異教の地「日本」 ~二つの愛する”J”のために!

言論宗教の自由が保障され、ひとりひとりの人権が尊ばれ、共に生きることを喜ぶ、愛すべき日本の地であることを願う。

憲法記念日に思う~アホな俺にでも分かること 〔Gotch ブログ 2017.5.3〕

2017-05-03 22:11:13 | 憲法

Gotch  http://gotch.info/post/160242954422/より転載

憲法記念日に思うこと

 北朝鮮からミサイルが飛んできたときに憲法9条は守ってくれるのか。と聞かれたら、普通に考えて、何らかの条文が国会の辺りからメキメキと合体ロボのように立ち上がって、飛んでくるミサイルをガシリと握り潰したりはしない。

 だから、まあ、そういう聞かれ方をするならば、守るのは無理だと思う。ただ、問いの立て方が子供っぽいような気もする(ちなみに金政権はミサイルを他国に撃ち込むとどういう結果が待っているのかよく知っている。なので実験はするが実際には撃てない、と俺は考えている)。

 憲法9条の力のというのは、そういうマッチョなエネルギーや方法とは別のところにあると俺は考えている。

 その力とは何か。それは為政者に高い知力の保持を強いるということだ。

 何しろ、軍隊も持てないし戦争もできない。ということは、隣国と緊張しないような外交努力を弛まずに行わなければならない。近くの海にミサイルやロケットを飛ばして国威を示したり愛国心を発揚したりしないで、実直に、ときには煮え湯を飲まされるような気分になることがあっても、内外からの圧力に耐えて、狡獪な相手とも交渉し、もういいやと投げ出さずに平和な状況を維持しなくてはならない。高い知性と判断力が必要な仕事だろう。

 という文脈において、憲法9条は十分に国民を守ってくれているのではないかと俺は思う。憲法9条が政治家や国民に問うことを思えば、「敵国の軍隊がやってきて銃を突きつけられても同じことが言えるのか」という問いはほとんど屁理屈のレベルだろう。そこに至るまでの知的な活動をすべて放棄しなければ、成り立たない問いなのだから。

 つまり、憲法9条自体が、思考停止を許さない巨大な「問い」そのものであると、俺は思うのだ。もちろん、難問だ。あの手、この手を尽くさなければならない。

 憲法9条を捨てるということは、70年に渡って政治家たちや国民が保持し、受け継いできたある種の知性を捨てることでもあるだろう。

 その知性によって、絶対に先制攻撃することのない、ArmyのようでArmyではない「自衛隊」という組織は発明された。そうは思えないという人がいるかもしれないけれど(もちろん、賛否はある)、俺はとてもラディカルな存在だと思う。武力などないほうがいいけれど、せめて世界中の軍隊が「JIEI-TAI」になったら良いと思う。KABUKIやSAKEのように世界的な日本語になる可能性だってあると、俺は考えている。

 多くの戦争や紛争は相手の先制攻撃を口実に開始される。ゆえに、憲法に先制攻撃ができないことが明記されていて、それを遵守している国がいかに戦争に巻き込まれ難いのかくらい、アホな俺にでも分かる。日本を相手にした攻撃の正当性を国際社会に証明することは、こちらが憲法を遵守している状況ならば不可能だろう。そういった意味では盾でもある。

 が、こうした条文が有名無実化されようとしている。

「普通の国」というもっともらしい称号(どの国もそんな言葉で褒めてくれはしないだろうけれど)と引き換えに失うものについては、もっと深く議論されるべきだと思う。

 

 

 


動画【NHKスペシャル】憲法70年 平和国家はこうして生まれた  /9条の条文は日本人がつくっていた! NHKが“日本国憲法はGHQの押し付け”を真っ向否定する検証番組〔リテラ〕

2017-05-03 12:19:31 | 憲法

 動画【NHKスペシャル】憲法70年 平和国家はこうして生まれた 2017.04.30 放送

 

9条の条文は日本人がつくっていた! NHKが“日本国憲法はGHQの押し付け”を真っ向否定する検証番組

2017.05.02
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ウエブサイト『もっとNHKドキュメンタリー』より


