すずりんの日記

動物好き&読書好き集まれ~!

小説「マリアの微笑み」あとがき

2005年05月02日 | 小説「マリアの微笑み」
この話を作るきっかけは、

「式の日取りが決まったの。」

この冒頭のセリフでした。

このセリフが、ふっと浮かんだんですよ。
そこから恋愛小説へ、・・・行かず、こんな話になっちゃいました

これも、勢いで書いたからか、
主語が抜けてたり、言い回しが気に入らなかったりで、
けっこう手直ししましたが、
いかがでしたか?

最後の部分を、何日か引っ張っちゃいましたが、
結末が読めた人、がっかりした人、すいません
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小説「マリアの微笑み」⑬終

2005年04月30日 | 小説「マリアの微笑み」
 いつしか牧師が、誓いの言葉を述べ始めた。要するに、本人同士が、この結婚に同意しているかどうかだ。ただ一言、「はい」と言ってしまえばそれで済むのだ。
 私は、ただ、この式が早く終わってくれることだけを願っていた。終わったら、杏子の肩を叩いて、おめでとう、と一言、自分に任された役目はもう用をなさなくなったことを知らせて、さっさと帰ってしまおう、そう思っていたのだ。

「・・・・・・はい。」

彼の声が、教会の中を飛び回った。牧師は、それを聞いて軽くうなずくと、彼女の方に視線を向けて、同じ言葉を繰り返した。 

 彼女は、返事をしなかった。
 
 返事の代わりに、バターン!という音が教会の中に響き渡った。

 床に倒れた彼女の上体を、彼と私は、彼女の肩に腕を回して起こそうとしていた。杏子の、落ち窪んだ目が空を泳ぎ、怯えた唇がわなわなと震えていた。彼女は、私の腕にしがみつこうと、指先を私の方に向けた。指の先まで隠していたドレスの袖が、この時、一気に滑り落ちた。

 それは、杏子の手ではなかった。真っ白で硬い、そう、まるで石膏のような・・・。まさか!その時、
「杏子!」
と叫ぶ彼の声がして、私は視線をそちらに移した。彼は、彼女の足元がびっしょり濡れているのに気づいたのだ。彼はドレスのすそをまくった。
 彼女は早産してしまっていた。くすんだピンク色の膜が、破れずにそのまま産み落とされていたのだ。私はとっさにその膜を破り、中の胎児の姿を手探りで捜した。しかし、そんなものはどこにも無かった。それどころか、ゴツゴツした大小の石の塊のようなものが、次々と出てきた。
 石?石膏の腕?・・・私は、その石の塊を両手につかんだまま、ゆっくりとマリア像の方を見上げた。


 私は、―――私は、一瞬、息を止めた。


 マリアは、胎児の形をした血だらけの肉の塊と、そして、我が子を抱くための両腕を、手に入れていた。私は、この手の中の石が、幼いキリストの残骸であることを知り、改めて、そのおぞましさに身を震わせた。

 後ろの方で、しきりに彼女の名を呼ぶ2人の男の声が聞こえていた。彼は、彼女の名を叫びながら、硬く冷たい手を握り締めていた。


 あぁ、全てが終わってしまった。私は、そう思って呆然と突っ立っていた。

 マリアは、・・・優しかった。微笑んでいた。母親に戻った喜びに、浸りきっていた。
産声を上げない肉の塊を見つめて―――。


(おわり)
                        
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小説「マリアの微笑み」⑫

2005年04月25日 | 小説「マリアの微笑み」
 その日私は、午前中に日本を発った。杏子たちは、一足先に着いて、いろいろと打ち合わせをする、とのことだった。
 
 私はその日、教会で、杏子がウェディングドレスを着て彼の隣に立つまで、彼女に会うことができなかった。早く彼女の姿を捜し出して、危険から守ってやらなければ、と思う反面、ひそかに私は、彼女に会うことを恐れていた。・・・いや、もしかしたらこれも、マリアが自分を操っているせいかもしれない。そんなことを思い巡らしながら、私は、教会の重い扉を押した。
 
