水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

泣けるユーモア短編集-4- 泣きの涙

2018年02月08日 00時00分00秒 | #小説

 泣きの涙・・という言葉がある。この場合の涙は悔(くや)しかったり辛(つら)い涙で、涕(なみだ)[発音から出来上がった形声文字の涙や、状態や状況から出来上がった会意文字の泪(なみだ)、さらにその泪を超越(ちょうえつ)し、同じ会意文字ながらも、より奥深い感情を含んだ文字]であり、ぅぅぅ…と思わず流す涕なのである。
「錦着(にしきぎ)さん、惜(お)しかったですね…」
「ははは…。今(いま)一歩(いっぽ)のところだったんですが…残念です…」
 アナウンサー帯田(おびた)のインタビューに答える錦着は、微笑(ほほえ)みながらそう返した。だが、その言葉とは裏腹に、錦着の頬(ほお)には一筋(ひとすじ)の涕が流れていた。テニスプレーヤー錦着の心中(しんちゅう)は、地球[アース]オープン制覇(せいは)の夢が果(は)たせなかった無念さに打ち震(ふる)えていたのである。この無念な涕は尋常(じんじょう)に頬を伝う涙ではなかった。泣きの涙・・というやつで、2-2セットで迎(むか)えた最終セット、それもデュ~ス[同点]の末の敗退だったのだ。さらにさらに、その敗退の原因が相手の球を打ち返そうとした一瞬前、立て続けに二度、鼻先にとまった一匹のアブ・・というのだから頷(うなず)ける話ではある。
「最後に、会場の応援にこられた皆さんに一言(ひとこと)…」
「ぅぅぅ…これからも…ぅぅぅ…」
 錦着の言葉は言葉にならなかった。そのときまた、アブが錦着の鼻にとまった。
「ぅぅぅ…」
 錦着は鼻にとまったアブを片手で振り払いながら号泣(ごうきゅう)し出した。それを見たアナウンサーの帯田も、釣られて号泣し始めた。
 これが泣ける、泣きの涙・・なのである。 

 
                                   


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