 明日、憲法記念日の5月3日は、1947年に日本国憲法が施行された日である。あれからちょうど70年、4月30日放送のNHKスペシャル『憲法70年 “平和国家”はこうして生まれた』がいま、静かな話題を呼んでいる。

 その内容は、日本国憲法の中枢をなす憲法9条の制定過程を、資料をもとにして、丹念に解き明かすというもの。周知の通り、憲法9条は「戦争放棄」「戦力の不保持」「交戦権の否認」を明記した“平和主義”の要だが、安倍首相をはじめとする改憲タカ派は、9条も含めて“日本国憲法はGHQから強要された”なる「押し付け憲法論」を振りかざし、強引に改憲を主張してきた。

 しかし、NHKがつぶさに紹介した制定過程の歴史的事実は、憲法がアメリカからの「押し付け」などではなく、当時の日本人たちによる多大なる労力と議論によって築き上げられたものであることを明白にしている。

 番組が主に取り上げたのは、敗戦の翌年、1946年7月から開催された帝国憲法改正小委員会での議論だ。戦後、46年4月に初の普通選挙を経て、GHQ草案をもとにした政府案の修正議論を担った同小委員会は、のちの首相・芦田均を委員長とし、各党議員合わせて計14名で構成された。当時は「秘密会」扱いで、その記録が公開されたのは実に1995年のことである。

 9条の冒頭は、《日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し》と始まる。だが、その「平和」の文言は、ダグラス・マッカーサーが指示したGHQ草案にはもともと存在せず、これを条文の文言に取り入れたのが同小委員会であった。

 9条の「平和」について提言したのは、法学者でもある鈴木義男(当時日本社会党)だ。鈴木は7月27日の委員会でこのように述べた。

「みなさんのご意見を伺います。ただ戦争をしない、軍備を皆棄てるということは、ちょっと泣き言のような消極的な印象を与えるから、まず平和を愛好するのだということを宣言しておいて、その次にこの条文を入れようじゃないか」

 他の議員からも賛同の声が上がったという。たとえば、犬養毅の息子である犬養健(当時日本進歩党)は「(現状の戦争放棄の文言は)何だか仕方がない、やめようかというような所があります。何か積極的な摂理として、戦争はいかぬというような字が入ればなお良いかと思います」と発言している。

 鈴木の「平和」の文言提言の背景には、2度の世界大戦への反省から国際強調的な平和主義の実現に動き出した世界の潮流があった。『Nスぺ』のなかで、鈴木義男の孫で一橋大学・東京大学名誉教授である油井大三郎氏は、鈴木の提案の真意についてこう分析している。

「単に戦争は二度とこりごりだというような消極的な考え方で9条が入るというだけではなくて、もっと積極的に第二次世界大戦の反省から国際連合ができるというような新しい平和維持の国際構想の中に9条を積極的に位置づけていく。日本人自身の問題として、戦争を二度と繰り返さない制度というものをつくらないといけない」

 当時、日本自由党だった芦田も、条文に積極的に「平和」を希求する文言を組み込むべしという鈴木の提案を「外務省から来た印刷物に『国際信義を重んじて条約を守る』ということがどこかにあって欲しいというような意見が出ておりましたがね」と言って、受け止めた。

 『Nスペ』は、このとき芦田が言及した「外務省から来た印刷物」の資料を発見。その資料は当時の条約局長・萩原徹が作成したもので、外務省が憲法案の修正がどのような国際的影響を及ぼすかを考察し、国際法規を憲法と共に遵守するよう求める内容が含まれていた。

 戦前の日本は満州事変の後に国際連盟を脱退し、孤立していったが、萩原はこうした状況を「ドンキホーテ式外交」と指摘し、その反省を促した。これを受け、憲法の最高法規性を謳った第98条に、条約と国際法規を《誠実に遵守することを必要とする》と記す第2項が加えられたという。芦田はこの外務省資料を9条の修正にも生かそうと考えた。小委員会では、各党議員が党派を超えて、次々と条文を提案した。