 中を歩いて行くと、牧師が1人、例のマリア像の前に立っていた。彼は、
「もう用意はできています。これから新郎新婦が入って来ますので、どうぞこちらの席にお座りください。」
と、私を、たくさんの空席の中から1つ、自分に一番近い席に座らせた。私は、硬い長いすに深く腰を下ろして、マリア像を見上げた。マリアは、決してお世辞にも優しいとは言えない微笑を浮かべていた。微笑というよりは、含み笑いと言った方が近いだろうか。・・・この女は、杏子に対して何を仕掛ける気なのだろうと、私は、思った。
 
 背後から扉が開く重苦しい音がして、私はとっさに振り向いた。そこには、純白のウェディングドレスを着た杏子が、彼の腕に手を回して立っていた。何段にもなったマントのような薄い生地がヒダを寄せて、彼女のお腹の膨らみを隠すようにしていた。彼の腕に巻かれている彼女の手も、細い足首も、その、ドレスの生地にすっぽりと隠されていた。
 
 顔を白いベールに包み、彼女は、ゆっくりと近づいて来た。彼女はうつむいたまま牧師の前で立ち止まり、ゆっくりと顔を上げた。まるで、何かに対して覚悟を決めたような顔だった。生か死か・・・、私は、そう感じた。それほどの覚悟だったのだ。彼女がマリアに打ち勝って、彼女と彼女の子は、初めてその生を受けられるのだ。ということは、負ければ即ち「死」、・・・そう、それのどちらかしか無いのだ。私は、今さらながらに、自分の考えが大げさであってくれるように、と祈った。


(つづく)
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小説「マリアの微笑み」⑪

2005年04月23日 | 小説「マリアの微笑み」
 その後、式当日までの半年間、私は一度も杏子に会うことは無かった。会う気が無かったのでも、彼女の話をバカにしていたのでもなかった。・・・時間が無かったのだ。しかし私は、数回にわたってかけた電話に依って、彼女の様子だけは知ることができた。
 
 電話には、毎回、男の人が出た。杏子の婚約者だった。独り暮らしの彼女の部屋で、同棲しているらしかった。その数回の電話の中で、彼は、興奮気味にこう言うのだった。

「階段から落ちたり、車に轢かれそうになったり、危険なことばかり起きました。でも、その度に赤ちゃんは無事だったんです。神の御加護だ、って、彼女もそう言ってました。それなのに、彼女、最近、お酒を飲み始めたんです。そればかりじゃあ無い。いらいらする、と言っては喫煙し、眠れない、と言っては薬を飲む。まるで、お腹の子が、憎いみたいに・・・。でもね、お腹の子は、そんなこと、知りもしないでスクスクと大きくなってる。・・・今は、子供より、彼女の体の方が心配ですよ。」
 
 彼は、興奮していた。・・・しかし、それだけだった。
 
 赤ちゃんが、自分の子が、産まれるということしか見ていなかった。まるで、あらゆることから子供を守る何かの力が、彼の意識の中にも働いているようだった。何かの力、そう、それは、あの聖母マリアの怨念と言ってもよかった。「赤ちゃんはスクスクと大きくなっている。」彼はそう言っていたが、そうではない。きっと、毒素を除く全ての栄養を、(与えられているというよりは)母体から吸い取っているのだ。
母体が、栄養をきちんと取っているかどうか、それは、お腹の子にも、そしてマリアにも、関係は無かった。彼らには、吸い取れるだけの栄養を、母体が体内に保存していればそれでよかったのだ。それによって、赤ちゃんは、徐々に成長していき、母体には、毒素だけが蓄積されていく―――。
 
 私は、その後も、杏子に会うことは無かった。会う気が無かったのでも、彼女の話をバカにしていたのでもなかった。時間が無かったのだ。―――いや、それよりも恐かったのだ。彼女の、その“栄養を吸い取られた”姿を見るのが、恐かったのだ。そして私は、式当日に起こるであろう出来事に、ただならぬ不安と責任を感じていた。


(つづく)
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小説「マリアの微笑み」⑩

2005年04月22日 | 小説「マリアの微笑み」
 彼女は、子供が欲しい。・・・なぜか。それは、「我が子、キリストを失ってしまった」からだ。でも、どんなにマリアが子供を欲しがったって、それに、どんなに杏子が元気な子供を産める体であったって、その2つを結びつけるものなど、あるわけが無い。人間の精子と石膏の像の卵子が1つになって分裂するなんて、真面目に考える気も失せてくる。

