憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

パンパンとチョコレート・・・11

2022-11-02 10:50:44 | パンパンとチョコレート

女が喋りたかった事は
何故、自分がハローのオンリーになっているかという事。

そして、
僕にチョコレートを渡そうとしたいいわけ。

もし、僕が断らなかったら、
女は自分の身の上話などしなかっただろう。

僕の拒絶を見て、
女は自分にこだわりがあるくせに僕にチョコレートを渡そうとした自分を煎じ詰められてしまったんだ。

僕の「いらない」は、女が娼婦でない部分と合致する。

僕はまた、「女が娼婦でない部分」と、合致する僕を煎じ詰める。

「僕らは最初・・・。畑から、作物をぬすんでいたんだ」

女は茹で上げたうどんをざるにいれ、あいた鍋でうどんの汁を作り始めていた。

「盗みって事がろくでもない事だって事はよくわかってたよ。
でも・・・」

それしか、生きてゆく方法がなかったなんていいたいんじゃない。

「どんなに間違っていても、無理やり盗んでゆく事であっても・・・。
僕らは形として、同じ日本人の「お陰」でいきのびたかったんだ」

挙句得たものは恭一の死だった。
それでも、
「僕らは、盗人だ。あんたみたいに、金と交換できるものが
なにもなくて、ただ、うばいとることしかできないんだ」

僕の言葉に女の背中が少しうごめいた気がした。

「奪い取るしか出来なくても、僕らはそれで助かる。
僕らは助けられるのだから、
その相手は、日本人であって欲しかった。
僕らを助けるのは日本人なんだ」

ハローの奴からだって、ぬすみはできるだろう。
それでも、僕らはハローに助けられたくはなかったんだ。
『たとえ、盗むにしろ、施しをうけるにしろ、
僕らを助けるのは
同じ日本人であるべきなんだ』

「だから、僕はいらないって、いったんだ」
チョコレートだって、どんなにほしいか。
どんなにたべてみたいか。
それでも、僕がそれをうけとってしまったら、
畑から作物を盗まれた親父はどうなる?
僕らにリュックごと、荷物を奪い取られた人はどうなる?

女の背中が細かく震えていた。
泣いてるんだ。
僕にはそう見えた。

茹で上げたうどんを水で洗い鍋の汁の中に移して
あたためたら、うどんが出来上がる。
女は水屋のうどん鉢を取りにいく。

「そうだよね」
無理な事は分かってるけど、
同じ日本人が困ってるなら、
なんとかしてやろう。
そう思って欲しかったのは、女も同じだ。

「なのに、僕らは、盗みのせいで、仲間をひとり、
死なせてしまったんだ」
それは、僕の懺悔だ。
それは、僕のいいわけだ。
「だから、もう、畑のものをぬすむのはやめた」

「なのに、ぼくらは、やっぱり、盗みしかできないんだ。
駅舎で・・・」

僕の声が震えてる。
良二はどうなったんだろう。
他の仲間はうまく、にげられたんだろうか?
僕の不安がよみがえってくると
女に告げてゆく言葉が途切れていた。

みなまで、いわずとも、女は事情を察していた。
「そして、やり損なって、憲兵におわれてたってわけだね?」
「うん・・・」
僕の手の上に涙が落ちた。

落ちた涙を手の平でもみこんでしまうのを待ってたかのように
女が出来上がったうどんを僕の前においた。

「でも、もう、だいじょうぶだよ」
女は少しだけ僕を慰める。
憲兵からは逃れられただろうけど、
僕がかかえる現実はかわらないんだ。

「なにも、のせてあげるものがないけど、おたべよ」
箸をわたされ、まず、僕はうどんの汁をすすった。

「それに・・・。良二が憲兵につかまっちまったんだ・・・」
胸のつっかえをはきださないと、
僕の喉にうどんは通りそうもなかった。

「だいじょうぶだよ。あんたみたいに、きっと、うまく、にげてるよ」

女がくれた慰めの言葉は一時のまやかしにしかすぎないけど、
僕はそれを、あるかなしかの、
安心の芽の肥やしにしてやることができた。
うどんをすすりだした僕が
空腹をつんでやれたことで、
わずかだけど、僕の気持に
やっと、ゆとりが生じて来ていた・・・・。



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