憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

お登勢・・・1

2022-12-18 12:44:27 | お登勢
夜中にひいぃと切れ上がった女の声が聞こえた気がしてお芳は布団の上に起き上がった。気のせいだったのだろうか?と、思うより先に二つ向こうのお登勢の部屋あたりの襖がやや、荒げに開け放たれ廊下を忍び走る人の気配を感じた。「え?」お登勢に悪さをしようと、店の誰かが忍び込んだのかもしれない。だが、お登勢は、八つの歳で此処に来たときから「おし」だったのだ。と、なると、お芳がさっき目を覚まされた悲鳴はなんだったの . . . 本文を読む

お登勢・・・2

2022-12-18 12:44:13 | お登勢
お登勢を呉服商の木蔦屋につれていったのは、清次郎であるが、故郷の姉川で、戦があったころ、清次郎はみちのくにでむいていた。女衒などいってはみるが、清次郎は下っ端の下っ端もいいところである。一筋になった女衒なら、名代の売れっ子女郎を右から左におきかえるだけで、銭をかせげるのであるが、清次郎はそうもいかない。と、なれば、芽の出そうな女をあちこちにうりにいくことで、名を売ってゆく事しかない。清次郎がみちの . . . 本文を読む

お登勢・・・3

2022-12-18 12:43:59 | お登勢
「お前がとこの田んぼは・・」清次郎はここにくるまで、田畑をみつめながら、あゆんできた。どこの田んぼも合戦の跡をとどめていた。「ああ。逃げ惑う武者をおいこんで、たんぼも、むちゃくちゃにされてしもうた」実りは期待できない。そうなると、晋吉の暮らしはこの先どうなるのであろう。土間の向こうに子供が四人。父親の元にやってきた客人をちらちらと盗み見ている。よそ者とおもっているから、いっそうめずらしいのだろうが . . . 本文を読む

お登勢・・・4

2022-12-18 12:43:46 | お登勢
都に帰った清次郎はすぐに、晋太の奉公先を探した。同じ長屋に染物屋に勤める彦次郎がいた。そのくちききで、晋太は染物屋に丁稚奉公と、とんとんと話が決まった。だが、問題はお登勢である。清次郎の顔が利くところといえば、女郎屋しかない。清次郎がひとこと、声をかければ・・。お登勢は綺麗な顔立ちをしている。口がきけぬことなど、身を売るに、なんのさしさわりもないだろう。だが、そうはいかぬ。晋吉がどんなおもいで、お . . . 本文を読む

お登勢・・・5

2022-12-18 12:43:32 | お登勢
そして、朝。清次郎は髭をあたり、こざっぱりした意匠の着物に着替えると、お登勢をつれて、木蔦屋にでむいていった。木蔦屋のお芳というのは、もともとがこの店の跡取り娘で婿をもらって、かれこれ、十四、五年たとう。長屋のおかみがいうように、確かに面倒見がいいのは事実であるが、そこは、商売人である。下手な同情や甘い情けに流されての面倒なぞはみない。それをあかしだてるかのような、お登勢とのやり取りがある。清次郎 . . . 本文を読む

お登勢・・・6

2022-12-18 12:43:18 | お登勢
「まあ、いいよ。もう、ききゃあしないよ。それよりも、ほら、あしたにね・・染物の使いにいってくれないかい?」お芳の言葉にすまなさそうに頭をたれたお登勢の顔がくっと、もちあがってきた。染物屋には、お登勢の同郷の晋太という男がいる。その晋太にお登勢の口がきけるようになったことを、しらせることができるということである。「あ?女将さん?いいんですか?」お芳の目論見を聡く見抜くとお登勢はやはりうれしそうである . . . 本文を読む

お登勢・・・7

2022-12-18 12:43:05 | お登勢
昨日のことがまだ、癪に障ると朝からぶつぶつ独り言を繰り出しながらお芳がおきてみれば、剛三郎はさっさと、おきぬけ、庭に降り立って鉢植えの手入れをしている。「おまえさんったら、あいかわらずだねえ」剛三郎は四十になったころからだろうか。盆栽なぞという老人めいた手慰みをはじめたのは、夫婦の間に子が無いせいでもあろう。松の鉢植えが一段とおきにいりのようで、案の定、今日も眺めて見すかして見松のご機嫌伺いがおき . . . 本文を読む

お登勢・・・8

2022-12-18 12:42:51 | お登勢
頼まれた使いは単に仕上がった染物をとりにいくだけである。今までもなんどか、こんな使いは、したが、今までのお登勢は店先に入り、会釈をして、笑みをうかべることを忘れずに番頭さんから、仕上がったものをうけとる。これだけしか出来なかった。だが、今日からは違う。忙しそうに背を見せて働く染物屋の奉公人の丁稚の後ろを黙って通り過ぎることもない。出掛けにお芳が「晋太さんとはなしができるといいね。番頭にきいてごらん . . . 本文を読む

