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並木の丘 32

2007-08-13 21:57:30 | 並木の丘
「女将さんはお体の調子よろしいのですか」
「お蔭様で大きな病気もなくやってこれました、でももう年ですからね、古い付き合いのお客様がお見えになった時だけ顔を出しますけど、殆ど息子夫婦に任せっきりなんですよ」
「それじゃあ悠々自適で、旅行をなさったりしているのでしょう?」
「いえ、主人が亡くなって一人で出掛ける気にもなれず、毎日少しでも旅館の仕事をしているのが生き甲斐なんですよ」
「仕事がお好きなんですね」
「そうね・・ところで久美子さん、あなたまだ独身なんですって?」
「はい、そうなんです」
「もったいないわね、あなたの様なひとだったらいくらでも良い話があるでしょう」
「縁がないんですよ、こればっかりは」
「そうじゃないでしょう、私は半世紀も客商売をしてきたのよ、初対面の方でも話をすれば大体の環境は分かるのよ」
「・・そうなんですか」
「私心配していたのよ、あなたはお母さんの和子さんに、外見だけでなく気性から何からそっくり引き継いでいるのだもの」
「そんなに似ていますか」
「ほんと瓜二つね、殿方とのお付き合いも」
「母にどんなことがあったのですか?」
「どんなって、それは今のあなたと同じよ、ただ和子さんは就職してまもなくだったから、若い頃の物語なんだけれどね」
「父と知り合う以前なんですか」
「そうよ、一生に一度の大恋愛だったわ、自殺するんじゃないかと心配で、彼女の下宿先に何回も泊まりに行ったものよ」
あの古風を絵に描いた母がそんな付き合いをしていたなんて、とても信じがたい事だったが、そういえば父とは見合いだと言っていたのを思い出す。
久美子は、今日前澤に会って自分の考えをはっきり示した件を手短に話した。
「女将さん、私の判断は間違っているでしょうか」
「絹代って呼んでよ、私娘がいないでしょう、あなたが居てくれたらねえ」
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