 廿日出庬(日本自由党)「一つの案ですが、色々と折衷しまして『日本国は平和を愛好し国際信義を重んずることを国是とし国権の発動たる戦争』と言って後は続けても差し支えないと思うのです」
 芦田「私の個人の意見としては、ただ平和が好きだというのみならず、自動的に平和維持のために努力する」
 廿日出「それではこうしたらどうでしょう。『日本国は恒久平和の建設に志す』」
 森戸辰男(日本社会党)「『日本国は恒久平和の愛好者として国権の発動たる戦争』云々というようにしても良いと思います」

 そして、7月29日の小委員会の冒頭で芦田が一つの案を示す。

「こういう文字にしたらどうかという思案が一つ出ているのですが、『日本国民は正義と秩序とを基調とする国際平和を誠実に希求し、陸海空軍その他の戦力を保持せず、国の交戦権を否認することを声明す』」

 これに、鈴木が最後の「声明す」の削除を求めた。

「『戦力を保持しない』『国の交戦権を否認する』と言い放せば良い。自分の行動を規律することをここに意思表示するのです」

 ここに、GHQ草案や当初の政府案になかった現在の9条の文言、すなわち日本国憲法の平和主義が誕生したのである。

 こうした日本人による綿密な議論を経て生まれた憲法が、なぜ“GHQによる押し付け”との誹りを受けなければならないのだろう。そもそも、憲法9条に限ってみても、もともとの発案者は幣原喜重郎、あるいはマッカーサーと幣原の“合作”というのが主流の捉え方であり、単に占領国による“日本無力化政策”という右派の言い分は、あまりにその経緯を軽んじている。

 さらにいえば、欽定憲法である明治憲法はまさに「押し付け」に違いないが、対する日本国憲法は、日本史上初の普通選挙のもとで国民が選んだ国会議員による審議・修正が徹底してなされた。それは、『Nスペ』が取り上げた芦田や鈴木らによる帝国憲法改正小委員会での議論をみても明らかだろう。換言すると、日本のそれまでの歴史上でもっとも民主的な選挙制度を経て審議され、かつ、圧倒的多数で可決された憲法なのである。

 一方、安倍首相や日本会議など、「押し付け論」を振りかざす改憲派は、こうした歴史的事実をネグり、そればかりか、一度破滅した日本という国を建て直した先人たちの労苦までも全否定しているのだ。これのどこが「保守」なのだろうか。少なくとも、平和主義をつくりあげた憲法9条を「押し付け」だとして排斥することに、正当性など微塵もなければ、「我が国の伝統の尊重」などほざく権利があろうはずもない。

 だが、安倍政権は目下、悲願の改憲にむけて、マスコミを徹底して締め上げると同時に、市民の護憲集会までも標的にしていることは、本サイトでも報じているとおりだ。そんななかで、今回、NHKが「押し付け論」を否定する客観的な事実を放送したのは、確実に意味のあることだろう。

 もちろん、その“平和憲法の誕生”から68年後、安倍首相が違憲の安保法制によって9条を空文化したことに触れていないなど、首をかしげたくなるところがないわけではない。それでも、北朝鮮危機を煽って日本を戦争へ導こうとしている安倍政権の現況を考えれば、『Nスペ』が再確認した平和主義の意義は、素直に賞賛すべきだと言える。

 NHKスペシャル『憲法70年 “平和国家”はこうして生まれた』は、3日0時10分から再放送される。この国の戦後、つまり「平和国家」のあり方は、決して受動的に押し付けられたものではなく、先人が積極的に作り上げてきたものだ。そのことをぜひ、思い出してもらいたい。

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 日本国憲法の草案はメイドインジャパン

・・・・

「押し付け憲法だから改憲、という論を聞くが、憲法9条は日本人が作った」――。2013年6 月5日、参議院議員会館で開かれた「第4回立憲フォーラム勉強会」に講師として登壇した作家・半藤一利氏はこのように話し、当時の幣原喜重郎首相が、 GHQ最高司令官であるダグラス・マッカーサー氏と会談した際に、憲法9条案を進んで提案したと説明した。

