伽羅は、悪童丸がどこに出かけ、
誰に会いに行っていたかを知っていたが何も聞こうとしなかった。
もうふたと瀬もすると悪童丸は十二になる。
鬼の男子は十二になると、一人立ちをする。
自分で居を構え、自分独りで
生きるための糧を手に入れて生きてゆかなければならない。
辛く厳しい生活ではあるが、そのかわり何をしようと
どう生きようと、誰にも束縛されることはない大人としても認められる。
そう . . . 本文を読む
そして、かなえは子を産んだ。
伽羅の予想をたがう事はなかったが、
かなえはもう一人悪童丸のほかに女子の子をうみおとしていた。
かなえ、そのままの面立ち。
姿かたちも人の子そのまま。
その子がかなえを死の淵から救い出す事になってゆく。
悪童丸を産み落とし海老名の手によって
その生をついえられていれば、
かなえは、ことの事実を悟って
もっと早く死を選び取っていた事であろう。
勢と名 . . . 本文を読む
そして、伽羅はすつられた悪童丸をだきあげた。
「みよや。かなえ。みよや。光来。お前らの子じゃ。おまえらの・・・」
童子はこない。
決してこの子を抱き上げにこない。
なれど、どんなに手を差し伸べたいか。
童子とかなえの思いを込めるかのように伽羅は悪童丸を胸にくるんだ。
それから伽羅は悪童丸を育ててゆく事になる。
初めて悪童丸が伽羅を母と呼んだとき、
悪童丸は二つになっていなかった。
. . . 本文を読む
光来童子の悪童丸を見詰る、その瞳がわななくようであった。
一目で己と、かなえの子であると、判ると、
童子は悪童丸の前で膝を突いた。
「父さま・・・じゃな?」
悪童丸の問いかけに答えはいらなかった。
悪童丸に差し延べていた手は、
迷うことなく父である事をあらわしていた。
わななく瞳が悪童丸を捉えると
「かなえ・・」
と、つぶやいた。
呟いた口元に大きな雫が落ち込んできている。
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「おまえ?おんのこじゃな?」
障子が開け放たれ、顔を出した勢が
逃げようともしない悪童丸をみつけると、
いきなり掛けた言葉がそれだった。
「お・・おまえ。わしがこわうないのか?」
悪童丸の問いに勢の方が考え直していた様である。
「ほんに、いわれれば、こわうない」
鬼を見て、怖くないと言うのも妙なものである。
「可笑しなおなごじゃの」
いうてはみたものの、悪童丸には勢の血が
恐れ . . . 本文を読む
城の中がひっそりとしずまりかえっている。
人の気配にもどこか重苦しさがただよっている。
妙だなと思いながら悪童丸は、
勢の居室の小窓の外ににじりよっていった。
「勢」
ことりと音がすると障子がひらかれた。
「ど、どうした?」
ひどく憔悴しきっている姉がいる。
「母さまが・・・」
かなえ、そのままのつぶらな瞳からぽろりと落ちてきた物が、
後をひいてゆく。
「な・・?」
「天守 . . . 本文を読む
帰って来た悪童丸が暗いかおをしている。
「どうした?」
伽羅の声も密かに沈む。
「母様がなくなられた・・天守閣からとびおりたそうな」
「・・・」
かなえなら、有り得る事であると思っていた伽羅である。
伽羅は自分の弱さをしっていた。
だから邪鬼丸をなくした後、邪鬼丸を追えなかった。
後を追おうにも邪鬼丸の死んだわけが、
あまりにも不甲斐無さ過ぎたせいかもしれない。
色香に狂い、人 . . . 本文を読む
が、悪童丸の言葉を聞く伽羅はほんの少し暗い眼をしていた。
悪童丸が目ざとく伽羅の顔色に気が付くと
「?伽羅・・なんぞ」
「いや、なんでもない」
