今、全国の神社で「異変」が起きている。初詣客で賑わう境内の一角にはジャーナリストの櫻井よしこ氏のポスターが貼られ、その傍らには、櫻井氏や日本会議が主導する「憲法改正1000万人賛同署名」が置かれているのだ。

 この情報を聞きつけたIWJでは、真偽を確かめるため、東京の港区・飯倉片町にある事務所を起点に、半径3km圏内の神社を走り回って調査した。

特設テントを設置して大々的に署名募集を行う乃木神社 一方で署名を設置しない社、設置した事実を否定する社も…

 東京都港区の乃木神社では、入口の売店すぐ横に特設テントが張られ、大々的に改憲署名を募っていた。

▲乃木神社の特設テント

 改憲署名の設置の仕方は神社によって様々で、同じ港区でも、虎ノ門にある金刀比羅宮では櫻井氏のポスターの下に、「署名は社務所にて受付」と書かれているのみだった。

▲金刀比羅宮に貼られた改憲ポスター(右)

 また、「港七福神宝船のお社」として有名な麻布十番稲荷神社や、「江戸氷川七社の一つ」麻布氷川神社、西久保八幡神社などは、櫻井氏のポスターも、改憲署名も設置していなかった。

 11月下旬にネット上で「賽銭箱の上に署名が設置されている」との目撃情報があった愛宕神社については、敷地のどこを探してもポスターや署名は確認できなかった。宮司に、署名は撤去されたのかを聞くと、「うちの社ではやっていない」と否定した。しかし後に電話で問い合わせると、別の担当者は、「署名はやっていたが、正月に入る前に撤去した」と回答。「設置した経緯や設置期間をお答えするつもりはありません」と、強い口調で電話を切られた。

 神社によって設置している社としていない社があり、また設置期間や設置方法もばらばらで、愛宕神社のように設置していた事実を否定する不可解な反応もあった。ぜひ、本稿をご覧の方も、近所の神社で設置の有無を確認し、直接問い合わせてみていただきたい。

 いずれにせよ、外部の団体ではなく、各神社が主体的に設置し、署名運動を展開していることが分かる。

日本会議と「一心同体」となって改憲運動を進めていることを堂々明言した神社本庁

 署名用紙には「東京都神社庁」の文字が記載されていた。神社庁とは、全国の神社の多くを包括する神社本庁の地方機関である。東京都神社庁のHPを見ると、「憲法改正を推進します」というバナーが貼られ、「憲法改正運動を推進する宣言」が掲載されている。

 なぜ神社が、しかも安倍政権が憲法改正に着手しようとしている2016年の今、あからさまにそれを支援するような政治運動を展開しているのか。IWJは、神社本庁に取材を行った。

 神社での改憲署名設置は神社本庁が主導しているのか、という質問に、担当者は「そのような狭い活動ではない」と前置きし、次のように続けた。

 「『美しい日本の憲法をつくる国民の会』さんが、1000万人の(改憲推進の)拡大運動を進めており、神社本庁をはじめ、東京都神社庁も、会の活動に協力をしている。全国の神社での署名運動はその一貫で行っている。この署名用紙も、国民の会が作っているものです」

 「美しい日本の憲法をつくる国民の会」とは、櫻井よしこ氏や日本会議(※)会長の田久保忠衛・杏林大学名誉教授、日本会議名誉会長の三好達・元最高裁判所長官が共同代表を務め、事務局長を日本会議事務局長の椛島有三氏が務めるなど、実質的には日本会議主導の団体だ。

(※)日本会議とは、日本最大の右翼組織と知られ、国会議員の4割(約280人/717人)、さらに現閣僚の半数以上が所属している。「愛国者教育」「改憲」「有事法制整備」など、今の安倍政権が進めている政策のほとんどを提言。海外メディアからも、安倍政権の極右政策、歴史修正主義の「黒幕」として注目を集めている。

 そして同会の代表発起人には、神社本庁総長である田中恆清(たなかつねきよ)氏が名を連ね、神社本庁を母体とする政治団体「神道政治連盟」の幹事長である打田文博氏が、事務総長を務めている。

 そして同会は、2015年11月10日、「今こそ憲法改正を!武道館一万人大会」を開催。超党派の「改憲派」国会議員が出席し、安倍総理もビデオメッセージを寄せ、「『21世紀にふさわしい憲法を自らの手で作り上げる』その精神を日本全体に広めていくために、今後とも、ご尽力をいただきたいと存じます。憲法改正に向けてともに着実に歩を進めて参りましょう」などと、露骨に支援を呼びかけている。

 つまり、日本会議と神社本庁が「一心同体」(※)となって、安倍政権の憲法改正を堂々と支援しているのだ。「狭い考え」ではない、という言葉は、「広く、深く、改憲運動に神社本庁は関わっている」という意味だったのだろうか。

(※)日本会議の「役員名簿」を見ると、先述の田中恆清・神社本庁総長が「副会長」を務め、他にも神社本庁や神道政治連盟の幹部、宮司が数多く「顧問」や「代表委員」に名を連ねており、かねてから日本会議と神社本庁は「一心同体であった」と言える。

・日本会議「役員名簿」
http://www.nipponkaigi.org/about/yakuin

神社本庁による日本国憲法へのあからさまな挑戦、信仰心の悪用は「宗教の面汚し」

 神社本庁が、極右組織と一体となり、あからさまな安倍政権支援の政治運動を行うなど、許されるのだろうか。憲法第20条・89条の「政教分離」に抵触するのではないか。

 そもそも日本国憲法におけるこの条項は、戦前、国民(当時は臣民)を天皇制国家に従属させ、戦争に駆り立ててゆく洗脳装置として機能する国家神道を復活させないための条項だったはずである、そうした忌まわしい過去をもつ神社界が、公然と改憲の運動に加担している。これは現行憲法に対する挑戦以外の何ものでもないだろう。

 安倍政権の憲法改正に強く警鐘を鳴らしている、弁護士の猪野亨(いのとおる)氏はIWJの電話取材に応じ、「神社本庁が目指しているのは、天皇を中心とした統治体制への『王政復古』だ」と厳しく指摘した。

 「政教分離が日本で規定された一番の歴史的背景は、大日本帝国が神道を『国家神道』として国教化し、それが軍国主義と結びついて日本を破滅させたという反省です。今回の署名設置は、そもそも政教分離が何のためにできたのかという憲法の根本趣旨からすると大問題。世俗的な団体であるという信頼を悪用し、騙すようなかたちで本性を現したという意味でも、宗教の面汚しとも言われかねない事態です」

神社本庁の方針に疑問を抱く神職も? 極右的な神社本庁の広報紙、その驚きの中身とは

 書籍『前夜』の共著者であり、憲法問題に詳しい澤藤統一郎弁護士も、IWJの取材に応え、「今回の署名設置は、本来の信仰とは何の関わりのないことをするという意味で、自殺行為だと思います」と批判。そのうえで、神社本庁の広報紙「神社新報」11月23日号に掲載された、驚くべき「論説」を紹介した。

(取材・文:佐々木隼也、文責:岩上安身)