・・・・

日本国憲法が、歴史的・国際的な「正統性」のもとに生まれた、人類の英知の結晶
とも言うべき存在であることが強く印象付けられる。再現映像なども交えて当
時の議論のようすを丁寧に描写している。「人類の普遍的価値を体現した日本国憲法が、一時の政治的な思惑で安易に改変されていいのか」

 

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 幣原喜重郎首相「憲法9条、私がマッカーサーに申し上げた」

 

 

 


日本国憲法の原本を見に行こう! 平成29年春の特別展 誕生 日本国憲法:国立公文書館 本館

2017-05-03 12:19:01 | 憲法

http://www.archives.go.jp/exhibition/

日本国憲法の原本を見に行こう!

画像に含まれている可能性があるもの:テキスト

 

平成29年春の特別展 誕生 日本国憲法

【展示会】 【関連イベント】展示解説会
企画担当者が、展示のみどころを解説します。 【関連イベント】平成29年春の特別展「誕生 日本国憲法」記念講演会

概要

日本国憲法は、本年、昭和22年(1947)5月3日の施行から70年をむかえます。平成29年春の特別展では、日本国憲法原本のほか、制定過程に作成された関係資料を展示します。 また、憲法の「産婆役」として知られ、憲法担当の国務大臣として帝国議会における答弁にあたった金森徳次郎が果たした役割にも注目し、国内外の力関係が複雑に絡み合う中で生み出された新憲法誕生までのあゆみをたどります。

主な展示

マッカーサー憲法草案

・マッカーサー憲法草案(閣議配付資料)
 昭和21年2月13日に日本政府に対して提示されたマッカーサー憲法草案の日本語訳(外務省訳)です。日本政府は同月22日、26日の閣議において審議を続け、この草案を基礎としながら帝国憲法の改正案を練ることになりました。



金森徳次郎の国務大臣への任命

・金森徳次郎の国務大臣への任命
 「制憲議会」開幕の前日にあたる昭和21年6月19日、憲法改正案の立案を援助してきた金森徳次郎(1886‐1959)は、第1次吉田茂内閣の国務大臣として迎えられ、憲法担当の国務大臣となりました。戦前の「天皇機関説事件」で要職を追われた金森が再び歴史の表舞台へと現れます。



憲法制定過程で参考にされた英語辞書

・憲法制定過程で参考にされた英語辞書
 昭和21年7月、衆議院での憲法改正審議が進むなか、内閣法制局は一組の英語辞書を内閣文庫(国立公文書館の前身)から借用しています。金森は議会での答弁に臨んで“symbol”(象徴)という言葉の意義をこの辞書で調べたと語っています。



日本国憲法原本

・日本国憲法原本
 日本国憲法は昭和21年11月3日に公布され、翌年5月3日から施行されました。
 天皇を国の象徴とし、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義を基本原則とするとともに、戦争の放棄、三権分立、国権の最高機関としての国会、大日本帝国憲法には規定がなかった地方自治の保障などを規定しています。

 

 

 

 


長編叙事詩「日本国憲法前文」讃歌 (櫻井 智志)

2017-05-03 12:18:35 | 憲法

 

【現代と思想】~ジャーナリスト精神
 http://blog.goo.ne.jp/dreamtoday/e/c8f98b19c4c8bafeac22f6e0e66bfd05より転載

長編叙事詩「日本国憲法前文」讃歌

2016-05-01 11:55:15 | 
2016年5月1日
              櫻井 智志

中国・華中にて戦死した戦没学生田邉利宏は手帳に遺した。

「雪の夜」『きけわだつみのこえ』

 人はのぞみを喪っても生きつづけてゆくのだ。
見えない地図のどこかに
あるいはまた遠い歳月のかなたに
ほの紅い蕾を夢想して
凍てつく風の中に手をさしのべている。
手は泥にまみれ
頭脳はただ忘却の日をつづけてゆくとも
身内を流れるほのかな血のぬくみをたのみ
冬の草のように生きているのだ。

