「呼びよるぞ」
白峰の社の中から齢をおうた巫女が奇声を発して
白峰が降り下る事を必死に祷っているのである。
その姿の横には、慎ましく正座して白峰を今か今かと待ち受けている不知火がいる。何かあったらしいのを気にも留めずに、
凡そ知らぬ気でいる白峰に八代神の方がじれて声をかけてきたのだが
「聞こえておるわ」
白峰も素っ気無い返事なのである。
「行ってやらぬのか?あれはひのえの仲間であろう?」
「ひのえではないわ」
「あ、当り前じゃ。気にならぬのか?」
「別に・・」
白峰が動きたくなる言い方を八代神も考えた。
「ひのえに何かあったのかもしれんぞ?」
「ならば、ひのえがこよう?」
そうきたかと思いながら、八代神は更に
「ひのえがこれぬのかもしれぬぞ?」
すると、八代神の言葉に白峰も言いたくもない事を言わせると、口惜し気な顔で
「ならば不知火でなく、白銅がこよう」
「ほうう。白銅なら動いてやるか?ふううん」
ひのえが事にならば、憎き白銅が事でも赦すという白峰の言い分に
よほど、諦めがついてきたらしいと八代神は思った。
「ならば、いっそ同じではないか?
御主もひのえが事かと気が病んで苦しいだけじゃろう?降り立ってやれ」
悪戯小僧が悪戯をしかける前に、咎められた。
そのような困った顔を白峰は見せた。
「ひ、ひのえが事になったら白峰は誰が呼んでも来ると思われとうない」
「ほ?ほいほい。成るほどの」
「そ、それにひのえがわしを必要なら・・ひのえが」
と、白峰の言葉が止まった。
それで八代神はとうとう吹き出したのである。
「ひ?はははは。ひ、ひのえに呼んでもらえんので拗ねておるのかや。あははは」
「う、煩いわ。あれがこぬくらいじゃ。大した事でないわ。
気にする事でもない事にふらふら降り下れるか」
「ほ!強気じゃのう?白峰。本音をいうてやろうか?」
ようは、ひのえに逢いたい白峰なのである。
ひのえに呼ばれたら降り下るという事になれば、
先々もひのえに直に逢えるという事になってくるのである。
それを当所にしているからこそ白峰も
不知火に呼ばれて尻が浮き立ちそうであるほど、ひのえが事になんぞあったか、不知火のその胸倉を掴んで聞きたいほどであるのに
うかうかと不知火の呼集に応じないのである。
が、そんな白峰でもそれでも白銅がきたなら、話しが違うとなれば、
白峰も白銅のひのえへの情愛には、勝てぬ事だけは踏んでいる様であった。
「い、いらぬわ」
八代神に見抜かれていると判ると白峰も慌てて、そっぽむいたのであるが、
更に八代神に
「白峰。要らぬ事を考えてはならぬぞ」
釘を刺されると、白峰でもこうあるか?と思う程見事に頬を染めていたから、
白峰の思いの丈の中は
まだまだ、ひのえと一つになる事は諦念しきれていないようである。
どうにも、白峰が現われないと判ると不知火も諦めざるをえない。
澄明に言われて不知火が白峰の社のたってみたものの
やはり無駄であったと判ると山を降り下ったその足で
澄明の所に白峰が現れなかった事を告げに言った。
「わざに来ぬでも」
言霊を寄せてもいいし式神を使えば良いものをと言う、澄明に不知火は
「お前が行くのなら、白銅を連れて行けと言っておこう思っての。
お前の顔色も見たかったしの」
「元よりそうするつもりじゃが白峰も社の中には白銅を入れさせまいな」
「外でも良いわ。白銅が近くにおればお前も心強かろう?」
「あ、それは・・はい」
「素直なものじゃの?」
白峰の劣情の煽りがどう澄明に影響する判らないと、
不知火は懸念した。
で、あれば、
白銅を白峰の近くに寄せて、白峰に白銅を意識させておきたかったのである。
また、それは取りも直さず澄明にも言える事であり、
澄明自身の意識を白銅の存在を近くに寄せる事で
白峰に振られぬようにと慮ったのである。
「白峰。出でよ」
澄明が叫ぶ声が消えぬ内から白峰は降り下って澄明の横に並び立った。
「ひのえ。良い声じゃの。もう、ふた声・・み声・・呼ぼうてくれ」
「もう居るではないか」
「一声で現われたとならば外におる白銅の手前、わしもずつないわ」
「ふ。要らぬ見栄じゃ」
「そうじゃの。今更。それで、どうした?わしが恋しゅうなったか?」
「相変わらず、口の減らない御方じゃ」
ひのえを見詰める白峰の妖しいほどの光に目を合わせぬ様にして
「他でもない。森羅山に社があるのを知らぬか?