 まるで、笑い話だ。
 
 ここまで段階を経て、考えを巡らせて、結局、有り得そうなことは1つとして無い。一番確率として高いのは、「杏子の思い過ごし」ということだ。でももし、残りの2つの仮定―――お腹の子が、杏子と他の男との子であるということと、お腹の子が、彼氏と他の女との子であるということ、もしくは、お腹の子が、彼氏とマリアの子であるということ―――のいずれかを、事実として認めるとしても、一体、結婚式当日に何が起こるというのだろう。何が起こるのを予感して、杏子はあんなに怯えるのか。そして私は、杏子を何から守り、どう対処すれば良いのか。
 
 いろいろな問題が頭に浮かんでくるが、事の重大さを予想できないうちは、下手に答えを出すべきではない。私は、止まることを知らない自分の想像力に、そう歯止めを効かせて、マンションのエレベーターに乗った。


(つづく)
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小説「マリアの微笑み」⑨

2005年04月20日 | 小説「マリアの微笑み」
 ―――「金縛り」なんていうのは、珍しいものじゃあない。私はまだ遭ったことは無いが、私の周りにいる親しい連中は、(杏子も含めて)「金縛り」どころか、霊体験なんて日常茶飯事、という人ばかりだ。私の友人の体験からみれば、杏子が言っていた体験なんて、ほとんど子供騙しに近かった。杏子だって、その程度のことはわかっているはずなのに、なぜわざわざ私に告白したのか。
 
 それはきっと、今まであったことは子供騙しでも、これから起こること次第では子供騙しでは済まなくなるということだろう。・・・とすれば、杏子が言っていた、あの「マリア様」の目的は何だろう。一体、何をしたくてあの2人の前に現れたのか。あの話だと、マリアは、2人に子供を授けると言ったということだったが・・・。その予言通りに身籠った杏子。しかも彼女は前から子供を欲しがっていた。普通ならここで、めでたしめでたし、杏子たちは、マリアに感謝してもしきれないはずなのに・・・。
 
 彼女は、お腹の子は自分と彼の子ではないと言っていた。ということは、彼女と他の男との子か?・・・いや、まさか。それなら、今日うちに来て、わざわざ霊体験など語らずに、その男と別れる別れないの問答になっただろう。はっきりと言わずとも、彼女のことだから、話の端々に、その男の影がちらついてくるはずだ。行きずりの関係とか強姦ということならなおさらだろう。とにかくそんなことは、その子供が、「杏子の彼と他の女との子」であるということよりも有り得ないことだ。他の女と彼との関係でできた子供を、杏子のお腹で育てるなんて、代理出産でも、子宮を貸してくれる女の人の了解なしでなされることなんか無い。
 
 子供が欲しい、それも、産婦人科や生活面の領域では何の障害も無い杏子が、子宮を借りる方はもちろん、貸す方にだって、最適であるはずがないじゃないか。
 

 ―――いや、ちょっと待てよ。1人いるぞ。・・・代理出産の、それも、子宮を借りる方に最適な女が。


(つづく)
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小説「マリアの微笑み」⑧

2005年04月18日 | 小説「マリアの微笑み」
 「それで?」
と、私は一言、興奮気味の杏子を冷たく突き放した。私には、そんな怪奇現象の1つが、どうしてそこまで杏子を怯えさせるのかが、わからなかったからだ。
「今ね、妊娠3ヶ月なの。」
ということは、ちょうどそのハワイ旅行が事の起こり、ってわけか。
「でも、このお腹の子は、私の子じゃないわ。・・・私と彼の子じゃないの。」
「あなたたち、旅行中、何もしてないの?」
と、私は彼女に聞いた。
「いいえ。・・・寝たわ。」
それじゃあ、何を根拠に・・・。私はそう思った。
「でもね、わかるのよ、私には。・・・この子は、私と彼の子じゃないわ!」
 
