水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

短編小説集(45)怪談定食<再掲>

2024年09月27日 00時00分00秒 | #小説

 影山は会社の出張で、とある街へ赴任していた。最初はひとり暮らしで何かと不自由していた影山だったが、ひと月もすると、ようやく街にも馴(な)れた。梅雨が明け、暑気が出始めたある日、影山は街へ出て外食しようと歩きながら店を探していた。だが、なかなかいい店が見つからない。腹は減ってくるし、日は落ちて辺りも薄暗くなってきた。最初の目論見(もくろみ)では、すぐに店へ入り、適当に食べて社宅へ戻ろう…という予定だったのだが、すぐどころか、かなり時間は経(た)っていた。見つからないならコンビニ弁当でも買って…と影山が思ったときである。陰気な定食屋が路地伝いに一軒あるのが目に止まった。影山は一も二もなくその店に飛び込んだ。店内には幾つかのテーブルとカウンターがあり、影山はカウンターの椅子へ座った。
「いらっしゃいまし…」
 物腰の柔らかい主(あるじ)らしき老人が奥からスゥ~っと陰気に現れ、影山の座った席へ冷茶を運んできた。急に現れた老人に、影山はギクッ! と驚いたが、すぐ落ち着きを取り戻して品書きを見回した。その中に、妙な品書きがあるのを影山は気づいた。
<怪談定食 時価>
「? …あのう、怪談定食って、なんですか?」
「怪談定食でございますか? フフフ…これからの季節のもんでございますよ、お客さん。初見えなんでございますがね、よかったら、どうです?」
 主は陰気な顔で、影山をジロリと舐(な)めるように見回して言った。
「どうです、って言われても、財布の都合がありますから…」
「ああ、なるほど。時価は、まずかったですかな。七百円がとこで、いいがす」
「いや、それはいいんですがね。内容は?」
「しばらく、お待ちを…」
 そう陰気に言うや、主はスゥ~っと奥へ消えた。歩いていた? いや、スゥ~っと流れるように消えたぞ…と影山は少し不気味に思えた。それでも、気のせいだろう…と気を取り直したときである。店の灯りが点滅し始めた。そして、その光は白色光から次第に蒼白さを含んで暗くなっていった。
「お待ちどぉ~さまぁ~~」
 現れたのは手盆に氷を乗せた老人の幽霊だった。
「ギャア~~~!!!」
 影山は大声を上げ、店を走り出た。恐る恐る影山が振り返ると、その店は壊(こわ)れかけた廃墟(はいきょ)だった。
「ギャア~~~!!!」
 影山は、ふたたび大声を上げて走っていた。

                 THE END


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする