憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

邪宗の双神・13   白蛇抄第6話

2022-12-22 11:19:49 | 邪宗の双神   白蛇抄第6話

「やれぬわ」
悲しき涙を拭いながら白峰は天空界に昇って行く。
と、
「なかなかの役者じゃのう」
雲つく中に顔を出した白峰を引き上げるために八代神が手を差し延べて来た。
白峰を引き上げる八代神の手に体を預け、
白峰は天空界にたつと八代神に縋りついていた。
「な・・・なんじゃ?」
「何もかも、何もかも、白銅に盗り上げらるるわ」
とうとう男が泣くを見せられる事になった八代神は
肩に落ちる白峰の涙にこの場を立ち去るわけにも行かず
白峰の背を柔らかく撫で擦っていた。
「良いではないか。お前もそうに望んだ事じゃろうが・・・」
「本意ではないわ」
駄々を捏ねる子どもの様な所作が白峰を存外に可愛らしく、
八代神を苦笑させていた。
白峰は八代神に縋っていた体を離すと
己が手で顔を覆って涙を脱ぐうていたが、
その手がふと止まると口元に指先を押し当てた。
どうやら、指先に残ったひのえの感触を、
絡めた精汁の名残を愛しんでいるのだと
八代神も気がついていたが
二度と触れる事ができなくなったひのえへの追慕を慮ると、
八代神も白峰の所作を咎める気にはなれずにいた。
やがて、その白峰が大きなため息と共に言う。
「女子は業深いものじゃのう」
「なんぞや?」
突然の白峰の言葉を八代神は聞き返した。
「なに、女子はつくづく受くる性じゃと思うての。
己の中に取り込んで取り込んで取り尽くさねば生きておられぬ。
その点、男は吐出せばすんでしまう。
相手がおらんでも、それこそ、その気がのうても、なんとかなるに」
「何を言いたいのじゃ?」
「ようも、黒龍は千年をすごしたのと思うての・・・ふ、ははははは」
「な、なんじゃあ?」
泣いたかと思えば笑い出す白峰の目まぐるしさに、
それでもまあ泣かれるよりはよいかと八代神はきょとんとして白峰を見ていた。
「考えてもみろ?黒龍はそれこそ、かのとを思うて夢精の垂れ流しじゃ」
「おい、おい。いうてやるな・・・」
「構うものか。わしもその仲間入りじゃに」
やっと白峰の自分への皮肉な笑いであったのかと悟った八代神は
「それでも、お前は良いではないか」
ぽつりと言った。
それが天空界に上がりながら、ひのえに形だけでも望まれて
逢えもすれば、触れもできたという事を八代神は言ったのであるが、
その八代神を白峰が睨みつけていたので八代神の方がぎょっとした。
「な、なんじゃ?何を怒りよる?」
「お前?わしがひのえが事好いたらしい心根で触れたと思うておるのか?」
「ち、違うのか?」
「お前は白銅より阿呆じゃの。あれでもわしの本心には気がついておったわ」
「な、なんじゃあ?さっきから勿体付けおって。
だいたいひのえがなんでお前を呼んだのか
それが心配でなければわしもお前の相手なぞしておらぬわ」
「それじゃよ。あれが心を読ませまいと塞ぎをしてくるについ手をだしたに。
睦事の狭間に隙が生じるのを知っておろう?」
「ほ、ほお?それであのざまになったか?」
ひのえが喘ぎあくめを迎える所まで八代神は見定めておったのである。
「あれは、死んでも良いと思うておったに」
「な、何?」
八代神にも意外な言葉だった。
「じゃから言うただろう?女子の性は欲どいに。
己が求められんと生き越す力も失せてしまうに。
はてには性への欲さえ、もとうとしなくなる。
余りにも哀しゅうて、切のうて。
ああ、ああ、そうじゃ。御前が言う通りじゃ。
愛しゅうなって抱いてやりとうなったわ。
そうしておいて、
あれの心に、身体に白銅を求める焔をいこらせてやるしかなかったに」
八代神も、白峰の言う事に静かに頷いた。
「性か。字面の通りじゃのう」
「心が・・・生きる・・・か」
八代神の言った事を口の端に載せていた白峰に
「白峰。哀しいのお」
八代神が慰める。
「わしでは生かせてやれぬもの仕方なかろう」
ひのえの白銅への思いに白峰は諦念を託たされるしかなかった。
「で、そもそも、ひのえが御前を呼んだは、なんじゃったな?」
「おお。それじゃ。御主、森羅山に社が在ったとか無かったとか、聞いた事があるか?」
「森羅山に?」
頭の後ろ側を覗き込んでいるのではないかと思うほど
目を瞑り考えこんでいた八代神が
「あったかのう・・・・」
頭をぽりぽり掻きながら何かを思い出すかのように首を振っていたが、
「うーむ・・・あれかのう」
と、言い出したので、白峰もずいと八代神ににじり寄った。
「あれ?あれというのは、なんじゃ?」
「そうじゃのう。二十、三十年。まあよいわ。
昔にの、何処ぞから流れ来たのか双神が森羅山にうろついておったのじゃが。
何時の間にかおらぬ様になった。今も所在がしれぬよの」
「双神?」
「ああ・・・邪宗じゃ」
「邪宗?」
「マントラを唱えておったわ」
「マ・・・マントラを?」
「おぬしもマントラを唱えておればどうにかなったやもしれぬの」
「ば、馬鹿な」
「そやつ等が舞い戻ってきおったかのお?」
「双神じゃと? マントラじゃと?」
性をもって術を成すといえばよいだろうか。
白峰がひのえの魂の性を変えようと百夜の情交を与えたのとよく似ている。
が、双神のマントラはその魂を地獄に落とすのである。
が、まだ、そうであるという事が白峰も八代神も判っていない。
マントラの効力は絶大なもので、
マントラを唱えての性の快楽の深みに想う相手を一度落としこんでしまえば、
まず逃す事はない。
それが事を知っている八代神が白峰をからかったのである。
「神なぞとは名ばかりでの魔界寄り浮上したものか異国より流れついたか。
天空界、仏界、天神界。こぞって見張っておったが、それが鬱惜しかったのじゃろ。
いつの間にか姿を消してしもうておった。よそに流れたか?元の古巣に戻ったか?」
八代神の話しに白峰はまたも呟いていた。
「双神・・・・双生神」
黒龍が想い女であったきのえの魂を分かたせさせて
双生の因縁を作ったそも発端である白峰が
双神ときくとひのえとかのとの深い因縁が
そやつ等と重なって行くのが必定の様に思え
背筋がぞおおと冷たくなっていたのである。
双神と三度つぶやく白峰の放心した様子に
八代神は白峰の心の内を読み透かす事が速いと思うたのか
手を組み合わせ印綬の紋様を描いた。
「なんじゃあ?かのとが事に政勝・・・なんと?」
白峰がひのえから読んだ事が八代神の中に流れ入って来ると
八代神も驚いて大きな声をあげたが、
その八代神の傍には既に白峰の姿は無かった。
「あや?ほほお。愛しいものじゃのう」
ひのえの身を慮って白峰はひのえの護りに下ったのである。

 



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