 私は、子供をあやすように話題をそらした。
「・・・で、式は、いつなの?」
私は、杏子が、今日はそれを知らせるためにここに来たことを思い出したのだ。
「6月12日よ。」
彼女は答えた。
「ふ~ん、ジューン・ブライドか。でも、お腹、大丈夫なの?6月っていうと、9ヶ月よ。」
それでも、私は、冷静さを装っていた。
「私も、もう少し早くか、逆に、出産後の方が良いのよ。でも、彼がどうしても、って言うから・・・。」
「それで、場所は?」
「それが、・・・あの、例の教会なのよ。それも、彼が、ぜひに、って。あの、・・・それでね、お願いがあるのよ。・・・私ね、怖いのよ。あのマリア様が。・・・彼がね、自分にはもう両親がいないし、特別に、親代わりっていう人もいないから、どうせなら、どうせなら、誰も呼ばずに、あの時のように2人っきりで挙式しよう、って言い出したの。その時、私、びっくりして、とっさに、1人だけなら呼んでも良いでしょう?って言ってしまったの。あなたは私の唯1人の親友だし、彼のことだって、一番に報告した人だから、って。・・・ねぇ、お願い。私を守ってほしいのよ!」
 
 彼がいるじゃないの、・・・と、彼女に冷たく当たる前に、守るか守らないかは別として、私には2人の結婚式への出席を断る理由が見つからない、ということを思い出した。
「わかった。でもね、“守ってほしい”なんて言われても、何が起こるって言うの?何かが実際に起こるかどうかさえわからないじゃあないの。そうやって決め付けて、自分を振り回してるだけよ。そういうの、マタニティ・ブルーって言うんでしょ?もっとね、強くならなきゃダメよ!」
「じゃあ・・・。」
「ちょっと待ってよ。何かが起こるかどうか、っていうのと、私があなたたちの結婚式に出席するかどうかは別問題でしょ?ただでさえ危なっかしくて見てられないのに、結婚式なんて大事な時に私が見放すわけないでしょ!もちろん、出席するわよ!」

・・・また、安請け合いしてしまったかな、なんて思いながら、私は、もう外が暗くなってしまったのを理由に、彼女を駅まで送って行った。


(つづく)
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小説「マリアの微笑み」⑦

2005年04月15日 | 小説「マリアの微笑み」
 私が目を覚ますと、もう朝だった。『おはよう』って、彼の声が聞こえて、朝日が射しているベランダの方へ振り向くと、パジャマ姿の彼が立っていたわ。彼はゆっくりと、ベッドに横たわっている私の方に近づいてきて、私にキスしようとしたわ。
 
 逆光で、輪郭しか見えなかった彼の顔が、約1mほどに近づいた時、私は、初めて、彼の目の下に、くっきりとくまができているのを見たの。どうしたのっ?って、思わず聞いたわ。だって、あんなにぐっすりと寝ていたのに・・・。彼は、こう言ったわ。
『そんなことよりも、良い夢を見たんだよ。昨日行った教会の、あのマリア様、あれが出てきてね。僕に向かって、こう言ったんだ。“あなたの願いを聞き入れましょう。あなたたちには、元気な赤ん坊を授けましょう。”ってね。ねぇ、これはきっと、正夢だよ!』

―――私、彼のうれしそうな顔を見て、昨日の夜起こった恐ろしい出来事を教えるのを止めたわ。彼の、その笑顔をずっと見つめていたかったの。そのためには、私の恐怖を消し去ることさえたやすいことだった。その証拠に、私はこれまで、誰にもこのことを話したことは無いわ。私は、私は、彼を、愛しているのよ・・・。」


(つづく)
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小説「マリアの微笑み」⑥

2005年04月13日 | 小説「マリアの微笑み」
 その女の人の顔は真っ白で、何か薄い布のようなものを体中に着ていたわ。体中透けていて、陽炎のようなのに、しっかりとその実体を感じることができるの。長い髪を肩に垂らして、美しく冷たい顔を、涙が這うように流れていたわ。

 私には、その女の人が、あのマリア様だってことがすぐにわかったわ。だって、・・・両腕が無いんですもの。マリア様は、しばらく彼の寝顔を見つめていたわ。そして、―――ゆっくりと、キスをしたの。ずーっとキスをしていたわ。長い長いキスをした後で、マリア様は、ふっと、私の方を見たの。そして、うっすらと微笑んだわ。
 