 遠い残雪のような希みよ、光ってあれ。
たとえそれが何の光であろうとも
虚無の人をみちぞく力とはなるであろう。
同じ地点に異なる星を仰ぐ者の
寂寥とそして精神の自由み
俺が人間であったことを思い出させてくれるのだ。




日本国民は、
正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、
われらとわれらの子孫のために、
諸国民との協和による成果と、
わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、
政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、
ここに主権が国民に存することを宣言し、
この憲法を確定する。


そもそも国政は、
国民の厳粛な信託によるものであつて、
その権威は国民に由来し、
その権力は国民の代表者がこれを行使し、
その福利は国民がこれを享受する。


これは人類普遍の原理であり、
この憲法は、
かかる原理に基くものである。


われらは、
これに反する一切の憲法、
法令及び詔勅を排除する。


日本国民は、
恒久の平和を念願し、
人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、
平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、
われらの安全と生存を保持しようと決意した。


われらは、
平和を維持し、
専制と隷従、
圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、
名誉ある地位を占めたいと思う。
われらは、
全世界の国民が、
ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、
平和のうちに生存する権利を有することを確認する。


われらは、
いずれの国家も、
自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、
政治道徳の法則は、
普遍的なものであり、
この法則に従うことは、
自国の主権を維持し、
他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。


日本国民は、
国家の名誉にかけ、
全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。


憲法は
国家権力が国民を縛るものではない
国民が
公正な選出制度によって公平な選挙によって
議会を通じて
国家権力の横暴と暴走を制御するものである。

国政は
国民の意志にもとづき
国民が選出した議会が行使する権力により
国民の幸福を保障する。


日本は
他国を無視蔑視しない政治道徳の普遍的法則によって
他国と対等平等の関係を構築する努力を求められている。

日本国民は
国際平和を建設維持するために
理想と目的を実現する、
そんな名誉を遂行する国家であろうとすることを誓う。

海外に侵略し
多くの民衆を殺戮したこと
多くの国民が無謀な暴走を聖戦と信じ込まされ
戦場で国内で
死んでいったこと。

二度と
侵略者の妄想に盲従し
世界から異端視され暴走して
先人の悲劇と平和建設の委託とを
反故としてはならぬ。


戦争末期に
アメリカ軍が広島と長崎に核兵器を投下した。
被爆した詩人峠三吉は『原爆詩集』を詩作した。


     仮繃帯所にて

  あなたたち
  泣いても涙のでどころのない
  わめいても言葉になる唇のない
  もがこうにもつかむ手指の皮膚のない
  あなたたち

  血とあぶら汗と淋巴液とにまみれた四肢をばたつかせ
  糸のように塞いだ眼をしろく光らせ
  あおぶくれた腹にわずかに下着のゴム紐だけをとどめ
  恥しいところさえはじることをできなくさせられたあなたたちが
  ああみんなさきほどまでは愛らしい
  女学生だったことを
  たれがほんとうと思えよう

  焼け爛れたヒロシマの
  うす暗くゆらめく焔のなかから
  あなたでなくなったあなたたちが
  つぎつぎととび出し這い出し
  この草地にたどりついて
  ちりちりのラカン頭を苦悶の埃に埋める

  何故こんな目に遭わねばならぬのか
  なぜこんなめにあわねばならぬのか
  何の為に
  なんのために
  そしてあななたちは
  すでに自分がどんなすがたで
  にんげんから遠いものにされはてて
  しまっているかを知らない

  ただ思っている
  あなたたちはおもっている
  今朝がたまでの父を母を弟を妹を
  (いま逢ったってたれがあなたとしりえよう)
  そして眠り起きごはんをたべた家のことを
  (一瞬に垣根の花はちぎれいまは灰の跡さえわからない)
  
  おもっているおもっている
  つぎつぎと動かなくなる同類のあいだにはさまって
  おもっている
  かつて娘だった
  にんげんのむすめだった日を


そして峠三吉は、この詩集の序において
日本の未来建設のまさに序文となる予想のメッセージを記した。
日本は
再び侵略国家態勢づくりに本格化段階に入った。
まさに峠三吉の「序」は
いまにおいて
広く想起されるに価値ある真実の言葉となった。




