水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第七十七回)

2011年11月20日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第二章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
    
第七十七回
『ええ…。でも滑川(なめかわ)教授や佃(つくだ)教授は、この事実を知ったら喜ばれるでしょうねえ』
「そりゃ、もちろん大喜びだよ、君。とくに変人扱いされてる心霊学の滑川教授なんか一躍、世の中のヒーローだ」
『霊動学の佃教授が開発したゴーステンだって、ノーベル賞かも知れませんよ』
「ああ、まあな。ただ、こうして私が瞬間移動した事実を証明するものがない。人間には君の姿は見えないんだし、如意の筆も、然(しか)りだからな」
『そうでした。…まあ、課長と僕は正義の味方でいいんじゃないですか』
「ははは…正義の味方は目立たないからなあ」
『はい! そのとおりです』
「よし! それじゃ今度は、私の家に戻れるか、だ。こんな自殺名所の樹海に長居は無用! やってくれ!」
『分かりました…』
 樹々の茂る青木ヶ原樹海の木漏れ日の中、幽霊平林はプカリプカリと少し高く浮き上がった。そして、ふたたび両の瞼(まぶた)を閉ざすと、何やら無心に念じ始めた。そして最初の時のように、しばらくすると徐(おもむろ)に両瞼(まぶた)を開き、如意の筆を二度、三度と軽く振った。するとたちまち、二人の姿は鬱蒼と茂る青木ヶ原樹海から忽然と姿を消したのである。その消えた二人は瞬間移動し、ふたたび上山の厨房へと現れた。
『わぁ~!! やりましたね、課長!』
「おお! おおっ! やったな、…やった!」
 二人は狂喜乱舞した。交通手段、いや、自らの両脚を使わず、遠く離れた地上へ瞬間移動した人物は人類史上、上山が初めて、と思われた。
『これで僕達は正義の味方ですよ、課長!』
「んっ? まあな…」
 幽霊平林に云われ、上山もマンザラでもない気分で北叟笑(ほくそえ)んだ。
『あとは、課長の気持ひとつです!』


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連載小説 幽霊パッション 第二章 (第七十六回)

2011年11月19日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第二章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                       
    
第七十六回
 顔を洗っていない訳ではない上山である。起床後、ひと通りの所作を終え、軽食もとりコーヒーも飲んだのだ。それで、また顔を洗うのは、明らかに気持を落ちつけるためである。上山にとって、空間移動するなどということは考えだに出来ない。いや、あり得ないことだからである。
 上山は洗面台でジャブッ! と顔を洗うと、前の鏡に映った自分の顔をじっと見た。少しは落ちついたのか、鏡の自分は心なしか安らいで見えた。顔を拭いて上山が厨房へ戻ると、幽霊平林は同じ位置で漂っていた。
「待たせたな。さあ、やってくれ」
『やってくれって、ちょっと待って下さいよ。僕も念じなきゃなりませんし…。だいいち、その前に課長に何を念じるのかを云っておかないと、不安でしょ?』
『ああ、そりゃまあな…』
『とにかく、今回は課長の身体が僕と一緒に外国へ移動出来るか、ですから、国内の身近なところで、まずやってみ
ます。では、これから富士山麓へと…』
「ちょ! ちょっ
と待てよ!」
 幽霊平林が如意の筆を手にし、両の瞼(まぶた)を閉ざしたとき、上山は急に止めた。
『どうされたんです?』
「いや、なに。富士山麓にした理由は?」
『別に…。ただの思いつきですよ』
「思いつき!? …まあいい、やってくれ」
 幽霊平林は、ふたたび両の瞼を閉ざした。そして、しばらくすると、徐(おもむろ)に如意の筆を二、三度、軽く振った。次の瞬間、二人の姿は厨房から消えていた。
 富士山麓の鬱蒼と茂る樹林地帯の中、二人の姿は不意に現れた。
「おお! 上手くいったようだな」
『はい! どうやら成功のようです。課長も瞬間移動されましたし…』
「ああ…。しかし、俄(にわ)かには信じられんな。人類科学を否定する事実だからな」


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連載小説 幽霊パッション 第二章 (第七十五回)

2011年11月18日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第二章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
    
