自動ドアが開けられ、里山は小次郎が入ったキャリーボックスを片手に後部座席から車を降りた。
上手(うま)い具合に仕事内容が出版本の話で、これが雑誌社だったら…と思うと、里山はゾ~~っとした。小次郎とみぃ~ちゃんのことを根掘り葉掘り訊(き)かれることは目に見えていた。だが、敵もさる者である。里山が編集社に入ろうとしたとき、張り込んでいた記者らしき若い男が里山を呼び止めた。横には中年のカメラを手にした男と二名だ。
「あの~、里山さんですよね?」
当然、里山と知っているに違いないその若い男は、知らない素振りを見せて訊(たず)ねた。それと同時にカメラのシャッターが切られ、連写音がした。
「すみません! 急ぎますので…」
そう急いではいなかったが、里山は男を振り切って中へ入った。さすがに、屈強の制服ガードマンが仁王立ちする中までは追いかけてこないようで、里山はホッと安堵(あんど)の息を吐いた。
出版本は[小次郎の人間指南!]とタイトルされた、猫から見た人間の評論と、小次郎が考える改善策の提案だった。
会社を退職する前、課長補佐の道坂に頼まれていた仲人(なこうど)役の結婚式が近づいていた。結婚式が遠退いていた背景には、里山にも責任がある事情があった。実は、道坂が里山の後釜(あとがま)として俄かに支社への出向が決まったのだ。それで結婚式が遅れていた。道坂が本社へ呼び戻され、その結婚式が数ヶ月先に挙行される運びとなっていた。里山はその引き出物に今回の出版本を加えてもらおう…と目論(もくろ)んでいた。まあ、退職した会社を利用するチャッカリした態(てい)のよい宣伝である。