道坂も、今や世界的に有名猫になった小次郎の本と聞き、是非にと了解してくれたのである。
「赤イレ後の最終稿です。お目を通しておいて下さい…。これ、リゲル文学賞もとれるんじゃないですか? なかなか面白いですよ。猫の書いた書物なんて、史上初めてですから…」
文芸編集部のリゲル編集長、滝田は最終稿を捲(めく)りながら笑みを浮かべ、里山に抱かれた小次郎を見た。
「はあ、まあ…。で、いつ頃の出版に?」
「来月には出ますよ」
滝田は自信ありげに言った。
『ご主人、間にあいますね』
小次郎が口を開いた。
「… はっ?」
少しして、意味が分からず、滝田は頭を傾(かし)げた。そして珍しいものでも見るかのように、里山の腕に抱かれた小次郎をシゲシゲと眺(なが)めた。
「そうだな…」
里山は腕の小次郎を見下ろした。
「あの…どういった?」
「いやあ、勤めていた会社の部下の結婚式がありましてね。シカジカシカジカなんですよ」
「ああなるほど、シカジカシカジカですか。そりゃ、いい記念にもなりますからね」
滝田は納得して頷(うなず)いた。