水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

泣けるユーモア短編集-2- 演歌

2018年02月06日 00時00分00秒 | #小説

 演歌に泣ける話は欠かせない。
 苦節20年、15でデビューした演歌歌手、若草鹿美の新曲♪絶壁波止場♪は、ようやくヒットの兆(きざ)しを見せ始めていた。
「有線、なかなか、評判がいいようだよ、鹿美ちゃん」
 慰めともつかぬ言葉を口にしたのは、デビューから共に苦労してきたマネージャー、煎餅(せんべ)だった。言葉とは裏腹に、煎餅は、またダメかも知れん…と泣ける思いだった。しかし、頑張る鹿美を前にそうとは言えなかったのである。鹿美にもすでに四十路(よそじ)の坂が迫っていた。
「ありがと…」
 鹿美にも、ダメかも知れない…とは分かっていた。だが、懸命に売り込みを続けてくれる煎餅を前に、そうとは言えなかった。二人は泣ける心とは裏腹に、互いに顔を見合わせ微笑(ほほえ)んだ。
 そのときだった。
「う、売れたよぉ~~っ!!」
 楽屋に飛び込んできたのは、煎餅が所属する芸能プロダクションの社長、大仏(おさらぎ)だった。
「や、やりましたねっ、社長!!」
 煎餅は思わず大仏に抱きついていた。
「ああっ! やったよ、鹿美ちゃん~~!!」
 大仏は落ち着きを取り戻(もど)し、煎餅から離れると鹿美に言った。
「社長、それで何枚くらい?」
 鹿美は不安げに訊(たず)ねた。
「…200枚」
 やはり、演歌は泣けるのである。

                                  


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