ちちをかえせ ははをかえせ
としよりをかえせ
こどもをかえせ

わたしをかえせ わたしにつながる
にんげんをかえせ

にんげんの にんげんのよのあるかぎり
くずれぬへいわを
へいわをかえせ



日本国憲法 前 文

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。






 

 

 


<呼びかけ> 5.3憲法集会とデモin神戸 ~マルイ前から会場まで、「安倍政治を許さない」などを掲げて 会場まで行きます。是非参加を!

2017-05-03 02:10:42 | 案内 情報 デモ 集会 逮捕

憲法集会とデモin神戸 2017年5月3日

2017/05/02 14:28

参加団体より、明日のよびかけがあります。
↓↓
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5,3憲法記念日です。
神戸芸術文化センター(新神戸駅南)である憲法集会にマルイ前から「安倍政治を許さない」などを掲げて
会場まで行きます。是非参加してください。
■日時■5月3日(水・休)12:30~13:00
■場所■ 三宮マルイ前

■呼びかけ文■
さて、安倍の暴虐が止まりません。
これをやめさせなければ、私たちの未来はないという思いです。
 米艦船補給艦の防護に意気盛んに出てきました。
先に強行成立させた「戦争法」にもとづいた新任務だといいます。
南スーダンへの自衛隊派遣を、新任務を付与して行いましたが、余りにも杜撰だったために撤収ということにしましたが、「戦争法」を有効活用するために、ここで米軍艦船防護をもって新任務を実践するという方途を取ってきました。
「戦争法」にもとづく新任務付与した実践化を許してはなりません。
アメリカ=トランプ大統領は危険と警戒してきましたが、アメリカは世界制覇が不可能になったことで、取戻し作戦として、強いアメリカ=トランプを生み出しましたが、それは実力が無くなったアメリカの空威張りにすぎないものです。
そのことは危険なシリア空爆に打って出たり、この度の北朝鮮に対して、空母カールビンソンを差し向けるという挙に出てきていることに表れています。
安倍政権はこの挙に賛意を示し、「戦争法」にもとづく新任務、駆けつけ警護や武器使用の拡大、共同防護を米艦防護で実践しようというのです。
 アメリカ=トランプの手法は、まさに、おっとり刀、空威張りの戦争政策なのですが、それに乗っかって賛同参加する日本政府安倍政権の誤作ぶりは許せません。
かならず国民を誤った道に強制誘導することになります。
安部政権の進み方が危険なのは、この道が破たんにつながるのに破綻にならないように繕う手法で、ますます国民を危険な道に強制誘導するところにあります。
 安倍政権は自らの閣僚たちの、許せない数々の失態、森友学園問題―汚職事件での安倍首相のかかわりの否定―、
沖縄米軍基地建設強行、あきらめない原発政策など内政的にがたがたなのにロシアとの首脳会談をしたりという外交・外遊で安倍政権がうまくやろうとしていると人々に思わせて、支持率を取るという手法に騙されてはなりません。
 共謀罪が出てきていますが、この成立の狙いは、安倍政権が、実は、がたがたになって来たので、
アベ政治に反対する勢力を抑えるために、共謀罪で取り締まるというのが狙いです。 
従って共謀罪を成立させない取り組み闘いは、平和・人権が大切、民主主義社会を願う私たちにとっては
重要なことだと改めて気づきます。
一日も早く安倍政治を終わらせなければならないゆえんです。
 北朝鮮に対して力の政策で対応するのは、これまで失敗を重ねてきたやり方で、歴史に学んだ私たちは太陽政策で北朝鮮に当たるのがいいということです。
韓国大統領選挙を控えて、文候補が太陽政策で北朝鮮に当たると訴えています。これが道です。
しかし、アメリカと日本の対北朝鮮政策とは、どうしても対立してしまいます。
太陽政策をする方向をアメリカや安倍政権に要求することが必要です。

 

s-5・3憲法集会(表)