僕が見た憧憬は椅子の下で遊んでいる仔猫だった。かあさんのうしろ姿しか、もう僕はおぼえていない。なぜ、かあさんがいなくなってしまったのか、僕は知らないまま大きくなった。あの頃、仔猫だった、白いミュウはもう、よぼよぼのおばあさんになって、縁側でひなたぼっこをしている。飛んできた雀の子にさえ、興味をしめさず、よびかけても、うずくまったまま、耳さえうごかさなかった。椅子のしたで遊んでいたミュウの姿をくっき . . . 本文を読む
小さな息苦しさをふきとばすと、あとは風の香りにおされて、家路をたどる。登ってくる時は押して上がった自転車も帰りは気楽。風が薫る坂道を降りていくそのときの爽快さが、僕に勇気をあたえてくれる。忘れていろ。思い起こすな。と、ささやく風に母の後ろ姿がかすんでいく。僕の瞳からしたたる水の中にそのままとけこんでしまえばいいのに・・。ささやく風のいうとおり、僕は忘れることに努めるはずだった。
. . . 本文を読む
ん・・。ああ・・。朝だ・・。「おにいちゃん!!」すぐ近くで、妹が僕を呼んでいた。僕の部屋にかってにはいってくるなよ。妹をしかりつけようとしたとき、かあさんの声までした。「圭ちゃん」つづいて、弟まで・・。「おにいちゃん」おまけにとうさんもだ。「圭一」まるで、夢の続きじゃないか。僕はきっと、うるさそうに返事をしたと想う。「なに?みんな、そろってさ・・」僕のベッドにみんなしてあつまってさ。僕はベッドから . . . 本文を読む
次の日、僕は、ベッドの中で退屈な時間をすごしていた。まだ、本とかTVなんか、みちゃだめよと看護師にいわれたせいもあるけど、たとえ、TVがあったって、僕はスイッチひとつ、リモコンひとつさわれない。本にいたっても、同じことだ。退屈をどうまぎらわしていいか、判らずに僕は病室を何度、ながめまわしたことだろう。することがないうえ、体の自由がきかない。まるで、眠っているのと同じ。これは、大きな夢なのかもしれな . . . 本文を読む
僕が考え付いた事が本当か、どうか、判らない。RH-が血縁者の中にいるということだけが、本当のことで、それが、母さんだとおもいこみたいだけなのかもしれない。事実をしっているのは、父さんだけだ。そして、父さんは、僕が血液型にきがつくことをおおかれ、すくなかれ、覚悟しているんじゃないのだろうか?父さんに聞いたほうが早い。それはわかっていたけど、父さんにきりだしていく大きな理由がつかみとれなかった。尋ねる . . . 本文を読む
僕は自分の将来をまだ決めかねていた。些細な夢はあったけど、その夢をかなえる現実的な一歩をどこにふみだしていいか、まだ、つかめていなかった。だけど、僕の腎臓がひとつ、無くなったと知った時、僕の漠然とした思いが形をととのえだしていた。医者になるのは、僕の頭じゃ無理だ。看護師か救急救命士、そのどっちか。そして、その考えがはっきり決まった時僕は母さんがひとりぼっちなら、一緒にくらせると想った。資格をとって . . . 本文を読む
「は~~い。お薬。う~~ん。熱もはかってもらっておこうかな」毎度同じ時間に同じ科白。ときおり、非番になるんだろう、違う看護師が顔をだすこともあったけど、僕はこの人が一番気楽だった。「それから~~~駐車場におとうさんの車がとまったよ」僕が父さんと話をしようとしているのをみすかしたかのように、心の準備をしておけと看護師につげられた気がした。看護師が体温計をうけとると、「おし、異常なし」と体温をノートに . . . 本文を読む
「あの・・。なんで、母さんがでていっちゃったの?」父さんは大きく息を吸った。はきだしおえると、おもむろに言葉が続きだした。「いずれ、判ること・・なんだけど、もうすこし、お前が大人になってから、話したかった」それは、話すという意味なんだろうか?話したくないという意味なんだろうか?「でも、おまえが、とっくに知っていたのなら・・・」父さんが迷っていた。「大丈夫だよ。僕は少々のことじゃおどろかない」父さん . . . 本文を読む
看護師の言葉が頭の中にくっきり、うかびあがってきていた。「知らない方が良いこともある」僕はその言葉にうちのめされるまいと思った。
僕は一つの謎をといて、新たな謎をてにいれてしまったわけだ。
母さんがでていった理由、それが解明されて、本当の父親がだれであるか、謎になった。
それも、解いてはいけない封印がかかっている。
僕は父さんが叔父だとしっても不思議とショックはなかった。今の母さんが本当の . . . 本文を読む
私は圭一の申し出をありがたくきいた。
冴子に電話をいれ圭一の申し出を告げると、冴子が電話口で絶句していた。
「冴子?・・」冴子の声が震えて聞こえた。「話しちゃったの?なにもかも?」「まさか・・」「圭一は冴子のことを覚えてた。冴子と僕が離婚したんだとおもっていたよ」「・・・・・」「だから・・・冴子は妹だって、はっきり伝えた」しばらく、沈黙が続いた。「じゃあ、あの子はあなたがお父さんじゃないって・ . . . 本文を読む