「いや、というかおではないわ。いうてしまえ」
「う・・む」
伽羅には一つだけきがかりがある。
「お前。妖術をおさめにゆけ」
「なん?どうして、また、急に?」
「血がこわいのじゃ。
童子のてて親が人と通じて童子をうましめた事は
はなして . . . 本文を読む
「お前の血が人の女子をもとめるようになるんじゃ」
「え?」
「如月童子の外つ国の女子への焦がれが
人との間に光来をうましめたがの。
光来が如月童子と違うことは、
光来の血がかなえを焦がれさせておることじゃ」
「血が?どいいうことじゃ?」
「光来の中には人の血がながれておる。
其の血が人を恋しくさせてしまうのじゃに」
「ううん」
伽羅の言う意味が判ると悪童丸は首を振った。
「な . . . 本文を読む
「伽羅。そうは言うが・・わしは誰に妖術をおしえてもらわばよいに?」
「あんずるな。伽羅がしっておる」
「そうか」
伽羅との離別がやってくる。
悪童丸は少し寂しげな顔になった。
「と、いうてもな。お前が十二になってからじゃに」
「まだ、いけぬのかや?」
妖術師は年に拘るものらしい。と、悪童丸は思った。
「いんやあ。鬼のおのこは親の元で一巡りを暮らして守護を得るに」
「ひとめぐり?と . . . 本文を読む
宗門の戸を潜り抜けると、春がそこまで来ていた。
かなえの四十九日に墓所に骨を埋める事はできなかった。
荼毘に付す身体もなく、惹ききれた内掛けに包んだ
僅かな手の残骸だけを土に埋めると、親子は弔いを終えた。
それから、二月ちかく。
かなえの無残な死にざまが、主膳をすっかり面やつれさせていた。
「父さま」
勢が主膳を呼んだ。
かなえの死が一番応えている人に、
かなえの死のわけなぞ聞け . . . 本文を読む
だが、
「かなえ・・が、わしにそういうか?」
唇をかんだかなえである。
主膳にいかせとうないといえる自分ではない。
この頃に海老名は、かなえに後が出来ぬ事に一つの推量を得ていた。
―かなえ様の血は、童子に馴れたとき
すでに鬼の物に塗り替えられてしまっているのではないか?―
破瓜の傷跡から童子の精が入り込んでゆく。
かなえの思いが童子の精をうけとめ、
そして、かなえの血をも童子のも . . . 本文を読む
小窓より顔をのぞかせた悪童丸に気が付くと、
勢は辺りを見渡し、襖のむこうまで、
誰もおらぬをたしかめ、手招きをした。
「ひさしぶりじゃに」
「うん」
こくりと頷く姉はかわいらしい。
ただ一人の血の繋がりである。
どの人よりも近しく感じられる。
だけど、だからこそ。
「ひさしぶりにおうたに。しばらく・・」
悪童丸は近づいてくる別離を告げたくなくもあり、
告げねば成らぬとも思う。 . . . 本文を読む
指きりかと笑いながら悪童丸は小指をたてた。
「参らせ候。渡らせ候」
指きり唄をうたいだした勢に悪童丸がふきだした。
「勢・・それは・・意味が違う」
男と女の情恋の常。
今宵渡らせ、今宵参ろう。
僅かに赤らんだ耳元が勢の耳に識をいれたものがおり、
勢は意味合いを既に承知しているといっていた。
大人ばかりの中で育った勢は少しばかり耳がふけていたようである。
「おまえ・・しっておるか? . . . 本文を読む
悪童丸がこなくなって三年の月日が流れた。
勢も十五になる。
お目見えの席に現れた陰陽師、白河澄明が勢と同じ歳だと聞いた。
だから、澄明を呼び立てたわけではない。
勢の居室に座り込んだ陰陽師に勢は尋ねたい事があった。
一つは勢の夫君がだれになるかということ。
もうひとつ。
「澄明・・・・なぜ。男に姿をこしらえる?」
「なぜ。わかりました?」
澄明は勢がこの秘密を嗅ぎ取った事を誰にも . . . 本文を読む