そこで、魂を食い付くされたような女鬼も見かけておる。
一穂様にも妙な影が着き纏うておって、それが何かも判らぬで、
政勝殿に聞けばどうやら森羅山の中の社に入ってから、おかしゅうなったらしい。
政勝殿も妙な・・・」
澄明のたどたどしい説明を聞いていた白峰も
「森羅山に社なぞない」
と、言う。
「お前でも知らぬか?」
手繰った伝手の先に何も見当たらないのが判ると澄明も肩を落とし込んだ。
恋しい女子の役に立てぬほど情けない事はない。
「まあ待て。わしは地界におってお前ばかりみて居ったに。
八代神なら知っておるやもしれぬ。聞いてやろう」
「そうしてくれるか?」
「ああ」
と、答えた白峰が澄明に手を延ばして来た。
澄明が逃れるより先に白峰が澄明の手をしっかりと掴んだのであるが、
その所作の末に驚いたのは澄明より白峰であった。
幻のような身体で澄明を掴める訳もないと判っていたのだが、
それでも白峰の恋情が澄明を一度なりとひのえを寄せつけたいと、
白峰を動かしたのである。
それが実際に確かにひのえを掴んでいたのである。
「白峰。離しやれ」
「ひのえ。お前の言うとおり情念の力は凄まじいの。
掴める訳がないものが掴める。触れる訳のない者に触れおる」
言う白峰の体が微かに震えているのは、
再び、ひのえを腕に抱けた慟哭のせいだった。
「白峰・・・それは・・・ない」
白峰の力に勝てるわけもない澄明が白峰を諌める事でしか
その腕から逃れる事はできない。
「のう、愛しい。お前、まだ、わしの性じゃの。
障りはまだこぬのじゃろう?白銅はうつけじゃ。
たんと抱いてくれはすまい?」
白峰の言う通り、澄明の言霊通りに魂の性を元に戻す障りも
まだ来ておらねば、魂をも人の性に戻す事の出きる
白銅との情交による精をひのえの中に穿たされていない。
白銅の方も欲情を覚えないわけではないが
子蛇を産み落とした後のひのえの産褥を気使って
時期を待っておる内に、一穂の騒動になったのである。
「やめ・・」
白峰の手が澄明の袴の胴割れから入り行くとほとを弄りだし
忘れる事ができない白峰の寵愛の快さがひのえを襲い始めていた。
「や・・」
「覚えておろう?欲しかろう?ひのえ」
我を忘れさせる白峰の指の動きにひのえの思念さえ振られてゆくと、
白峰はひのえの口をゆっくりと吸い始めた。
白峰もほとの中まで指を潜り込ませると細かな振幅でひのえを喘がせ、
同時に核を弄り始めると、僅かの間にひのえがあくめを迎えた。
ひのえの声が漏れぬ様に塞ぎこんでいたその口を離した。
「白銅には塞いでおけよ」
我勝手な事を言い出す白峰が俯くとぽたりと涙を落とした。
そして意を決したように話し始めた。
「お前のその脆さをなんとしょう?
憐れと思うと自分を見返る事を投げ出してしまう。
お前。わしばかりじゃなかろう?
鼎の事でも懲りもせず、一穂は無論、
何の縁もゆかりもない女鬼が事までなんとかしてやろうとしておろう?」
「あ・・」
「お前の性分を知らぬわしじゃと思うておるか?」
「いえ」
「お前は阿呆じゃ。
その脆さに負けて、此度は同化の術なぞで手におえるものでないのに、
賭けてみようとしておるじゃろう?
でなければ、わしの思いなぞ受けとめはせぬ。
お前とて、わしに返す術は白銅との道行きじゃと判っておろうに!?
ええー――い。不甲斐ない男じゃ。
白銅が為に生きねばならぬ事じゃのに。
何故にそのような女子にしたてあげられぬ」
白峰の思いに振られたひのえの中には、確かに死を覚悟する意識があった。
今生の別れになるだろう最後の逢瀬に
まだひのえへの思いに醒めやらぬ白峰の存念を晴らしてやりたいと
ひのえが心を括ったのである。
「わしなぞ蛇ではないか?はくどーーう・・・来ぬかあーー」
白峰は白銅を呼び始めた。
大声で呼ばわれた白銅が重たい社の扉を開けるとゆっくりと歩み寄って来た。
「なんぞ?」
「この女子。殺すも生かすもお前にかかっておるわ」
白峰が言い出す事に澄明はいたたまれずその場をつと離れようとした。
が、その澄明に白峰が
「ひのえ。お前の心を晒してやるわ。逃げずに聞きおれ」
離れかけた澄明の手を捕らえて引き戻した。
手を掴まれた澄明の方がぎくりとした。
実体の無い白峰が澄明を掴める筈がないのにひのえを掴んでいるという事実を
白銅の前に曝け出してしまった白峰が、
ひのえに触れようとせずにおいたかどうか、
白銅とて火を見るより明らかな事に気がつくはずである。
澄明はそれを恐れたのであるが覚悟を決め、その場に座り込んだ。
白峰の言葉に訝し気に澄明をみやる白銅も澄明の様子に険しい目を白峰に向けた。
「ほ?気がついたか?恋する男は自分の女子が嬲られた事だけには聡い様じゃの」
白峰も悪びれもせずに白銅に言い放つ。
「もう一度、言うてみろ」
思い当たった事が的を得ていたと判った白銅の拳が震えだしていた。
「何度でも言うてやるわ。
死を覚悟した女子は自分を思う男に優しゅうせねばおけぬようじゃわ」
「ど、どういう事じゃ?」
「うつけが!それにも気がついておらぬか?これは、ああいう性分じゃろうが?