お登勢・・・9

2022-12-18 12:42:37 | お登勢
お芳の口がとがるのを横目に見ながら洸浅寺の盆栽市をのぞいてくると、外に出た剛三郎はやはり、洸浅寺を通り過ぎた。染物屋に出向いたお登勢が帰ってくるのをみちぶちでまちうけていても、不自然に見えないように、剛三郎はしきり腕組をして首をひねり、いかにも、考え事があって此処にいるわけがある様子を繕っていた。そうやって、待ってるうちにお登勢が戻ってきて何か、考え込んでる剛三郎をみつける。お登勢がどういうだろう . . . 本文を読む

お登勢・・10

2022-12-18 12:42:24 | お登勢
そのお登勢はといえば、番頭に告げた晋太の名前にかえされたとおりを胸にくりかえしていた。「晋太は屋移りで店には昼からくるだろう。この店の裏の橋をわたって、五町もあるけば、甚部衛長屋がある。その右手の三件目だよ」「あんちゃんは?」「ああ。もう二十もすぎるからなあ・・」いつまでも店子として、住まわせておくわけにも行かない。もうひとつはこの店の跡継ぎの徳冶の年齢もある。そろそろ、嫁をもらっても、おかしくな . . . 本文を読む

お登勢・・11

2022-12-18 12:42:09 | お登勢
甚部衛長屋の右手の三件目。お登勢はたどり着いたその場所に入って行った。晋太の背中が見えて晋太は畳を吹き上げていた。「あんちゃん」家の中に人が入り込んだのも気がつかないくらい一生懸命畳を吹き上げていた晋太の手がとまった。お登勢はもう一度晋太を呼んでみた。「あんちゃん」晋太の顔がゆっくりとねじまげられ、声をかけてきた相手を確かめる。晋太を「あんちゃん」と、呼ぶものは妹と、弟、ふたりしかいない。声は女の . . . 本文を読む

お登勢・・12

2022-12-18 12:41:54 | お登勢
ちょっと、と、思っていたのに、随分手間をとってしまって、女将さんが心配なすっているかもしれないと、お登勢の足は小走りになる。あんちゃんが一本立ちになったことも嬉しい伝えごとになる。ひとりで暮らせるという事は染物の技を大方を取得できたからこその自由でもある。あんちゃんは子供の時から器用でやさしかったから、染物ひとつにも、丹精こもるものをつくっているに決まっている。良かった。良かった。と、お登勢の胸の . . . 本文を読む

お登勢・・13

2022-12-18 12:41:41 | お登勢
剛三郎に手をとられて、はじめて、お登勢は剛三郎の真意と、昨日の夜に、お登勢の寝間に忍び込んだ男が誰だか判った。えり合せに差し込まれたひやりと湿り力仕事をした事のない柔らかな手の感触が、お登勢の手を包む剛三郎のそれと同じものだった。なにもかも、つじつまがあってくると、お登勢は今、自分がとんでもない窮地に立たされていることも理解できた。『あの時と・・・同じだ』お登勢の思うあの時とは、昨日のことなどでは . . . 本文を読む

お登勢・・14

2022-12-18 12:41:27 | お登勢
胸に抱いた、海老茶色の風呂敷の中には染物屋から、託された使いの品がある。それをぐうと、胸に抱いていないと、お登勢の胸がつぶれそうに、痛い。剛三郎に触れられた事よりも、ねとりと、口を吸われたことよりも、『女将さん・・・・、なんていうことだろう・・・』女将さんがあんなに信じ、敬い、大事にしていなさるだんなさまは・・・・。女将さんを裏切りなさる。そして、そうさせるのがお登勢なのだ。何も知らせちゃいけない . . . 本文を読む

お登勢・・15

2022-12-18 12:41:12 | お登勢
つじつまあわせにどうだん躑躅をひとつ買い込んで、剛三郎は昼も過ぎた刻限にぶらぶらと帰って来た。「おまえさん、昼はどうしなすったんだい?」と、問い詰めるお芳への答えもいつものごとくで構わない。そして、庭に躑躅の鉢を持って行きがてら、仕立物にかかずらわってるだろうお登勢をちょいと、覘いて・・・・。だが、店先に顔を出した途端剛三郎の楽しい思案も吹っ飛ぶお芳のいきなりの切り口上を浴びせかけられることになる . . . 本文を読む