「あらっ? いやだわ! みぃ~ちゃんが…」
隣の席のテーブル椅子の上にいたみぃ~ちゃんがいないことに気づいた小鳩(おばと)婦人がフォークとナイフを皿に置き、叫ぶように言った。
「あっ! 小次郎も…」
里山も小鳩婦人と同じテーブルだったから、当然、気づき、辺りを見回した。
「将来が嘱望(しょくぼう)されます道坂君が本日、かような華燭の典を…オホン! …挙げられましたことは、当社といたしましても誠に喜ばしい限りと… オホン!!」
小鳩婦人と里山が目前でガサゴソと動き出したのを見て、祝辞を読んでいる部長の蘇我が、気まずそうに咳(せき)払いを数度した。
「いたいた!! …」
テーブルクロスを上げて覗(のぞ)き込んだ里山が叫んだ。小鳩婦人も続き、歓声を上げた。
「よかったぁ~~!!」
全然、よくないのは祝辞を読み上げ中の蘇我である。来賓客の目が里山のテーブルへ集中し、上司のメンツが丸 潰(つぶ)れだ。
「おめでとうございます…」
祝辞の大部分を削(そ)がれた蘇我は、ポツリと言い終え、苦虫(にがむし)を噛(か)み潰したような顔でソソクサとスタンドマイクの前から去った。
「…小次郎、上がりなさい。今は拙(まず)いだろ」
里山は屈(かが)んだ姿勢で、テーブルクロスを覗き込んだまま言った。
『すみません、ご主人』 『ニャァ~~』
小次郎は人間語で、みぃ~ちゃんは猫語で謝(あやま)った。