水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

短編小説集(42)人材あります![2]<再掲>

2024年09月24日 00時00分00秒 | #小説

『いつ、あなたの前へ現れられるか、それは私にも分かりませんが、また現れます。では…』
「あっ! ちょっと待って下さい! いつ現れるか分からないとおっしゃいましたが、それは不便です。なんか法則めいたものがあるはずです。俺も探しますが、それをあなたも探して下さい。分かれば、便利ですし、お互いの生きる世界にプラスになるんじゃないか・・と思えますので」
『ああ、それはそうですね。私も探してみます。それに、なぜ、あなたの前に突然、現れることになったのかも』
「そうですよね。このままじゃお互い、気分がモヤモヤしますよね」
『ええ。では、何か分かれば連絡します』
「出来れば、夜の方が助かるんですが。俺も仕事をしてますんで…」
『分かりました。では…』
 携帯は切れた。戸倉の眠気は、すでに失せていた。ベッドを離れた戸倉は洗顔→食事→事務所掃除→着替え→伝票整理、用具点検と、いつものように朝の諸事を熟(こな)していった。
「はい! 庭の芝を…。あの、どれくらいの広さでございしょう? …はい! ああ、それくらいでしたら、数時間もあれば、お近くでございますし、宜しければ、これから参上いたしますが…」
 事務所の椅子に座って小一時間が過ぎたとき、携帯がかかった。今日は休もう・・と起きがけは思っていた戸倉だったが、分身からの電話で俄かにやる気が出て仕事を入れていた。
 車を走らせ、依頼先の芝を刈り終えたとき、すでに昼前だった。殊(こと)の外(ほか)、作業は順調に捗(はかど)り、戸倉が予想していたより2時間ばかりも早く終了した。今日は半ドンにしようと戸倉は思った。今日は休もう・・と最初は思っていたのだから、昼まででも働けば御の字だった。依頼先に半日料金の五千円をもらい、戸倉は領収書を手渡して帰宅した。幸い仕事中の異常事態は起こらなかったから、戸倉はホッとしていた。戸倉は弁当屋で買った弁当をレンジで温め、遅めの昼食を済ませた。湯呑(ゆの)みのお茶を飲み、ふぅ~っとひと息ついたとき、戸倉は左の肩を突然、叩(たた)かれた。昨日のことがあったから、驚きの程度は、さほどでもなかったが、それでもギクッ! と戸倉はした。
『私です! 驚かせて、すみません』
 戸倉は思わず振り返った。
「ああ、昨日の…。何か分かりましたか?」
『それなんですがね。ひとつ耳寄りな情報がアチラで入手できました』
「と、いいますと?」
『いやぁ~、それを聞いたときは私も驚きましたよ。といいますのは、他にも仲間がいたんです。まあ、仲間と言うのは妙なんですが、私と同じようにこの世界へ現れてる者が数人、いたんですよ』
「よく分かりましたね」
『あなた、人材派遣の仕事をなさってますよね。もちろん私も昨日のあなたですから同業種なんですが、向こうでは事務所を構えて数人、店員を雇ってるんです。先ほど申しましたコチラへ現れてる者が数人いたといいますのは、実は彼らなんです』
「ほう、それは…」
 戸倉は聞く人になった。
『人材派遣に何か意味があるんじゃないかと…』
「いやぁ~、それはどうですかね。世間には五万とありますよ、この業種は」
 戸倉には今一、それが異常事態の原因だとは思えなかった。
『いやあ、私の憶測ですから…。ただ、私の店の店員がすべてコチラへ来ている、という点が引っかかるんですよ』
「異次元からコチラへ来る、何かの共通点があなたの店にあるのかも知れないですよ」
『はあ…。それじゃ、引き続き探ってみましょう』
「そうして下さい。こちらも、それなりに調べますから。…ところで、そちらの店は繁盛してますか? うちの方はご覧のように、なかとか食い繋(つな)いでいる有様なんですが」
