【「翼賛体制の構築に抗する言論人、報道人、表現者の声明」について、長い文章を書きます】
多くの方から、「翼賛体制の構築に抗する言論人、報道人、表現者の声明」に賛同を求められています。
メッセージを頂いても無視を決め込んでいたので、訝しんでおられるかもしれません。ようやく昨日賛同したところです。でもFBでの拡散はしていません。
これまでなぜ賛同をためらっていたかといえば、声明が現状の言論状況に対するいわばフラストレーションの発露にとどまっていて、具体的対抗策が示されていないからです。
挙国一致的状況に対して個々に対抗言論を上げていくと言うだけならば、これまでもしてきたことです。
これまでと同じことをこれからもしていこうというだけなら、わざわざ声明を出す必要があるだろうかという疑問がありました。
でも国内言論状況が危ういという認識は、私も声明と同意見です。
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自分の意見を整理して伝えるのは難しいのですが(なにせ事実関係がこみいっているので)、いまやっておこうと思います。
まず結論から述べます。
人質事件が安倍総理の言動に誘発されたのは間違いないと思います。
そうであれば、安倍政権と国民の意思が異なっていることを示すことが、人質の生命を守る上で有効だった可能性があります。
そういう意味では安倍政権に対する批判を手控えるべきではなかった。
いえ、そうでなくても、どんな状況下であれ、政権批判を抑止してはならない。
事件について、政府系の情報操作は目に余ります。
そのことは、時系列を追えば誰にでも見える、はっきりしたものです。
国民に誤ったイメージが刷り込まれないように、言論人ははっきりとものを言うべきであると思います。
しかし、もう間違ったイメージが刷り込まれてしまっており、とても残念です。
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事件に関する自分の見方は、つぎのとおりです。
1. 外務省やASEANは慎重な姿勢だったのに、安倍総理だけが対「イスラム国」対決に突出していた。
2. おそらく官邸の強い姿勢に、外務省は人道援助の概念規定を逸脱した。
3. 安倍総理のエジプト演説は、極めて攻撃的で、軍事援助に等しい印象を中東に与えた。
4. そのことが人質殺害につながった可能性がある。
5. 「イスラム国」は一般的なイメージと異なり、人道援助に反発していない。
6. 対応しだいで、少なくとも後藤さんを身代金なしに救出できた可能性がある。
このことを確かめるために、あらためて事実関係を追ってみましょう。
(この部分、あとから重ねて解説するので、読み飛ばしてもかまいません)
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【ISIS危機のはじまり】
2014.06.09 イラクのティクリートが「イスラム国」に陥落
2014.06.10 イラク第二の都市モスル陥落
2014.08.07 米軍、イラク領内で限定的空爆開始
2014.09.06 米国、有志連合結成を呼びかけ
【日本の対応と、安倍総理の突出】
2014.09.16 日本政府、「イスラム国」による「人道危機に対する人道援助」1千万ドルを決定
2014.09.23 米国、シリア領内で空爆開始
2014.09.24 安倍総理、エジプトのシシ大統領に「シリア空爆支持」「ISIL壊滅すべき」と表明
2014.10下旬 後藤さん誘拐される
2014.11.12 日本ASEAN共同宣言(テロ対策)
①テロ行為の被害者に対する援助が必要
②継続的な人道援助を行う
③すべてのテロを非難
【政策のゆがみのはじまり】
2015.01.09 日本政府、中東各国援助を閣議決定
総額30億6千万ドル うち2億ドルがISILと戦う国への支援としてのISIL対策援助および難民対策援助(人道支援)
2億ドルについての閣議決定骨子
①ISIL対策援助および人道支援だが、主に人道支援である
②主に国際機関を通じた援助である
③教育・職業支援等の人材育成を行う
④国境管理の支援を行う(直接的なISIL対策としてはこの項目だけ)
【安倍総理のますますの突出】
2015.01.17 安倍総理、エジプトで演説「ISILと戦う国に援助」
安部総理演説の骨子
①25億ドルを人道援助に
②3億6千万ドルを空港・電力整備に
③2億ドルはISILに対抗する援助
閣議決定との相違
・難民対策援助もISIL対策援助であると説明
・人道支援の文言がない
・国際機関を通じるという説明がない
・人材育成は教育・職業支援だという説明がない
・「ISILの脅威」という言葉を付け加えた
2015.01.18 トルコの報道機関が「日本が軍事援助」と報道
2015.01.20 「イスラム国」が脅迫動画を公開
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ご覧のように、外務省やASEANの慎重姿勢と対照的に、安倍総理の前のめりな姿勢が浮き彫りになります。
米軍がシリア空爆を開始した翌日に、ただちに支持を表明し、「イスラム国」壊滅とまで口走っています。
さて「イスラム国」は一般的なイメージと異なり、中東援助のすべてに反発しているのではありません。
30億6千万ドルのうち、2億ドルにのみ反応しています。
28億6千万ドルもの人道援助とインフラ構築には反発していないのです。
その2億ドルも、実質的には人道援助です。
閣議でそう決定しています。
ところが、安倍総理の演説で、あたかもそうではないように伝わりました。
閣議決定にある文言なのに安倍総理が口にしなかったのは、「人道援助」「国際機関を通じた援助」「教育・職業支援としての人材育成」です。
閣議決定にないのに「ISILの脅威に対抗」と述べました。
ただの人道支援である難民対策援助まで、ISIL対策として説明しました。
安倍総理の演説は閣議決定を逸脱しています。
そもそも人道援助には「中立性」が求められます。
外務省がそのように説明しています。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jindo/jindoushien1_1.html
ISILと戦う国への人道援助というのは、概念規定の逸脱なのです。
こうなってしまったについては、官邸の強い意向が働いているとみてよいでしょう。
もともと外務省は基本ラインを守っていました。
昨年9月の政府援助およびASEANとの共同声明でも、人道援助の基本ラインが守られています。
「イスラム国」に対抗するのではなく、「イスラム国による被害の救援」であり、
「イスラム国」のテロに対抗するのではなく、「すべてのテロ」を非難しています。
ところが安倍総理だけが突出した発言をしています。
(9月ニューヨークでのエジプト大統領との対談)
今年1月の閣議決定は、そういった安倍路線に引きずられたのか、人道援助概念からの逸脱が見られます。
しかしその中身は、実質的には普通の人道援助です。
にもかかわらず、安倍総理のエジプト演説で援助の性格を誤り伝えました。
この演説の強い調子が、中東に「軍事援助」と受け止められてしまったのです。
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ここまでは安倍さんの狙い通りだったと思います。
ところがその強硬姿勢が、人質脅迫ビデオに至ってしまってから、安倍総理は軌道修正を図ります。
「人道援助」の強調です。
中立的人道援助というのは自分がこれまで否定してきた路線なのに、あたかもはじめからその路線であったかのように言い始め、
人質事件の責任回避を図りながら、事件を対ISIL路線を推進する道具に使おうとしています。
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この二枚舌をメディアの多くが報道しないで、また国会で追及しないで、だれがそれをするのでしょうか。
ただちにそれをしないで流されてしまったら、ことが落ち着いてから批判したって国民の関心はすでに冷めています。
本当に残念な状況がつづいています。
でも、こんな長い説明、普通は聞いてくれません。
短いフレーズで嘘でもゆーたもん勝ちです。
そういった状況下で戦略的に戦うには、政権批判を一時手控えるのも手である、声明はおかしいという意見も聞こえます。
これについては、そういう高等戦術の有効性を評価する能力が自分にないので、なんにも言えません。
いまの考えはこういうところです。