百姓通信

自然と素直に向き合い、全身で風を感じて私は百姓しています。
①土づくり②循環型③無農薬・無化学肥料④永続性を大切に!

サフランの球根

2019-07-22 22:32:52 | Weblog
ぼちぼち秋の準備
ということで
土から起こして乾かしておいた球根の砂や茎を綺麗にとって
秋以降の開花に向けてしっかり準備している今日この頃です
今年の秋も忙しい!

もうすぐ梅雨明け⁈

2019-07-21 23:09:31 | Weblog
なかなか今年の梅雨は辛い
じっとり不快指数が高過ぎる
関東では日照時間が少なく、特に東京は例年の14%だという(6月28日〜7月18日)
人間の気持ちもそうだが、植物の成長にも大きな影響を及ぼす日照時間は、これからの天候の次第では、夏以降の野菜や果物、米や大豆の収穫にもそう大きな影響を与えることは安易に想像できる
梅雨が明けて、猛暑がやってくるのも辛いし、冷夏だったら農作物全体の収量が見込めない、こちらはもっと辛い

地方博物館の未来

2019-07-20 21:35:54 | Weblog
岐阜県中津川市にある『藤村記念館』は1947年、地域住民の勤労奉仕で建てられた。ピーク時は40万人を超えた入場者数も、今や約2万4千人。現状は財団の理事の方1人が切り盛りし、毎年約300万円の赤字を出しているという。
そういえば 吉川英治が戦中・戦後を過ごした東京都青梅市の自宅跡にあった『吉川英治記念館』が今年の3月20日、42年の歴史に幕を閉じた。最盛期にはこちらも17万人もの来場者があったという。市への寄付等、いろいろ再建案は考えられたようだが、どうしょうもなくなったようだ。
読者が減り、新たな読者の開拓も難しく、貴重な資料や建築物の維持が入場料等では賄えなくなってきている。市や県も重要なことであることは十二分に理解しつつも、毎年毎年必要となる維持費の負担ではなかなか判断はできなくなる。
根本的な事業モデルの転換を図り、行政に頼らず、そのものの良さをしっかり実感できるカタチでの継続手法を早急に模索する必要がある。

とびばこパン⁉︎

2019-07-19 22:27:11 | Weblog
最近はこんなパンがあるという
その名も『とびばこパン』!
この『とびばこパン』はパンドサンジュというパン屋さんで販売されている食パン
少し甘めの味わいと懐かしい見た目、ズッシリした食感が童心を蘇らせてくれる

新聞記者

2019-07-18 22:32:06 | Weblog
日本でもこんな作品が上映されるようになったことはなんとも喜ばしい
しかし、海外の作品に較べるとまだまだレベルが低い
作品、全体が甘い
社会へ訴えかけるのではなく
個人の生き方レベルに悲しいかな留まっている
もったいない
もっとしなやかに強かに描き、生きて欲しい
「何故、死ななければならなかったのか?」
「何が残されたのか?」
「誰もが幸せになれない⁉︎」
「何にこだわっているのか?」
「何が大切なのか?」

『誰よりも自分を信じ、自分を疑え』
この言葉だけが、空中を漂っている。

「進めば見える」

2019-07-17 23:03:09 | Weblog
「迷いながら
進むことを迷うな。 きむ」
京都の大学のキャッチコピーがJRの車両の吊り広告になっていた

「きむ」とは?
誰?
なにかの記号?
チームの暗号?
調べると昨年から詩人の「きむ」さんと“むすんで、うみだす。”プロジェクトとして
◯詩で、夢を応援。 「詩人きむとの電車内ポスター」
◯夢のリレーを、むすびます。 「大学 みんなの夢」
が展開されていた

未来に夢の持てない悩みの多い時代なのかもしれない

100年前

2019-07-16 23:06:20 | Weblog
「100年前」
こんな風景だったようだ
大正の頃
今でも面影は残っている
当時は蒸気機関車が橋梁を駆けている

当時一般の道路は舗装されていなかったし、
新幹線が走るまでには、
まだ半世紀待たなければならない、

以前はこの河川を利用して麻布の晒場となっていたこの辺りは、その後、染色と薬品の会社が数社起業することになるが、それらの会社も現在残っているのは大手の一企業のみとなり、また新たな企業がこの地域に根ざすことになるのだろうか?

「十年一昔」と以前は言われていたが、スピードの早い現代社会において「一昔は一年前」「二昔前は三年」といわれているようだ。

100年前

2019-07-15 18:02:27 | Weblog
「100年前」
こんな風景だったようだ
大正の頃
今でも面影は残っている
当時は蒸気機関車が橋梁を駆けている

当時一般の道路は舗装されていなかったし、
新幹線が走るまでには、
まだ半世紀待たなければならない、

以前はこの河川を利用して麻布の晒場となっていたこの辺りは、その後、染色と薬品の会社が数社起業することになるが、それらの会社も現在残っているのは大手の一企業のみとなり、また新たな企業がこの地域に根ざすことになるのだろうか?

「十年一昔」と以前は言われていたが、スピードの早い現代社会において「一昔は一年前」「二昔前は三年」といわれているようだ。

盆栽師

2019-07-14 21:51:31 | Weblog
世の中に「盆栽師」という人がいるという。
「盆栽」は聞くが、「師」という言葉とはなかなか結びつかない。
その「盆栽師」は「盆栽と過ごす」中で「盆栽と向き合うことで、心を整える」ことを大切にして欲しいという。
なるほど、自然に“生”や“気”を教えてもらうということなのだろう。
そんな彼は修行を終えて海外に旅立つ。
それは師事していた、故加藤三郎との言葉「盆栽を国内外問わずいろんな人に伝えられる人間になってくれ」に従ったからだという。
「盆栽」は2000年以上前、中国で風景のミニチュアとも言える作品が作られ始まったという。さらには、風景の再現まで行われ、それはまるで魔法のような、実際の景色を醸し出す形をとるに至る。鎌倉時代(700年前)に日本がその芸術形式を取り入れ、独自のものを生み出し、現在に至る。そんな文化を広く世界に伝えていくことはこの21世紀だからこそ重要なのだろう。