『はあ。私の方はまあ、なんとか。それなれに稼がせてもらってます・・。なにせ、店員に給料を月々、支払わないといけませんから、相応の収入は不可欠でして…』
「それはそうでしょう。うちとは状況が違うんですから。…あのう、お店の屋号は人材屋ですか?」
『いいえ。戸倉人材派遣店です』
「そうなんだ…。会社ではないんですね?」
『ははは…。そこはそれ、異次元ですが、あなたと私は同じ存在ですから、当然、同じ発想です。小規模経営なんですから、損勘定の入る会社組織にはしませんよ』
「ああ、その辺りは、同じなんですね」
 戸倉は少しずつ異次元の状況が分かりつつあった。こちらの世界よりはワンランク上で、人も出来がよい。それはいつかこの男がこちらがB級グルメでアチラがA級もしくは超A級グルメだと例えたように、程度の違いなんだと。
『ただ一つ、あなたに忠告しないといけないんですが…。このまま続けて下さい。決して私のようなことを考えちゃいけません。総店員一名! いいじゃないですか、ははは…。あっ! そろそろ消える時間ですね』
 異次元の戸倉はこの前と同じように腕を見て呟(つぶや)いた。すでに男の足先は薄く透明で、消えかけていた。そして、数分後、完璧に消えた。戸倉は、しまった! と思ったが、もう遅い。この次、出会う頃合いを確認しておかなかったのだ。これでは、いつ、異次元の戸倉が現れるかが分からない。分からないとは、彼に対するスケジュールが立たないということだ。
 戸倉が予想したように、一週間が経っても異次元の戸倉は戸倉の前へ現れなかった。そうなると、なにもなかった日常の繰り返しとなり、戸倉の脳裡から次第にこの異常な出来事の事実が消えていった。半月が経った頃、すでに戸倉の脳裡では、よく似た異次元の自分からよく似た男、そしてあの男へと印象は薄れていた。あの男は、まだ戸倉の前へ現れていなかった。
 ひと月もすると、戸倉はすっかり以前の生活に戻っていた。
「いや~それなんですが、担当する者が生憎(あいにく)、休んでいままして…」
 かかった依頼電話は戸倉の出来ない分野だったから、いつもの生憎作戦で戸倉はその場を凌(しの)いだ。
『私ですよ、戸倉さん! 私』
「… ああ、アチラの方ですか」
 戸倉の記憶が甦(よみがえ)った。紛(まぎ)れもなくその男の声は、異次元の戸倉だった。
『そうです。アチラの戸倉です』
 異次元の戸倉は柔和な声でそう言った。
「ああ! アチラの戸倉さんですか。…どうも言いにくいなあ。アチトクさんで、いいですかね?」
『はい、それで構いません。そう、お呼び下さい』
「で、アチトクさん、なにか分かりましたか?」
『はい、全容が判明しました! あなたと私は空間の穴で結ばれていたのですよ』
「どういうことでしょう? もう少し、詳しく聞かせて下さい」
『はい。私の店内に次元通過をする空間の歪(ひず)みがあったのです。そこが異次元空間を結ぶ出入り口になっていた、と言っても過言ではないでしょう』
「なぜあなたのお店だけに空間の穴が?」
『さあ、それは私にも分かりません。ですから、あなたのお家にもその空間の歪みの穴があるはずなんです。もちろん空間ですから、あなたにも私にも見えません。私はその次元の穴に一定のサイクルで引き寄せられて移動しているようなのです』
「見えないのに、よくそのことが分かりましたね?」
『ああそれは、ひょんなことで…。焼き肉の煙が一瞬、その穴にスゥ~っと消えたのです。アレッ? って一瞬、思いましてね。よく見ますと煙がその空間の穴に吸い寄せられて消えていくじゃありませんか。もちろん、換気扇じゃありません』
「なるほど。そういう奇妙な現象がソチラではありましたか…」
『なぜ私の店だけ、という点が、まだ解明できませんが…』
「いえ、貴重な情報です。コチラも煙を使って調べてみましょう」
『はい、では…。長電話でお仕事のお邪魔をしました』
 アチトクの声は少し小さくなった。
「いいえ。不景気で、そう電話もかかりませんから。そちらの景気は、いかがですか?」