 私、怖くてブルブル震えてた。そして、マリア様と目が合った瞬間、その恐怖が頂点に達して、急に気を失ってしまったの。


(つづく)
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小説「マリアの微笑み」⑤

2005年04月11日 | 小説「マリアの微笑み」
 元はと言えば、私が悪いのよ。私があの時、ハワイに行きたいなんて言わなければ、私たちがあの像に出会うことはなかったのよ。・・・いいえ、ハワイに足を踏み入れることさえ無かったはずよ。でも、もうあの時には、それも手遅れだったのよ。
 
 その日の夜、恐ろしいことが起こったわ。私たち、その日は早めに床に就いたの。彼は、かなり疲れたみたいで、すぐに寝息を立て始めたわ。私も、彼のその子供みたいな寝顔を見つめながら、いつしか眠ってしまったの。そして、しばらくして目が覚めたわ。寝苦しくて、暑くもないのに汗をかいてた。そして、金縛りに遭ったの。金縛り自体は初めてじゃなかったけど、この日の一連の不安が、瞬間的に脳裏をかすめて、すごく怖かったの。でも、私の手と30cmと離れてない所にいる彼を、揺すって起こすことさえできないのよ。
 私は必死で祈ったわ。この金縛りが、ただの金縛りだけで終わってくれるのをね。でもね、・・・ダメだった。何か、体の上に圧し掛かってきたような感じがして、息ができなくなったの。それでも必死で、動かない腕で彼の腕をつかもうとしてた。私が感じている恐怖と苦しみを、彼だって、感じてないわけはなかった。でも彼は、眠ったまま、一度も目を開かなかったわ。寝返りさえ打つことは無かったのよ。
 
 私は、足元から寒気を感じたわ。足元から、どんどん冷たい空気が頭の方に昇って来て。・・・同時に、上に圧し掛かっているものが、どんどん重くなってきて。霊気のようなものが体全体を包み込んだ時、・・・私、見たのよ。彼の体の上に、女の人が乗っかっているのを。


(つづく)
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小説「マリアの微笑み」④

2005年04月07日 | 小説「マリアの微笑み」
 『このマリア様はね、元々は、とても優しい表情でみんなの心を慰めてくれていたんだ。でも、・・・ほら、見てみろよ。腕が、両方とも肘から折れてしまっているだろう?ほんとなら、こうやって、腕に、産衣を着たキリストを抱いていたんだ。それが、地震で肘から先が折れて粉々になってしまったんだ。マリア様は、我が子を抱けない悲しさから、表情を無くし、そして、時々、涙を流すというんだよ。』

 ―――彼は、ハワイには来たことは無かったわ。もちろん、この村には来たことも、話に聞いたことも無かったわ。それなのに、そんなことをどうして知っているのか。それを、彼の目を見て口に出すのが怖くて。・・・いいえ、それだけじゃあないわ。なぜ、この時、こんなにも“怖い”と思ったのか、それを思い巡らすことことさえが怖かった。
 でも、私は、それを必死で隠し、へぇ、そうなの、と短く返事をして後ろに向きを変え、ゆっくりと歩き出したわ。彼は、ジッと、マリア様を見つめていた。そして、・・・こう言ったの。

『マリア様、僕たちの子供が早く産まれてきますように。』ってね。

私が驚いて彼の方に振り返ると、彼は、またいつもの、あの人懐っこい笑顔で、
『君、早く赤ちゃんが欲しいって言ってたろ?でも、これで大丈夫。マリア様が必ず願いを叶えてくれるよ。・・・さぁ、行こうか。』
って、私の肩を抱いたわ。
 
 私は、さっきまでの不安と彼の笑顔を天秤に掛け、不安が消滅したのを確認して、彼とその教会を後にしたの。


(つづく)
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小説「マリアの微笑み」③

2005年04月06日 | 小説「マリアの微笑み」
 でも、その時には私たち、全然、気にもかけなかったわ。私たちね、遠くに教会の十字架を見つけて、そこを目指して歩いたわ。私ね、そのうちに、足をくじいちゃって、その弾みで、ネックレスが切れてしまったの。その時も、彼は、ネックレスを拾って、優しく私の手のひらに乗せて、私の目の前で“おんぶ”の格好をしてくれた。私、ちょっと照れくさかったけど、でも、ドキドキしながらも彼の背中に甘えちゃったわ。
 
