~と、エクスキューズ・ミー」
自分たち . . . 本文を読む