部屋は簡素なものだった。建物は新しくて綺麗なのだが、家具があまりなく、越してきたばかりのようだった。
「まだお金がなくて、この通りなんです」
でも、W社のカップで入れてくれたコーヒーは、そこいらのカフェとは比べものにならないくらい美味しかった。
「こんなコーヒー、しばらく飲んだことがないな」
「そうですか、適当にブレンドしてみたのですけど」
「ところで、あなたのお父さんに一度会わせてくれないかな」
「どういう用事なんですか」
「実は、将来自分で店を出したくてね、場所の良い所を紹介して貰いたいんだ」
「井坂さんは、うちの社長の仕事を手伝うのでは?」
「社長には黙っていてね、まだ気持ちが固まっていないし、いまから時間を掛けて計画を練っていきたいんだ」
誠二は出まかせ気味に喋ってはいたが、満更嘘でもなかった。
小島社長は、本当に親代わりに思っていてくれる大事な人だが、それだけに利害関係を築きたくない、あくまで親戚に近い存在にしておきたかった。
自分の好きな絵画やインテリアを置き、佳子の入れたコーヒーを飲める店、そんな空想がよぎり、現実逃避の安らぎの中に、一瞬だが身を置いた。
彼女はまだ居て欲しそうだったが、父親が戻ってきたら連絡をくれる約束をして帰路に着いた。
それから3週間が過ぎて、佳子から父が帰ってきているのでいつにしますか、と電話が入った。
誠二は黒木に会いに行く前に、ゆりこと打ち合わせを兼ね、久々に都心に向かった。
最初の出会いから思い出してみても、殆ど二人が住んでいる近くばかりで、都心にゆっくり行ったことはなかった。
まだ梅雨の明けていない時期だったが、その日は曇りで歩くのに程よい気温だったので、東京駅から和田倉門に出て、内堀通りから竹橋方面を眺めた。
皇居一周5キロを、時折小さな子供も交えながら、大勢の人々が走っている。
「まだお金がなくて、この通りなんです」
でも、W社のカップで入れてくれたコーヒーは、そこいらのカフェとは比べものにならないくらい美味しかった。
「こんなコーヒー、しばらく飲んだことがないな」
「そうですか、適当にブレンドしてみたのですけど」
「ところで、あなたのお父さんに一度会わせてくれないかな」
「どういう用事なんですか」
「実は、将来自分で店を出したくてね、場所の良い所を紹介して貰いたいんだ」
「井坂さんは、うちの社長の仕事を手伝うのでは?」
「社長には黙っていてね、まだ気持ちが固まっていないし、いまから時間を掛けて計画を練っていきたいんだ」
誠二は出まかせ気味に喋ってはいたが、満更嘘でもなかった。
小島社長は、本当に親代わりに思っていてくれる大事な人だが、それだけに利害関係を築きたくない、あくまで親戚に近い存在にしておきたかった。
自分の好きな絵画やインテリアを置き、佳子の入れたコーヒーを飲める店、そんな空想がよぎり、現実逃避の安らぎの中に、一瞬だが身を置いた。
彼女はまだ居て欲しそうだったが、父親が戻ってきたら連絡をくれる約束をして帰路に着いた。
それから3週間が過ぎて、佳子から父が帰ってきているのでいつにしますか、と電話が入った。
誠二は黒木に会いに行く前に、ゆりこと打ち合わせを兼ね、久々に都心に向かった。
最初の出会いから思い出してみても、殆ど二人が住んでいる近くばかりで、都心にゆっくり行ったことはなかった。
まだ梅雨の明けていない時期だったが、その日は曇りで歩くのに程よい気温だったので、東京駅から和田倉門に出て、内堀通りから竹橋方面を眺めた。
皇居一周5キロを、時折小さな子供も交えながら、大勢の人々が走っている。