憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

邪宗の双神・・7   白蛇抄第6話

2022-12-22 11:21:10 | 邪宗の双神   白蛇抄第6話

それで、澄明は改めて政勝に尋ねた。
「社があったのですね?」
政勝は澄明の問いに訝りもせず
「おお。東北のほうに深く進んで行くと。そうじゃな、大きな椎がある。
それを右手にして曲がって行くとすぐ、開けた場所に出てゆく、そこにある社じゃ」
はっきり場所まで断言するのである。
「大きな椎というのは?腰の高さの辺りに大きなうろのある椎の木ですか?」
澄明の問いに政勝も
「そうじゃ。人が抱かえたら二抱えはあるかも知れぬ。立派な椎の木じゃ」
どうやら澄明の思った木と政勝の見た木は同じ物であるらしい。
「そうですか」
澄明は頷いて白銅を見た。
白銅も周知の事であるが、
その椎の木の先には確かに政勝の言うように開けた場所があることはある。
が、それだけでの場所であり
神室(かむろい)に値する場所であるのであろう、
しんと張り詰めた雰囲気がするだけの
まばらに下草の植えているだけの平たい場所で
建物なぞ土石一つとて無いのである
が、建物の在る無しを詮議していても始まらない事である。
「政勝殿。とにかくはもう森羅山にお入りにならないように」
白銅は政勝にそう言う。
「所で、その後一穂様に何か変わった様子は見られませなんだか?」
「いや・・・別段」
澄明も白銅も再び互いの顔を見合わせると、黙って頷いたのである。
これ以上政勝から聞き出せる事も無さそうであるとなると、
二人の腹は決っていた。
どう考えても一穂に付きまとう影の禍禍しさは
政勝の言うような真言立川流に関与するような程度のものではないのである。
が、在る筈もない社の存在をああもはっきりと見たといい、
尚且つ、問題の一穂までその社の中に脚を踏み入れているならば、
当然、澄明も白銅もその社を確かめに行かずばなるまいと考えたのである。

所が、二人が政勝の所を後にして森羅山に向かおうする所を
かのとが追いかけて来たのである。
肩で息をしている、かのとの息が整うを澄明が待ちながら、
かのとの顔色を窺っていたが、やがて
「どうしました?」
尋ねると袱紗を一つ、握り締めていたのを澄明に渡すと
「忘れ物を・・・」
と、言う。が、当然それは澄明の物でないのは自明の事である。
何ぞ考えがある事だなと澄明も双生の片割れのかのとの事は判っている。
「届けるというて、追いかけて参りましたに」
かのとが政勝の居る所で話せない事があったのだなと澄明も悟りが早い。
かのとの話しを促がすような澄明の眼差しにかのとの瞳がちらりと白銅を見やる。
それだけで澄明もかのとが話したい事に白銅の存在がうろん気なのだと察せられると
「白銅。すまぬ」
と、声を懸けた。
白銅の方も言われずともかのと、と、澄明の様子で気取っていて、
ついと向こうに離れて行こうとしていたのである。
白銅が向こうの日溜りの梅ノ木の方に行ったので澄明がたずねる。
「どうなさいました?」
「それが・・・・私の思い過ごしなのかもしれませぬ」
わざわざ追いかけて来たわりにはかのとらしくなく言い渋るのである。
「思い過ごしならば、わざわざ追いかけて来ぬでしょうに?
それに聞いてみなければ思い過ごしかどうかは判らぬでしょう?」
澄明が言えば
「あ・・・ああ・・はい。そうですね」
かのとも言うのだが、どうにも、かのとが口から言葉にし難そうに黙り込むのである。
「言い難い事なのでしょう?でも、気懸りは話してもらわねば後で私が気に病みます」
白銅の前でさえ話し難い事であったのであれば
尚更かのとの気懸りを聞いてやれるものは澄明しかいないのである。
澄明のその言葉にかのとがやっと
「政勝さまがおかしいのです」
と、言い始めた。

