ん・・。ああ・・。朝だ・・。
「おにいちゃん!!」
すぐ近くで、妹が僕を呼んでいた。
僕の部屋にかってにはいってくるなよ。
妹をしかりつけようとしたとき、かあさんの声までした。
「圭ちゃん」
つづいて、弟まで・・。
「おにいちゃん」
おまけにとうさんもだ。
「圭一」
まるで、夢の続きじゃないか。
僕はきっと、うるさそうに返事をしたと想う。
「なに?みんな、そろってさ・・」
僕のベッドにみんなしてあつまってさ。
僕はベッドからおきあがろうとして、妙な違和感を感じた。
なに?これ?
包帯がぐるぐるまかれた手。手の甲に点滴のチューブがのびてきてる。
頭の上からぶらさがっているのは、点滴?じゃないな・・。
輸血?
え?
どういうこと・・。
あたりをみわたせば、そこはどうみても、病院の中。
きょとんとしている僕の目の中でかあさんが泣き崩れた。
弟も妹もわんわん、なきだして、
とうさんまで涙ぐんでた。
「あら、きがついたわね」
やってきた看護師が僕の点滴、いや、輸血をかたづけはじめた。
「いやあ、若いってすごいね」
僕の不思議そうな顔に苦笑して、看護師はつけくわえた。
「僕はね、トラックにはねられて、三日間昏睡してたのよ」
輸血を今度は点滴にかえて、
黄色い液体を注入しながらいう。
でも、僕よばわりはちょっと、かんべんしてほしい。
「これは、化膿止めよ。気分が悪くなるようだったらおしえてね。
天井にむかってしゃべれば、いいからね」
僕は天井をにらみつける。なにか、インターホンみたいなものがある。
「しゃべれるかな?」
「あ・・大丈夫です」
「うん、まあいいね。じゃあ、もうすこししたら、食事になるからね。
最初はお粥になるけど、ま、がまんしなさい」
看護師が外した輸血の容器を僕はぼんやり見てた。
血液型はRHマイナスのA型。
特殊な血液だ。
きっと、輸血の提供者をさがしまくって、大騒ぎになっただろう。
看護師はとうさんのほうをむいてしゃべっていた。
「うん。うちの先生の言うとおり。輸血を終える頃には、気がつくよ。
って、ぴったしですよ。
だから、回復も早いも保証します」
夢の中でかあさんが事故にあったとおもっていたけど、
僕の方だったんだ。
やっぱり、かあさんは死んでいるんだ。
だから、こっちにきちゃいけないって・・。
僕はかあさんの思いに涙がこぼれてきた。
かあさんだって、僕といっしょにいたいはずなんだ。
だけど、きちゃいけないって・・・。
「かあさん・・」
小さくつぶやいた声を妹がきいていた。
「かあさん・・おにいちゃんがよんでるよ」
傍によってきたかあさんは、僕をみつめて、なに?そうたずねようとした言葉が涙になった。
妹が僕をやさしくしかりつけた。
「かあさんのほうがしんじゃいそうだったよ。おにいちゃんがおちょこちょいだからだよ」
妹の説明不足の説明なんかいらない。
かあさんが僕を心配していたのはよくわかっている。
「かあさん・・まともにねてないんだろ?もう大丈夫だからね。心配かけてごめんね」
うん、小さくうなづいて、母さんが涙にうもれていった。
昼食のとろとろのお粥を左手で掬いながら、
顔をスプーンによせていく。
右手ほどじゃないけど、左手だって、包帯をまかれている。
包帯の隙間にくの字型にまがったスプーンをさしこんでくれて、
「うん、リハビリにもなるから、ちょっと、がんばってみなさい」
だめだったら、私がたべさせてあげるよ。
の続きにね、僕がくっつきそうで、僕は看護師より先に言い返した。
「いいですよ。介護老人みたいに・・」
僕の反駁に看護師が笑い出した。
「あの?」
「ああ・・ごめん。ごめん。だけどね、そのスプーンは元々介護老人が自分でたべれるようにって発案されたものなのよ・・」
僕が笑い出すと看護師は、声をひそめた。
「胸のほうは、いたくない?」
胸骨も、何本かひびがはいってるそうだ。
笑うと腹筋から軽い痛みがつたわってくるけど、たいしたことはなかった。
「あの・・」
「ん?なにかな?」
「あの・・僕の為に輸血で・・」
ああと看護師がうなづいた。
「一番にかけつけてくれた人が、ほとんど賄ってくれたんだよね。手術の時はストックのものじゃないほうがいいから、助かったのよ」
「あの・・・誰か・・わかりますか?」
看護師は口をすぼめた。
「う~~ん。それはねえ、内緒なんだよね。今回は特殊な血液型だったから、いいけどね、たくさんの人から鮮生血をもらうこともあるわけよ。その人たちにお礼をしなきゃいけないって考える方もいらっしゃってね。だから、まあ、その他大勢ってことでね・・」
家族に負担をかけさせるための善意の採血になっちゃおかしいってことなんだ。
「まあ、僕はまず、身体をなおす。お礼は家族の方にまかせておくのがベストよ」
「あの、僕は僕じゃなくて、圭一って・・名前がちゃんと・・あたたた・・」
大きな声を出したのがたったって、僕の胸がちかりと痛んだ。
僕は思いきって、看護師に尋ねてみることにした。
僕の気がついてることをすべて吐き出せば、
きっと、彼女は知っていることを話すと思えた。
「看護師さん。僕の血液型・・・」
半分もいわないうちに、看護師の顔色がかわった。
「まあ、血縁者の中に、RHマイナスがいると、突然変異で
プラスの親のところにも出てくる場合があるのよ」
僕はゆっくり呼吸を整える。
「僕の両親は二人ともO型なんですよ」
あ・・と小さくもれる声を看護師が手でおおった。
「だから、弟も妹もO型です。O型の両親からは、O型しかうまれない。
僕には、本当の母親の記憶があるんです。だから、今の母は、僕の実の母じゃない。でも、そんなことはどうでもいいんです。
僕は今の母親のこと、とても感謝しています。
ただ・・」
看護師は僕の傍に椅子をひっぱってきた。
「ただ?なに?」
椅子に座るのは、体のケアより心のケアが必要な患者である僕に
手当てをする心つもりであることを知らせていた。
「僕の母がどうなったのか、生きているのか、死んでいるのか判らなくて。
それに、こんなことをたずねたら、僕が今の母さんを本当のかあさんだと想ってると信じてる、とうさんとかあさん、ふたりともを傷つける」
う~んとうなり声をあげて看護師が腕を組んだ。
「なるほどねえ・・・」
看護師はなにか、かんがえこんでるみたいだったけど、僕はかまわずにはなし続けた。
「僕はもしかしたら、その輸血をしてくれた人が僕の本当のかあさんじゃないかとおもえて」
僕のほほになみだがつたった。
「もし、そうだったら、おかあさんはいきてるってことで、僕のきもちが解決する?」
僕は返事に困った。
困った僕に看護師は僕の迷いをみぬいた返事をかえしてきた。
「おかあさんがいきてたら、なぜ、一緒にくらせなくなったのか?
おとうさんと別れたわけをききたくなるんじゃない?」
僕はうなだれるしかなかった。
「その通りだとおもいます・・」
「知らない方が良いこともあるし、まして、もう元にもどれないことだし、
僕の本当の生活はおとうさんとおかあさんと兄弟とそこにあるわけでしょう?」
その通りだった。
だけど、僕はもうひとつ、本当の母へのきがかりがあった。
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