『まあ、昨日のソチラという状況で考えて戴ければ…』
「さほどは変わらないと」
『ええ、まあ…。似たり寄ったりということです。この前も言いましたように、コチラは少し大きめに仕事を展開しておりますから、店員への給与支払いで多少は稼がせて戴いてますが。収支で黒字は、さほど…。』
「そうですか…」
『ええ。では、また電話を入れるか、現れるかします。現れる方は私の意志ではありませんから、いつになるか分かりません。消える方は空間ジャンプすれば、どういう訳か消えられますが…』
 アチトクは語尾を濁して携帯を切った。戸倉としてはアチトクの話を聞いた以上、そのままのんびりと寛(くつろ)いではいられない。この家のどこかに異次元に通じる空間の穴があるというのだから調べない訳にはいかない。煙を立たせる手立てを幾つか考えた挙句、身体を動かした。新聞紙を燃やして燻(くすぶ)らせ、家中を煙で満たすというアイデアも浮かんだが、どうも火事っぽくて嫌だな…と思え、案を却下した。最後に選んだのが蚊取り線香である。煙の立ち昇り具合から見て手間がかかりそうだったが、この方法が一番、安全に思え、戸倉はそうした。幸い、買い置いた予備の蚊取り線香があり、新しく買いに出る必要はなかった。
 蚊取り線香に火をつけ、それを手に持って家の空間をくまなく探して回った。疲れたところで、しばらく停止し、また移動していく。小一時間して立ち止った瞬間、戸倉は自分がアホに思えた。馬鹿というのではなく、自分のやっていることが三枚目的なアホに感じられたのだった。
 約2時間が経過したとき、事態が進展した。煙が流れ、引き込まれるように消える空間があった。戸倉は辺りを見回したが、風が入り込んだ形跡はなく、まさしく異次元に通じる穴に思えた。
「ここか…」
 やっと見つけた空間の狭間に、思わず戸倉は呟(つぶや)いていた。穴は見つけたが、それ以上はどうすることも出来ない。アチトクが言っていた異次元への口は見つけられたのだから、まあいいか…と、戸倉はそのまま放置した。
 次の朝が巡り、目覚めたとき、戸倉は妙なざわつきを感じた。人の気配が遠くで小さくしていた。俺以外に誰もいないのだから、人のざわつきなど起こる訳がない…と不審に思いながら戸倉は瞼(まぶた)を開けた。寝室の雰囲気が少しゴージャスになっている。確かに俺の部屋の様だが、置きものとかの部屋の調度も高級品になっている。こんなもの、置いた記憶がないが…と戸倉は訝(いぶか)しく思えた。
『やあ、お目覚めになられましたか』
 寝室のドアが開いて、アチトクが現れた。
「ここは…」
 戸倉はベッド上で半身を起こし、アチトクに訊(たず)ねた。
『ははは…昨日の戸倉さん宅ですよ。ただし、異次元ですがね』
「アチラですか?」
『いえ、こちらです。ははは…』
「はあ。まあ、そうなりますね」
『少しコチラも味わって下さい。それにしても、まさかあなたが現れるとは思ってませんでしたよ』
 アチトクはゆっくりとベッドへ近づき、戸倉の前へ座った。
「俺、いつ現れました?」
『昨日の深夜でしたか。私が眠ろうと寝室へ入ったとき、あなたがすでにベッドの上で眠っておられたんです』
「昨日の深夜ですか。…ああ、私が眠った頃ですね」
『何か、なさいましたか?』
「そうでした。うっかり忘れるところでしたよ。昨日の昼、こちらですと今日の昼ですから、未来になりますが。アチトクさんがいっておられた空間の穴が私の家でも見つかったんです。蚊取り線香の煙でやったんですが…」
『ほう!』
 戸倉は事の一部始終をアチトクこと異次元の戸倉に詳しく話した。
「発見しただけで、それ以上は何も出来なかったんですが…」
『ひとまず、ベッドから出て下さい。洗顔とかもされると思いますが、その前に、こちらの空間の穴を見ておいていただきましょう』
「こちらの次元通過をする空間の歪(ひず)み穴ですね?」
『ええ、そうです』
 二人は店の事務所へ移動した。そこには三人の店員がいて、作業衣に着替えた後らしく、今にも店を出ようとしていた。
