最新作「わが心のジェニファー」(小学館)を出版した作家・浅田次郎氏(64)が、日刊スポーツのインタビューに応じました。2016年はどんな1年になるのか。言論の自由、憲法、安保法制、2020年開催の東京五輪・パラリンピックに至るまで、たっぷりと語ってくれました。今日から5回、「新春語り」と題して浅田氏が見る日本についてお届けします。

 日本ペンクラブ会長になって5年になります。

 「国際ペン憲章にのっとって、言論表現の自由を守るのが使命です。そもそも国際ペンができたのは、第1次世界大戦直後に文筆家だけでも世界の平和を守ろうじゃないか、という意思の下に始まっているので、言論の自由を守るのと同時に、戦争に反対するのは当然のことです」

 昨年9月には安保法制に反対する声明を出し、成立後は再審議すべきとの声明文も出しました。

 「声明文を出すと、左っぽく見られますが、決して右も左もない。平和を守るためにはどうしたらいいかを考えているだけです。安保法制は大きな話の割に議論が足りない」

 国会前などで安保法制に反対する学生の団体SEALs(シールズ)の活動をどう見ていますか。

 「やっと若い人たちが動き始めてくれたな、という感じがあります。僕らの時代は、旗を振りましたよね。善しあしはともかく、学生たちは政治問題に敏感だった。ところが、社会が豊かになっていくにつれて、それがいつの間にかなくなってしまった。かつて日本の侵攻に反対の声を一番上げたのは、北京大学を始めとする学生たちでした。欧米でも、リベラリズムは常に大学が牙城になっていた。ところが、日本は豊かになるにつれ、大学生を含めて若い人たちが考えなくなったんですね。その時代が長すぎた。これだけ若者たちが政治に無関心だった空白の時代というのは、日本の近代史でもなかったし、外国でも珍しい。でもまあ、ここで若者たちの声が上がっているのは、すごく頼もしい。いいことだと思いますよ」

 若い人に期待する一方で、同年代の人にもメッセージをお願いします。

 「これから老人が増え、60歳以上の世の中になる。みんな定年になって引退したと思ってはいけない。これからの時代は彼ら僕らにかかっているんです。職場を離れた後は、それ以上の仕事をみんなでやりましょうよ」

 最新作の「わが心のジェニファー」は、ニューヨーカーのラリーが恋人ジェニファーにプロポーズするところから始まります。日本が大好きなジェニファーは「結婚には価値観の共有が必要なの」と、ラリーに単身で日本に行くように求めます。

 「ジェニファーは大変賢明な女性で、旅先でパソコンもスマホも持たないようにという条件を付けた。ラリーは鮮やかにその術中にはまって自分のことを真剣に考えながら旅をする。そして、いい結果が導かれた。僕らは、そういうチャンスを失ったのではないでしょうか」

 小説家もパソコンが主流の時代になったが、浅田氏は今も万年筆で小説を書き、スマホも使いません。

 「IT社会は文学にとっていい影響はない。町を歩いている人を見ても、みなさんスマホを手に持っている時代です。人間にとって、ものをぼんやり考える時間というのは必要で、大切な思索の時間だと思うんです。ものを考える時間までスマホに奪われてしまっている」

 旅行を例に挙げます。

 「みんなスマホを持って、ルートも泊まるところも情報として取る。それでは旅の面白さは半減する。旅というものは偶然が多くて、運も左右する。不確定性が旅の面白さで、それが旅の夢だと思うんです」

 ラリーも予定を立てずに関西、九州、北海道を訪れます。

 「外国人が日本に来て、訳の分からない行動をする。テレビの『Youは何しに日本へ?』も面白い。なぜかというと、やっぱり日本人は日本を知らない。外国人の目を通して、視聴者が日本を再発見しているのではないか。僕は中3の時、修学旅行で初めて京都に行って、不思議な感動がありました。外国人も同じように感動するんじゃないでしょうか。その時の新鮮な感動を素直に書いたつもりです」

 ◆浅田次郎(あさだ・じろう)1951年(昭26)12月13日、東京生まれ。95年「地下鉄(メトロ)に乗って」で吉川英治文学新人賞、97年「鉄道員(ぽっぽや)」で直木賞、2000年「壬生義士伝」で柴田錬三郎賞、06年「お腹召しませ」で中央公論文芸賞と司馬遼太郎賞、08年「中原の虹」で吉川英治文学賞、10年「終わらざる夏」で毎日出版文化賞を受賞。他に「プリズンホテル」「蒼穹の昴」「王妃の館」「天切り松 闇がたり」など多数。2011年から日本ペンクラブ会長を務める。

 ◆日本ペンクラブ 国際ペンクラブの日本組織として1935年創立。言論、表現、出版の自由の擁護と文化の国際的交流の増進を目的としている。P(詩人、俳人、劇作家)、E(随筆家、編集者)、N(作家)を会員として組織されている。