私は
Tさん宅を定期的に訪問していましたが
彼に関わっていた人の多くが
Tさんのことを「わがままな人」と
言っていました。
私は
Tさんの話を聞くのが好きでした。
それは
大学時代の話
競馬の話
ボクシングの話
日雇いの仕事の話などなどでしたが
Tさんの話は
Tさんの考えや思いがあって
面白かったのです。
Tさんは
お酒がとても好きでした。
そのために
身体を壊してしまったようなのですが、
そのことを
Tさんは
「神様からの贈り物」と話していました。
ある日
Tさんは
「お酒を買ってきてほしい」
と
私に言いました。
私は
Tさんの希望通りに
お酒を買える立場になかったので
お断りしました。
「頼むからお願いします」と
何度も頭を下げるTさん。
断ることしかできない私。
そばで
そのやりとりを聞いていた奥さんが
「若い人を困らせるんじゃないよ」と
言いましたが
Tさんは「お願いします」と頭を下げました。
私はやっぱり
私には
それができないことを伝えました。
Tさんは
一瞬泣き出しそうに
顔をくしゃとさせてから
「わかりました」と一言、
言いました。
どうしようなく
悲しい表情の後の
「わかりました」の一言。
Tさんは
その時以降、
一切、
私にお酒の話をしませんでした。
「こんなに頭を下げてるのに」
とか
「一生恨んでやる」とか
そんなことも
言わなかったのです。
Tさんの
あの時の悲しい表情と
見事な切り替えを
私は
時々
思い出します。