昔も今も天下人(てんかびと)になれる人には、それなりの理由がある。その理由が、多くの人に賛同を得られれば得られるほど天下人への道をひたすら進むことになる。ただ、現代の世相は疑心暗鬼に満ちていて、戦国時代のような修羅めいてはいないものの、油断ならないのだ。ニコニコ笑っている人の顔の裏は、メラメラと燃え滾った憤怒のそうなのである。要するに裏表があるのだ。豆腐にも裏表は確かにあります。ただ、濁っていない水や氷には裏表はありません。^^
豚丘は起業家として天下人になろうとは思わず、気楽に中堅企業で働いていた。名字からしてダサい自分が天下人になれる訳がない…というのが、致命的な理由だった。ところが、である。豚丘には先々の世相の変化を読める先天的な才が備わっていた。ただ、本人はそのことには気づいていなかった。
「豚丘さん、社長がお呼びです…」
ツカツカと靴音を立てながら若い美人秘書の岡目が入って豚丘に近づくと、上から目線で偉そうに告げた。
「えっ! 僕を、ですか?」
「はい…」
若い美人秘書の岡目が朴訥に返した。豚丘は何か失敗でもしたか…とビクつきながら社長室へ急いだ。
「君を呼んだのは、他でもない。投書箱に入っていた君の意見、読ませてもらったよ。あのアイデアは君が考えたのかい?」
「そんな大仰な…。ただ、ふと浮かんだアイデアを投書しただけです…」
「いやいやいや、あのアイデアは大したもんだ。さっそく役員会に諮(はか)ろうと思ってさ」
「そんな…。ただのアイデアですから」
豚丘は、まさか自分の考えが…と、驚いた。
そのアイデアを推進した豚丘の会社は、他の同業種企業を尻目に躍進した。平社員だった豚丘は課長に抜擢され、その後も会社の出世コースをひた走り、たった二、三年で取締役に出世したのである。天下人の社長就任が確実視された豚丘だったが、悲しいことに死の病(やまい)に取り憑かれねこの世を去ったのである。
世相を読める才で天下人になろうと、仏様か神様になれば最後ですから、健康が第一・・という結論ですか…。なるほどっ!^^
完