第七十五回
 土曜の朝は割合と早く巡ってきた。当然、それは上山の感覚なのだが不安を含む事象は、概して時を進めるものである。
 休日のため、いつもよりは小一時間、遅く目覚めた上山は、軽く軽食を済ますと、コーヒーの入ったマグカップを右手にし、それを口へ近づけながら左手をグルリと回した。瞬間、幽霊平林は待ってました、とばかりにパッ! と現れた。
『おはようございます!』
 陰気ながらも元気なのだから、上山もどう返していいか分からない。
「ああ…、元気そう、いや、かなりこの世に馴染んだじゃないか!」
 褒め言葉でもなく場当たり的な言葉を上山は返して笑った。
『じゃあ、さっそくやってみますか!』
「ちょっと! 待ってくれよ。私にもそれなりの心構えがいるからさ」
 上山は少し慌てて、右手のマグカップをテーブルへ置いた。
『ああ…そうですね、すみません。少し急ぎました』
「ははは…、君は生前と、ちっとも変わらんなあ。とても田丸工業のキャリア組だったとは思えん」
『キャリア組なんて、そう大したことないですよ。世の中、すべて実力ですから…』
「そらまあ、そうだが…」
 上山もその言葉には応じて、頷(うなず)いた。そして、徐(おもむろ)にマグカップの残ったコーヒーを啜(すす)った。
『落ちつかれれば、云って下さい。僕はいつでもOKてせすから…』
 幽霊平林は遠慮ぎみに上山を窺(うかが)うと、少し離れてプカリプカリと浮き上がった。
「ああ…ちょいと顔、洗って気を落ちつけるから待っててくれ」
『はい…』
 そう云うと、上山はマグカップを洗面台で洗うと厨房を去った。


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連載小説 幽霊パッション 第二章 (第七十四回)

2011年11月17日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第二章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                       
    
第七十四回
『あっ! そうでした。いや、いやいやいや、課長もこの如意の筆で念じれば、飛べるかも知れませんよ。それ、いつだったか、ゴーステンで人の姿がすべて消えたことがあったじゃないですか!』
「ああ、そんなこともあったな。だが、あのときは、人の姿が見えなくなっただけだぜ」
『でも、先生方の話だと、人間界と霊界の狭間(はざま)におられたんでしょ?』
「そういや、そんなことを云っておられたなあ…」
 二人は、しばし沈黙した。
それじゃ、次の土曜か日曜で、これを使って試してみましょう。課長の都合のいい方で結構です』
 幽霊平林は如意の筆を上山の前へ差し出すように見せると、そう云った。
「試すって?」
『だから、僕と一緒に他の国へ現れることが可能か、ですよ』
「そんな…。マジックのイリュージョンのようなことが本当に起こるのか、俄(にわ)かには信じられんがなあ…」
『いや~、それは僕にも分かりません。ただ、軍事パレードがハチャメチャになる光景を見た僕としては、どうも可能なように思えるんですよ』
「ああ、そりゃそうあって欲しいさ、私も。まあ、完璧にこの世の科学を否定した発想だがな」
 上山も幽霊平林とともに外国へ現れることが可能なら、霊界司からの命題である社会悪を懲らしめることは可能なように思えた。
 結局、二人は土曜の朝に再会することを約して別れた。呼び出すタイミングは、上山の都合もあろうから・・ということで、八時頃に上山から呼び出すことに決まった。土曜にしたのは、万一の不測の事態に備えてである。上山としては初めての試みであり、自分の身体がどうなるか分からない素朴な不安もあった。すべては幽霊平林の所持する如意の筆に委(ゆだ)ねられた形である。上山は正義の味方のヒーローとして活躍できるか、いわばオーディションを受けている心境だった。


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連載小説 幽霊パッション 第二章 (第七十三回)

2011年11月16日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第二章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        
    