鼎がこと救うた折りとて既に死んでおったやもしれぬに
お前がおって、なんで命を投げ出してよいと思わせる?」
「ひのえ?」
白銅が振りかえる瞳に澄明も唇の端をかみ締めて俯いた。
「ひのえ、ではないわ。お前がいかぬのじゃ。
お前の思いが緩い故にお前が事を顧みず死を手の平に平気で乗せよる。
ひのえがおらねばお前も死ぬるくらいに思うておらぬ。」
「お・・思うておるわ」
「伝わっておらぬ」
「ひのえは知っておるわ」
「口ではの。だが、ひのえがほだされるほど、
有無を言わせぬほど心に刻み込んでおらぬ。
おらぬゆえお前の事を後にして、そこらの女鬼が事の哀れさに心を砕いておる」
「ひのえ?」
再び白銅が澄明を振り返った時、白峰が
「ひのえにとってお前もわしも同格じゃの?
本来ならばひのえがわしなぞ相手にするわけがないのを
何故わしを振りかえると思う?」
「判らぬ」
「わしがひのえの基軸を必死に求むるからじゃ。それも千年かけての」
「基軸?」
「女子じゃぞ。陰陽師である前に、ひのえである前に、澄明である前に、
生命の根源が女子である限りその価値を貪られるほどに望まれればこそ、
生きおおして行けるのが女子じゃろう?」
「?」
「疎い男じゃの?お前の物じゃと思わせてやれ。
死ぬる事を恐れるほどお前と一つになってみせてやれ。
お前が為に生きおおしたい思うほど求めて求め尽してやれ。
己の存在価値をお前が知らせてやるしかない。
わしにはできん。わしではできん。あれが望まぬに」
声がか細り震え出している白峰の言いたい事が白銅にも判るとやっと頷いた。
「わしを・・・赦せ」
「いや。わしが要らぬ遠慮をしたからじゃ」
「惚れた女子の事は触れたくもあり触れたくなくもあり、
夢中になって我を失くしそうで怖くもあるがの、
だからこそ、そこに女子は自分の価値をみいだすのではないか?」
「そうじゃの。お前が言う通りじゃ」
「判れば、そうしてやるが良いわ。わしはいぬるに」
白峰の言葉に白銅がたじろいだ。
「あ?いや?え?ここでと言うか?」
「ふ?わしならそうする。妬けて仕方ないに。
おまけに他の男との事をお前が事に塗り替えられように。
ひのえが白峰が聖地を思う時にも・・・」
ひのえの中に残る思い出の聖地までも塗り変えられてしまう事は辛い。
だが、言葉を続けた。
「それも、お前・・との・・事になろう?」
立ち去りかけた白峰が
「三日あと、ここに来い。社の事きいておいてやる。白銅。お前が来い。
いやでなければひのえも連れて来るが良いわ」
「判った」
白峰の姿が霞む様に消え去ると俯いたままの澄明に白銅は手を伸ばし、
その体を引寄せた。
「何をされた?」
「あ・・」
答えられるわけもない質問に澄明も黙り込んでしまうしかない。
その澄明の胸元に白銅が手を差し込んで行くとその胸先に触れた。
「こうか?」
白銅の指で胸先を転がされたその快さに澄明が声を押し殺した。
「それとも、ここまでか?」
澄明の胴割れを結ぶ紐を解きながら白銅が澄明の口を吸い始める。
「ん・・」
漏れだした声で白銅の嫉妬が更に煽られているのである。
「白峰がまだ、よいか?いうてみろ・・ひのえ」
「あ・・違う・・・」
「白峰のいうとおりか?わしが求めなんだは淋しい事じゃったか?」
「あ・・あ・・はい」
ひのえの女子の物をくじる様に蠢かす白銅の指の動きに
ひのえが白銅にしがみ付いていくと、堪えきれぬようなひのえの声が漏れて来た。
「もう良いのか?わしにこの快さを与え尽くされたいか?のう?ひのえ。どうじゃ?」
「あ・・は・・い。ああ」
「わしを失くしとうないか?わしに死ぬまで、味わい尽くされたいか?」
「白銅・・・はくどう・・・はく」
ひのえが呼ばわる声が、何を求めているかとうに判っている白銅であるが、
「ひのえ。どんなにか、わしもお前が欲しかったか。もう?もう大丈夫じゃの?」
澄明の体を先に気使う白銅にも己の袴の結び紐に
ひのえの手が延びているのが判るとひのえの体を床に崩れ落とさせていった。
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