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もう一つの春 25

2007-01-03 05:42:30 | 残雪
「違うわ、絶対違う、私が頼んだんだわ、今の状態でいいから付き合ってくれって」
「それはそうだけど、そのまま受け取る訳には」
「いかないの?いやよ、そんなのいや、受け取ってよ」
「でも春子さんにとっての僕はあまりにも中途半端だし」
「じゃあ、はっきりできるんですか、無理でしょう、子供まで居るんだから、私がこういう育ち方をしてきたから、子供の居る家庭を壊すのは耐え難いんです。寺井さんが暇な時、会って話を聞いたり優しくしてくれる、ずっとそんな存在であってほしいと願っています。男と女の友情だけなんて無理かもしれないけれど、どんなかたちでも続けばいいと思っています」
「春子さん、随分強くなったというか、変わってきたね」
「私、新潟に行って実感したんです、家に父と母が居て、その傍にいるだけでどれ程心安らぐか、叔父の家でそう感じたのだから、本当の両親だったらどんなだろう、夢でいいから両親とゆっくり会いたい、今はそういう心境です」
寺井は自分が何を言っても、春子の言葉に比べ、あまりにも空々しく思え黙るしかなかった。
叔父夫婦の下で暮らし見聞した体験が、彼女に確かな変化を与えたのは事実で、冬に北の大地から湖に飛来してきた白鳥の様に、大きな目的意識を感じ、反面自分の無力さや、考え方の狭さに苛立っていた。
雪国の張り詰めた空気と、白く輝く新雪が春子そのものの様に映しだされ、ルーツを辿り、旅の終焉を演出する作家になれればどんなに良いだろうとも考えていた。
[あらもう暗くなってきたわ、ごめんなさい、今日は家に呼べなくて、いま片付けていて狭い部屋がちらかっているの」
「いいんだよ別に、力仕事なら手伝いにいくよ」
「大丈夫、私の荷物なんて少ないから、それより、これからどうしようかな」
と言って光る瞳を向けてきたので、寺井は金縛りにあった様な気分になった。


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