第七十三回
「その某国っていうのが、まず分からん。君は、そんな遠くにも現れることが可能なのか?」
『はい! それはもう。地球上のどこだって可能ですよ。課長のおられるこの世の者じゃないんですから、僕は』
「ああ、それは分かってるがな…。国外まで可能だとは。今の今まで知らなかったからな」
『いや、如意の筆がなければ、せいぜい今まで行った地域までですがね。これがあれば、ひとっ飛びですよ、ははは…』
 幽霊平林は胸もとから如意の筆を引き抜いて示しながら陰気に笑った。
「なんか、孫悟空だな。ははは…」
 上山も釣られて陽気に笑った。
「まあ、海外まで現れることが可能だと、そこまでは分かった。だがなあ、軍隊がハチャメチャってのは?」
『そうでした。そこを詳しく云いますと、僕が現われたとき、その国では軍事パレードをやっておりました』
「そんな偶然ってあるのか? 君が調べて行ったのかい?」
『いえ、まったくの偶然です。如意の筆に調べやすい所、とは念じはしたんですよ。ですから、その軍事パレードが調べやすい、と如意の筆が判断したんでしょう』
『そうなんです。それで試しに軍のパレードを止めようと念じ、棒をひと振りしたんです。すると、行進は氷のように止まってしまった訳で…、しばらくすると皆、砂煙を上げて崩れるように地面へ倒れたんですよ』
「ああ、それがハチャメチャって訳か?」
『はい、そのとおりです』
 幽霊平林は、やっと上山に分かってもらえたか…と安堵(あんど)した。
「と、いうことは、如意の筆の効果は絶大だってことになるよな」
『はい…』
「すると、私と君とで社会悪を懲(こ)らしめられる、って寸法だ!」
 興奮ぎみに勢いづいて、上山が捲(まく)し立てた。
『そういうことです! ともかく、課長の土、日周りでやりましょう!』
「やりましょう、か…。おいおい、待てよ! 君はどこだって出現出来るからいいいが、私はどうなる? ただの人間だぜ。君のように世界各地に現れることなど不可能だろう」


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連載小説 幽霊パッション 第二章 (第七十二回)

2011年11月15日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第二章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
    
第七十二回
 上山が食事を終え、食堂から屋上へ上がってきたとき、幽霊平林は霊界の住処(すみか)で止まっていた。
「なんだ、…云っておいたのに、まだ来てない。いや、現れてないじゃないか…」
 上山は腕時計を見ながら愚痴っぽく呟(つぶや)いた。幽霊平林は忘れていた訳ではない。一端、霊界へ戻ったものの、そろそろ人間界へ現れねば…とは思っていたのだ。しかし、悪くしたもので、そのとき霊界番人が通りかかり、住処の出口で出会ってしまったのである。霊界を支配する霊界司の意を受けた霊界番人を無碍(むげ)に無視は出来ない。だから、対峙して応対する以外にない幽霊平林だった。彼は課長を待たせているんじゃないか…と気忙(きぜわ)だった。おなじく、人間界の屋上にいる上山も気が急(せ)いていた。昼休みも残り三十分弱になっている。
「なにしてんだ、あいつは!」
 ふたたび愚痴っぽく呟いてみた上山だが、残念なことに、彼から幽霊平林にコンタクトする方法がなかった。
 幽霊平林が遅れて屋上に現れたとき、上山の昼休みは残り十五分ばかりになっていた。
『すみません! 霊界番人様にバッタリ出会いまして、仕方なく…』
「霊界番人さんか…。そりゃ仕方ないんだろうな」
 霊界の事情を云われた日にゃ、上山は沈黙する他はない。さっぱりアチラのことは分からないからだ。
『そうなんですよ。僕らを支配するお方の遣(つか)いですからね』
「ああ、霊界司さんだったな…。で、効果の方はどうだった?」
 上山は幽霊平林の胸元に挟まれた如意の筆を指さして、そう云った。
『あっ! そうでした。いやあ~、なんと云いますかねぇ、効果は絶大で、某国の軍隊がハチャメチャでした、ははは…』
「んっ? 君は時々、訳の分からんことを云うな。某国の軍隊がハチャメチャ? そりゃ、どういうことだ?」
『どうも、すみません。僕は軽率で駄目ですね。課長が分かってらっしゃるものと思って話してました。実は、これを試そうと、某国の軍事パレードで、やったんですよ』
 幽霊平林は胸元の如意の筆を指さした。


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連載小説 幽霊パッション 第二章 (第七十一回)

