荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『アクトレス ~女たちの舞台~』 オリヴィエ・アヤイヤス

2015-07-02 21:20:43 | 映画
 急行列車の客室の外に出たクリステン・スチュワートが、携帯電話でせわしげにいくつもの箇所と連絡を取り合っている。どうやら彼女は女優の付き人をやっているらしい。彼女の雇い主はジュリエット・ビノシュ演じるスター女優マリア・エンダース。このふたりの女は列車でスイスのチューリッヒに向かっている。ヴィルヘルム・メルヒオールなる劇作家の表彰式に出席し、祝辞を述べるためである。しかし、クリステン・スチュワートのもとに届く一通のメール。それはヴィルヘルム・メルヒオールの訃報だった。オリヴィエ・アヤイヤスの新作『アクトレス ~女たちの舞台~』はこうして、ひとりの劇作家の唐突な死から始まる。
 死から始まる映画。したがってこれからの上映時間にいろいろな事柄が起こっても、そこでは服喪の意識が登場人物たち全員の根底に流れている。表彰式の祝辞であったはずのマリアのスピーチは急遽、不在の受賞者に対する弔辞に変更される。不在の幽霊を顕彰するセレモニー。まるで大島渚『儀式』のようではないか。その夜、ドイツ人の若手演出家が精進落とし(と言えばいいのか、ようするに追悼セレモニーの二次会)の会場にやってきて、ロンドンでの追悼上演を提案する。
 マリアはかつてメルヒオール作の戯曲『マローヤの蛇』で、19歳娘を演じることで芸能界デビューしたが、20年ぶりとなる今回の再上演では、その娘との同性愛にみじめに破れ、自殺する中年女を演じることになる。今回の配役に逡巡しながらも、付き人のクリステン・スチュワートと共に稽古を重ねる、空っぽとなったメルヒオールの自宅で。「夫との思い出が色濃いこの家に、ひとりでいるのは耐えられない」という未亡人が、その家をふたりのために明け渡してくれたのだ。

 ジュリエット・ビノシュといえば、なんと言ってもレオス・カラックス『汚れた血』(1986)、『ポンヌフの恋人』(1991)でブレイクした人というイメージが強いが、その前に出た初主演作であるアンドレ・テシネ監督『ランデヴー』(1985)を忘れてはいけない。なかなか芽の出ない女優志願の少女ニーナ(この役名!)を演じることで世に出たのだ。テシネは、レナート・ベルタがカメラを担当したこの激しく感情がほとばしる本作で、カンヌの監督賞を獲っている。そして本作の脚本をテシネと共同執筆したのが、監督デビュー前のオリヴィエ・アサイヤスだったのである。
 そのころのアサイヤス(当時30歳)は、雑誌「カイエ・デュ・シネマ」に映画批評を書いたり、同誌の刊行によるイングマール・ベルイマンへのインタビュー本の聞き手をつとめたり、テシネ作品などの脚本を書いたりしながら、長編監督デビューのチャンスをうかがっていた。『ランデヴー』が今回の『アクトレス ~女たちの舞台~』に、30年という時を隔ててはるかに反響していることは間違いない。『ランデヴー』において、ランベール・ウィルソンの演じる、ニヒルに才気走った舞台俳優が交通事故で死ぬことが、ジュリエット・ビノシュの女優人生スタートのダイナモとなっていた。再上演されようとしている戯曲『マローヤの蛇』とは『ランデヴー』のドゥーブルであって、冒頭で死去するヴィルヘルム・メルヒオールというスイスの劇作家は、イングマール・ベルイマンであり、ランベール・ウィルソンであり、さらに梅本洋一のドゥーブルだと言える。


10/24(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国で順次公開
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