「おかしい?・・とは、どのように?」
澄明に尋ね返された、その内容がかのとには話し難い事であったのである。
訪れた白銅と澄明の話しがくどに立っていたかのとにも聞こえて来たのであるが、
その話しを漏れ聞くともなく聞いている内に
「あ、あの・・夫婦事なのですが。
一穂様が社に入ったという、丁度そのころからおかしいのです」
かのとの方も時期的に符号する政勝の変化が殊更に気に成ってしまったのである。
と、言ってもかのとが
なかなか具体的にどう、おかしいのかを話そうとしないので
澄明も痺れを切らした。
「読みますよ」
かのとの方があっさりと
「そうして下さい」
と、返して来たので
これではらちが開かないとふんだ澄明はかのとを読み始めた。
そして、しばらくするとかのとに
「しばらく、正眼の所に帰っていらっしゃい。
言い分けなぞなんとでも取り繕えましょう?」
と、答えたので、かのとのほうが沈み込んでしまったのである
かのとは顔を上げると
「考えて見ます」
と、だけ答えると元来た道の方を振返り尋ね返して来た。
「普段は何ともないのですよ。
それに、その事も、あってもおかしくはないことでしょう?」
夫婦の睦みあいにいいほどあぐねた夫婦が趣向を変え様という戯事ならば、
かのとの言う事も判らぬ事ではないのであるが
まだ夫婦になれ初めて二歳もたっていない。
しかも政勝の性分からもあり得ない事に思えればこそ
かのとも不安を胸に抱きながら政勝の豹変振りを受け止めて来たのである。
せめてもひのえに大丈夫と言われたくもあったのであるが、
かのとの不安は的中していたのである。
「かのと。悪い事は言いません。とにかく帰ってらっしゃい」
懸けた言葉を背にかのとは政勝の元へ帰るつもりなのであろう、
澄明の言葉に今度は答えもせずに走り出していった。
ふううと、大きなため息をつく澄明の側に白銅がやってきていた。
「どうした?」
澄明を覗きこむ白銅には、かのとを読み透かしたその内容を
話しておくのがよさそうであった。
「どうやら、黒い影が差配しようとしているの一穂様だけではなさそうです」
と、告げた。
「どういう事かな?」
訝しげに尋ね返す白銅に
「政勝殿がどうやら思念を振られている様なのです」
「政勝が?」
「ええ。かのとに・・政勝殿が・・・はああ」
ため息になる澄明なのである。
「何ぞあったのか?わしが見る限り、いや、気になって読み透かしたのだが。
なにも無かった」
白銅の言葉を折り取る様に澄明は
「だから、思念を揺さ振られていると言っているのです。
白銅。私も政勝殿の事は読み透かしてみたのです。
けれど、一切、政勝殿の中にはかのとにして見せた事一つに対して
衒い一つさえ見当たらないのです。
つまり、自分に覚えがないまま、しでかしているとしか」
「かのと殿に政勝が一体何を?」
「色子になすような振舞いといえば、お判り頂けますか?」
「え?」
二の句を継げずに白銅が押し黙っていたが
「ま、まさか?いや、政勝は・・そっちの方は・・あ、いや・・」
男色を求むるような男でもなければ、かのとをその代わりにするような男でもない。
仮にそういう毛をもっていたとすれば、
かのとが今頃、たじろぐ筈もないであろうし、
政勝の思念の中にそういう毛があることを恥じる物もあれば
それを読まれぬはせぬかという思念も沸こう。
が、それも無いのである。
「ありえますまい?」
「しかし・・・その・・・」
睦み事の度を越して、そちらの方でもかのとを試したくなったのでは?と、
白銅も聞き及びたくもあるのだが、
さすがに澄明ことひのえこそ白銅が恋女房に貰い受け様という
女子に聞ける事ではない。
「何よりも政勝殿にその時の思念がない。
手前の意思でやっておらぬ。それが、おかしい」
澄明の方はかのとの中から何おかを読んだのであろう。
きつい言葉つきで断言すると白銅に
「なにを目論んでおるのか判りませぬが
政勝殿の思念を振るとなれば
そこらの齢を経た狐狸如き容易さで正体を見せてくるとは思えませぬ。
社事、実在を飛翔させる力があるのか、
あるいは我等の目を謀るほど・・・。
いや、既にそやつの思念の只中に我等もいる?」
澄明の言う通りであるのかもしれない。
政勝の異変に気が付かなかったという事自体、おかしな事なのである。
守護するにも、政勝の思念事掴まれ、振られてしまっているのなら
陰陽師がいくら言霊や式神を飛ばして浮かびをおこそうとしても、
いつかの様に政勝の咽喉を借りて政勝自身に呼掛けてもそれも通じる事ではない。
ましてや、政勝自身が思念に振られているかどうかさえ判らないのである。
と、澄明の怖気の程が伝わってくると白銅も
改めて五行の運気を取りこむ護法を唱えた。
「とにかくもその社のある場所にいってみよう」
と、同じく護法を唱える澄明に白銅の意思を伝えた。

その森羅山に分け入る二人がやがて辿り着く場所に佇む者がいた。



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