2011年11月14日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第二章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
    
第七十一回
 案の定、上山は食堂へエレベーターで昇ってきた。それも、他の社員に混ざって、というのではなく、皆よりも、やや早めだった。
「おお、やはり現れていたか…。なんか、そんな気がしてな」
『そうでしたか…。そろそろ課長がやってくるんじゃないかと、待ってたんですよ』
「なんだ、そうだったのか…。で、効果はどうだった?」
 そこまで上山が話したとき、他の社員達が階段やエレベーターからザワザワと姿を見せ始めた。上山は慌てて口を噤(つぐ)んだ。そして下向き加減に厨房の方へと歩き始めた。
「話の続きは、あとで屋上な!」
 他の社員達に悟られないよう、そう呟(つぶや)くと、上山は厨房の注文口へと向かった。そこには、ニッコリと微笑む江藤吹恵の姿があった。
「あらっ! 今日は早いのねぇ~」
「んっ? いやあ、ちょうど切りがよかったからさ。ただ、それだけ」
「ただそれだけねぇ~。まあ、いろいろあるわよね。…いつもの?」
「ああ…」
 食券を背広のポケットから出しながら、上山はそう云った。食券は金券で、値段分だけ枚数を手渡すシステムになっていた。幽霊平林は、その上山の姿を遠目に見ながら、スゥ~っと消えた。恐らくは屋上へ現れたのだろうが、そのことを当然、上山は感知していない。ただし、幽霊平林とまた会う約束をしたことは頭にある上山である。だから、定食の食べようも早く、どこか忙(せわ)しない感がなくもなかった。
「偉くバタついているぜ、課長…」
 恐らくは業務第二課の課員達と思われる、そんな会話も上山の耳に届いていた。
 幽霊平林は、五分ほど屋上からの景色を眺めたあと一端、霊界へ戻り、住処(すみか)で止まっていた。この止まっていたという状況は、人間なら寛(くつろ)いでいた、ということになる。


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連載小説 幽霊パッション 第二章 (第七十回)

2011年11月13日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第二章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                       
    
第七十回
行進する兵隊達は、急に脚が動きだしたものだから、勢い余って前の者にぶつかり転倒し、隊列は土煙を上げてその場に崩れ落ちた。先頭に立ち隊列の指揮を執(と)る隊長らしき男も転び、指揮を執る余裕などはない。
「○△※◎$□!(何が起こったのだ!)…」
「●■◆▽□…(さあ、私にも、さっぱり…)」
 幽霊平林の横で行進を見守る将軍と思しき軍首脳の一人とその横の副官らしき男の遣り取りが幽霊平林の耳に入ってきた。もちろん彼にはその言葉は理解出来ないのだが、二人が云わんとする気持は、朧げながらもなんとか理解出来た。
『課長に報告しよう…』
 そう呟(つぶや)くと、幽霊平林は大混乱する将兵らを尻目にスゥ~っとその場から格好よく消え去った。そして、人間界へと、たちまち現れた幽霊平林だったが、少々、慌てたためか、田丸工業の屋上に姿を見せてしまった。とはいっても、上山以外の者には見えないのだから、失態というほどのことはではない。じ十一時を少し回った頃だろうとは、太陽の昇り具合で大よそ分かったから、返って現れた場が屋上でよかった、ともいえる。
━ 今、課内へ現れても課長の邪魔になるだけだな。ここは一番、眺めのよい屋上で、しばらく時を過ごそう ━ などと都合のよい発想で幽霊平林は巡っていた。如意の筆の絶大なを一刻も早く課長に…とは思っていたが、急ぐことでもないかと、また思い直した。そうはいっても、同じ眺めを三十分も見続ければ、さすがに飽きがくる。その眺めが初めてならいい゛か、田丸工業の屋上は元々、幽霊平林が勤めていた会社であり、彼も幾度となく眺めたことがあったから尚更だった。上手くしたもので、ダレて限界が近づいた頃、食堂へ現れると、昼休みに入る十二時の数分前だった。もうしばらくすれば、多くの社員達が雪崩れ込んでくるだろうし、その中に上山の姿もあるに違いない…と幽霊平林は推測し、漂って待つことにした。