 やがて、教会に着くと、彼は私をゆっくりと降ろして、私の方に振り向いたかと思うと、私が何も言わないうちに、『中に入って休もう』って言ったわ。まるで、・・・そうしなければならないと台本にでも書いてあるかのようにね。一瞬、戸惑ったけど、彼に腕を引っ張られて、一緒に扉をゆっくりと押したの。
 私ね、その時、もしかしたらこの扉を開けちゃいけないんじゃないか、って思ったような気がするわ。でも、そんな不安はすぐに消えちゃったわ。だって、そんなこと、疑う理由が無いもの。それに、耳元で、『ねぇ、今ここで、2人だけの式を挙げようよ』って言う彼の囁き声が聞こえて来たんですもの。私はまるで、ウェディングドレスを着ているような錯覚に囚われて、なんとなく厳粛な足取りになったわ。彼と腕を組んで、ゆっくりと正面に歩いて行ったの。
 
 正面には、真っ白なマリア様の像があったわ。その像ってね、・・・怖いっていうか、なんか、悲しそうなのよ。私がジッと見ていると、彼が、呟くようにこう言ったわ。


(つづく)
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小説「マリアの微笑み」②

2005年04月04日 | 小説「マリアの微笑み」
 「私たちが、以前ここに来たのはいつだったかしら。もうかれこれ半年は経つわね。・・・あの頃は幸せだったわ。彼、元々無口な方なのに加えて、照れて何にもしゃべんなくて。私ばっかり、2人分しっかりしゃべりまくってたっけ。うふふっ。でもね、あの後、帰り道で彼ったら、嬉しそうに、『君の親友に反対されなくて良かった。』って。それはもう上機嫌だったのよ。私ね、その時すかさず、どっか旅行に行きたい、っておねだりしたの。そしたら、『海外に行こうか。』って。私が、ハワイがいいっ!って言ったら、いきなり肩を抱いて、結婚しよう、って。息が止まるくらい長く、私たち、キスしてたわ―――。

 1週間のハワイ旅行が、あんなにも短く、あんなにも豪華に、そしてあんなにも夢見心地になるなんて思ってもみなかった。浜辺で肌を焼いたり、ドライブしたり、ショッピングに、パーティ。・・・どこに居ても、どんなに多くの人が周りに居ても、私たちはいつも2人きりだった。
 
 私たちね、ある時、郊外の小さな村に行ったの。別に最初から行こうって決めてた訳じゃなかったわ。車であちこち流しているうちに、なんとなく惹きつけられるようにたどり着いたの。とても静かな所でね。今考えると不思議だけど、人が居ないのよ。行けども行けども人に会わない。・・・誰にもよ。誰にも。

(つづく)

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小説「マリアの微笑み」①

2005年04月02日 | 小説「マリアの微笑み」
 「式の日取りが決まったの。」
杏子は、無表情に言った。
 私が入れたコーヒーを一口飲んで、彼女は私の返事を待っていた。私は、彼女の希望通り、おめでとう、と言葉を返した。

 杏子が、彼を私に会わせたのは半年前だった。その時も、私は、彼女と彼にコーヒーを出した。杏子は、彼が黙っているのをいいことに、2人の劇的な出会いから、熱烈な恋愛に落ちて今日に至るまで、身振り手振りを入れて、多少の誇大表現で、こと細かいことも残さず私に報告してくれた。私は、少し彼をかわいそうに思いながらも、2人の結婚が真近に迫っていることを感じていた。・・・今、2人は幸福なのだ。少なくともあの時は、私は、そう思っていた。あの、幸福を絵に描いたような彼女の面影は、今は微塵も無かった。何があったのかはわからない。・・・しかし、何かがあったのだ。

 彼女とは長い付き合いの私には、彼女が今日のように訳ありの顔をしている時に、決まって言うセリフがあった。

「元気が無いじゃない。どうしたの?」

 そう言うと、彼女は必ず、その口元が疲れて引きつるまで延々と打ち明け話をしてくるのだ。・・・が、今回は、違っていた。彼女は、相変わらず虚ろな目をしていた。

 私が二言目を付け足そうとした時、杏子は、やっと口を開いた。神憑りにでもかかったような震えた声で、彼女は、驚かずに最後まで聞いてね、と私の方に向き直した。


(つづく)
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