「あっ! どうも…」
 三人は戸倉とアチトクの二人を見比べ、押し黙ったまま軽く会釈して外へ出た。双子の兄弟と思ったか、異次元の戸倉と思ったかは戸倉自身には分からなかった。アチトクは店の片隅を指さし、戸倉に示した。
『ここです…。と言いましても、見えないですから分かりませんね。あっ! 丁度(ちょうど)、いい。ここに店員のタバコがある。これでわかるでしょう』
 アチトクは店員の置き忘れた煙草を一本出し、机の上のライターで着火した。そしてそのタバコの先を親指と人差し指で摘まむと徐(おもむろ)に店の隅の空間に近づけた。
 タバコの煙は最初、真っすぐ立ち昇っていたが、アチトクが近づけたある空間で、スゥ~っと換気扇に吸い込まれるように消えていった。
『今、あなたの次元に、この煙が出ているはずです』
 アチトクは確信を込めて言い切った。
「なるほど…。少し理解出来たような気がします」
『偉そうに講釈を垂れておりますが、この私にもなぜこうなったかは、まだ分かりません…』
 アチトクはタバコの火を灰皿で揉(も)み消すと戸を開け、外へ出た。戸倉は後ろに従った。表には戸倉人材店の大看板が飾ってあった。それに、戸倉の家は店舗風の改造をしたのか、幾らか大きく立派に見えた。そういや、店の机には四台の電話があった。戸倉の家は携帯のみで電話はなかったから、偉い違いだ…と、戸倉は思った。
『次元が違うと、こうも違うんだ…』
 語るでなく呟(つぶや)くように戸倉は言った。
『ええ、まあ…。時間的にはあなたの次元より一日前ですがね』
「俺は、いつ消えるんでしょう? そして、どうなるのか…」
 戸倉は不安げに訊(たず)ねた。
『私の経験からすれば、あと2時間ほどはコチラに留(とど)まれるはずです。ご心配される、消えてどうなるかですが、それは心配いりません。そのまま、あなたの次元へ瞬間移動します。場所は消えた位置ですから、消える可能性のある30分内外は、お家(うち)の中におられた方が安全です。外だと交通事故に・・ということにもなりかねませんから…』
 アチトクは事細かに説明した。
「分かりました。おっしゃるようにしましょう…」
 二人は店内へと戻った。
 それから小一時間、戸倉は異次元の生活を味わった。もうそろそろ…と戸倉が椅子へ座った足を見たとき、偶然なのだろうが、戸倉の足先は消え始めていた。そして、わずか数秒のうちに元の戸倉の家が現れた。戸倉は瞬間移動して家へ戻ったのだった。
 机の上へ置いておいた携帯が、しきりに振動していた。戸倉は慌てて携帯を手にした。依頼主の怒ったような声がした。
「朝から電話してたんですけどね! お休みですか、今日は?!」
「いや、そういう訳じゃないんですが、ちょっと知り合いの結婚式で…」
「携帯は持って出られたんでしょ?」
「いや、それが…ついうっかり、礼服に着替えたときに忘れたようなんです。どうも、すみません」
 取ってつけたような嘘が、上手い具合にスンナリ出て、戸倉はホッとした。嘘も方便とは上手いこと言ったものだ…と、戸倉は刹那、思った。
「それで、来てもらえるんですかね!」
「あの…どういった内容でしたか?」
「ああ、興奮して忘れるところだったよ。ブロック塀に車が突っ込んじゃってさ。直せるかい?」
「ああ、はい! 明日の早朝にでも、係の者を派遣させていただきます。ご住所は? あっ、はい…、はい…」
 戸倉は電話の内容を机上でメモ書きした。
「料金は軽微ですと、1日まで修理費込みで2万を頂戴しておりますが、この件ですと、一日当たりの手間賃が!万、そこへブロックの材料費を別途、頂戴いたしとうございますが。… … あっ、はい! 分かりました。ではそういうことで。、明朝9時に入らせていただきます。詳細はお伺いした上で。はい! どうも、ありがとうございました」
 戸倉は口八丁で、上手く依頼を引き受けた。