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連載小説 幽霊パッション 第二章 (第六十九回)

2011年11月12日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第二章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        
    
第六十九回
この瞬間、上山は、すっかり幽霊平林のことを忘れていた。最近は、ずっと彼のことが脳裡を過(よぎ)り、夢にまで見ていたのだから、ある意味で刹那(せつな)、平凡な日常に戻れた、といえる。
 岬は軽く一礼すると自席へ戻った。その後しばらくは課内の静穏は保たれたが、ガヤガヤと課員が出勤するにつれ、いつもの喧噪(けんそう)に辺りは包まれた。
 その頃、幽霊平林は某国に現れ、閲兵する国家首脳の横で軍事パレードを眺めていた。
━ こんな眺めは、生前なら不可能だ。ははは…課長には悪いけど、このままというのもいいな。まっ! そんな訳にもいかないか。霊界から追放されちゃ、幽界でさ迷うことになるしな。さて、ひとつ、試してみるとするか… ━
 幽霊平林は軍首脳の横で肩を並べてそう思った。むろん、首脳達や他の者の目に、彼の姿は見えていない。
 華やかで統制のとれた軍人達の行進と賑やかな行進曲が流れる中、幽霊平林は、ふわりと少し高めに浮かぶと、徐(おもむろ)に如意の筆を胸元から抜き出した。そして、両眼を閉ざすと、何やら念じ始めた。この方法は霊界番人を呼び出したときに成功しているから、彼としては自信があった。
 しばらく念じたあと、幽霊平林はゆっくりと両瞼(りょうまぶた)を開けると、軽く如意の筆を一、二度、振ってみた。すると、どうだろう、今まで整然と行進していた隊列が、ピタリ! と止まった。そればかりではない。流れていた行進曲も同じように停止したのだ。辺りは静穏に包まれた。軍人達は必死に前進しようとしているのだが、誰彼となく両脚が氷結したようにその場に停まり、ピクリともしないのだった。皆の顔に冷や汗が流れている。それを見つめている観覧席の将校達も、敬礼状態のまま右腕を自分の意志で下ろせないでいた。むろん、彼らに意識はあった。
━ よしっ! もう、いいか… ━ そう思った幽霊平林は、ふたたび如意の筆を軽く二度ばかり振った。すると、たちまちにして氷結の状態は解(と)かれ、すべてが動きだしたのである。


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連載小説 幽霊パッション 第二章 (第六十八回)

2011年11月11日 00時00分00秒 | #小説

幽霊パッション 第二章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             
    
第六十八回
『分かりました。それじゃ、場所を変えて効果を試します』
「私は会社にいるから、効果が分かり次第、伝えるだけ伝えてくれないか」
『はい、そうします。その後は?』
「効果の結果によるさ。それによって考えを変えにゃならんからな」
『そうですよね。効果もないのに世界紛争を、などと茶番です』
「まあ、そういうことだ…」
『では…』
 幽霊平林はスゥ~っと消え去り、上山は舗道を駐車場へと急いだ。鉄道ルートでも通勤出来るのだが、今朝は車で行くことにしたのだった。心の奥底には、最近、改正された車による通勤手当のアップというセコい根性が頭をもたげたことも否めない。
 それは、ともかくとして、上山はいつものように業務第二課長として席に着いた。
「おはようございます! 課長。今日は早いですね」
「ああ、岬君か。ちょいと朝、早く起きてな…。君も早いな。それより結婚生活の方はどうかね?」
「はあ、お蔭様で楽しくやらせてもらってます。あっ! そうでした。妻が妊娠しまして…。三ヶ月だそうです」
「おお! そりゃ、おめでとう。仲人としては、なにか祝わんといかんな…」
「もう、そんな心配は、しないで下さい、課長」
「そうか? いや、そうもいかんだろ、聞いた以上」
「云わなきゃ、よかったですよ。妻にも余り大げさに云わないよう、釘を刺されてますし…」
「亜沙美君は気配りの利く子だったからなあ」
「はい…。まあ、そんなことですから…」
「分かった分かった。聞かなかったことにするよ」
 上山の内心は祝い袋をいくらにするか…だったが、口では真逆を語っていた。


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