物事(ものごと)には、すべて適度・・ということがある。━ 過ぎたるは及ばざるがごとし ━ という格言が示すとおりだ。やり過ぎたり欲張ったりした挙句(あげく)、ぅぅぅ…と泣く破目(はめ)に陥(おちい)るのは悲しい限りだが、当人がそうしよう…と思ってした結果なのだから致(いた)し方ない。
とある大衆食堂の店内である。
「本当によく食べますね。大丈夫ですかっ? その天丼(てんどん)で三杯目ですよ」
ご近所仲間の細見(ほそみ)は太原(ふとばら)のアグレッシブな食べっぷりに呆(あき)れながら小声で言った。自身が食が細い・・ということもあった。
「ははは…いつものぺースなら丼(どんぶり)、5杯は食ってるっ。今日はまだ3杯だっ!」
「いや、私はあなたのいつもは知りません。そうなんですか?」
「ああ。そら、もう! この店じゃないがね…」
太原に当然とばかりに言われた細見は、思わず相撲の力士じゃないんだっ! …と言おうとしたが、個人の自由だな…と考え直し、思うに留(とど)めた。
「あと、他人丼と親子丼ねっ!」
「えっ!! あっ、はいっ!!」
追加のオーダーをされた女店員は思わず驚くと、そのまま奥へ消えた。しばらくすると店奥の厨房(ちゅうぼう)からヒソヒソ話が聞こえ始めた。細見にはその話の内容が、『大丈夫ですか? あのお客さん』『ああ…よく食う客だなっ』とかなんとか言ってる様子が手に取るように浮かんだ。が、ご近所仲間だから仕方がない。もう、食うなっ! とも言えないのだ。細見はすでに食べ終わっているから手持ち無沙汰(ぶさた)で、冷(さ)めた茶を啜(すす)るくらいのことしか出来ない。その細身が、どうしたものか…と思った矢先だった。急に太原が腹を押さえ、呻(うめ)き出したのである。
「ゥゥゥ…、く、苦しい~~っ!! い、痛い~~っ!!」
細見は、どっちなんだっ、はっきりしろっ! と腹立たしく思えたが、ここは、介抱するしかない…と仕方なく心配する素振りをした。
「だ、大丈夫ですかっ?!」
「医者、医者!! 医者を呼んでくれぇ~~!」
細見は、ほら見たことかっ! 適度というもんがあるんだっ! と北叟笑(ほくそえ)みそうになり、思わず顔を背(そむ)けた。1時間後、緊急来患病院へ運び込まれ、事なきを得た太原の姿がベッドにあった。
「食べ過ぎみたいです。食べなければ、すぐよくなるそうですから安心して下さい。それにしても、ものには程度がありますよ…」
細見は、やっと注意が出来たからか、少し嬉(うれ)しかった。が、次の瞬間である。
「またかっ! …」
「えっ?」
細見は太原の言葉が理解できず、思わず訊(き)き返した。実のところ太原は食い過ぎで医者から絶食を言い渡され、一週間、何も食べていなかったのだ。ようやく、医者の許可が出た日だった・・という訳である。
物事には適度が大切で、ゥゥゥ…と苦しんだり、ぅぅぅ…と泣けることがあるから、用心が必要! というお話だ。
完