 取ってつけたような嘘が、上手い具合にスンナリ出て、戸倉はホッとした。嘘も方便とは上手いこと言ったものだ…と、戸倉は刹那、思った。これなら異次元の向こうにずっといた方がいいな…という怠惰感も出てくる。というのも、人材屋は戸倉一人だから、どうしても無理にやってしまうのだ。切りをつけようとしても、アレコレと目につくことがあると手が出た。
 それから一週間ぱかり日は流れたが、これといって異常な兆(きさ゜)しはあらわれず、異次元の戸倉ことアチトクは一度も現れなかった。戸倉は次第に超常現象の起因を探りたくなっていた。アチトクも探るとは言っていたが…とは思えたが、出現もなく電話連絡も入らないところをみると、まだ起因が判明できないんだ…と思えた。いつの間にかひと月が経ち、ふた月が過ぎると、戸倉の記憶もすっかり薄らいだ。
 あるとき、出ようとしていた戸倉に、都合でキャンセルしたいという携帯が入り、仕事に空きが出来た。ドタキャンである。作業衣に着替えを済ませ、道具も車に積みこんで出ようとしていた矢先だったから、戸倉は少し怒れた。しかし、事情を聞けば依頼先にもハプニングがあったらしく、怒りは鎮まって了解した。そんな仕事の空きだったが、しばらく休めてなかったな…と思え、いい身体休めだな…と戸倉は思い返した。だが、この事実は異次元の戸倉の出来事と関連していたのである。そのことを戸倉もアチトクもまだ気づいていなかった。そのとき、異次元では異変が起きていた。本来なら、戸倉の昨日の現象が進行するはずだったが、科学では解明できない空間の歪みが生じたのである。戸倉がいる三次元空間では、すべてが科学で解明される・・とする。ところが、それはただ単なる三次元に生きる戸倉達人間の心の気休めでしかなかったのである。所謂(いわゆる)、三次元理論ともいえるもので、異次元ではまったく通用しない理論なのだった。それを証明する根拠は、宇宙の果てには何があるのか・・という思考に他ならない。宇宙は膨張している・・とか論ずる三次元科学だが、膨張という概念は有限の世界に通じる理論だった。
 戸倉は、ふと手を止めて部屋の隅の異次元へ通じる空間の穴の辺りを見た。妙なことにその空間穴は渦巻いていて、戸倉にも鮮明に見えた。戸倉は唖然として近づき、その空間穴を見続けた。確かに渦巻いている…と、戸倉が確信したとき、戸倉はクラッ! と目眩マイ(めまい)を覚えた。何かに身体が引き込まれそうになる幻覚が続いて戸倉を襲った。戸倉はその場に倒れ、気を失った。
 戸倉が気づくと、店員と思われる若者が一人、必死に呼びながら戸倉を抱き起こしていた。どこかで見た店員・・アチトクがいた異次元か…と、戸倉には思えた。
「店長! 大丈夫ですか?」
「… … ああ」
 戸倉はよろよろと立ち上がった。さっきまでの人材屋の風景が消えていた。机があり、憶えのある店員が他にもいる。どこから見ても異次元の戸倉人材店だった。見回したがアチトクはいなかった。それもそのはずで、アチトクはその頃、戸倉のいる人材屋へ現れていた。時空の歪みで、戸倉とアチトクの存在次元が入れ換わったのである。戸倉は自分の携帯番号を押した。
「はい! 私です」
『今、異次元にいますが、アチトクさんは?』
「あなたの人材屋です」
『そうですか…。どうも入れ換わったようですね。おやっ? アチトクさんに見せて戴いた店隅にある時空の穴が消えています』
「そうですか…。どうも、私達は入れ換わったまま、生きていかなきゃならないようですね、ははは…」
『笑いごとじゃないですよ! どうします?』
「失礼しました。しかし、どうしようもないじゃないですか、私達には」
「はあ、それはそうですが… ~~▽□※×=~~!!」
 そのとき、携帯がノイズを出し、二人の電話回路は断たれた。以後、二人は異次元で別の人生を味わうことになった。

            THE END


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