荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『熱波』 ミゲル・ゴメス

2013-08-10 18:53:56 | 映画
 ポルトガル映画『熱波』の特長は、見れば一目瞭然、2部構成である点に尽きる。
 1つめのストーリーは現代、冬のリスボン。ギャンブル依存と抗うつ剤にさいなまれる老婆が、みるみるうちに衰弱していく。2つめのストーリーは、ポルトガルがまだアフリカに植民地をもっていた1960年代初頭、“タブー山脈”。老婆の若く輝ける日々、入植者一家の美しい人妻と流れ者の不倫愛が、サイレント映画のサウンド版のようなタッチでつづられる。
 そして、すでにたくさん言及されているが、山脈の名前「タブー」、人妻(のちの老婆)の名前「アウロラ」などの固有名詞が、フリードリッヒ・ヴィルヘルム・ムルナウへのリスペクト(前者はムルナウの遺作のタイトル、後者は代表作『サンライズ』のポルトガル語タイトルである)を想起させる。ムルナウだけではない。監督のミゲル・ゴメスはインタビューでヒューストン『アフリカの女王』、ホークス『ハタリ!』、フォード『モガンボ』を本作の発想源として挙げ、「本物以上にリアルな」アフリカを体現していると語っている。
 ようするにこれは、胸中山水としての植民地の記憶ということである。記憶の担い手、回想の話者のなかでリアルな物語として定着した幻視である。2部構成であることによって、作者は冷淡なる分別を自作に強いた。この冷淡さは評価されていいのではないか。楽園は楽園ではないのである。


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