水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

連載小説 幽霊パッション 第二章 (第六十七回)

2011年11月10日 00時00分00秒 | #小説

幽霊パッション 第二章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             
    
第六十七回
 朝刊にも掲載された紛争の勃発は、世界平和を揺るがせかねないものだった。それゆえ、上山が社会悪として撲滅の対象に考えたのも当然といえる。
 二人が行動を開始したのは、日曜の朝である。集合場所を上山の家近くの公園とし、朝の十時半、二人はベンチ前に集合した。もちろん、上山がグルリと左手首を回すことで幽霊平林が現われるというパターンの集合である。辺りは夏の熱気がようやく去り、秋の気配が漂う九月下旬であった。
「おう! 来たか

『おう、来たかって、近所からやって来た訳じゃないんですから…』
「ああ、遠い遠いあの世だったな、ご苦労さん」
『なんか今一、気持ちが入ってませんよねぇ~。まあ、いいんですけど…』
「それよか、今は余り時間がない。歩きながら話そうや」
 上山は出勤の時間が迫っていたので、椅子を立ちながら、やや慌(あわ)て気味に玄関へ向かった。
『はい…』
 幽霊平林は黙って上山の後方をスゥ~っと従うように流れた。
「勤務時間中に、君は如意の筆の効果を今一度、試してくれ」
『どうやるんです?』
「方法は君に任せる。効果がなけりゃ、世界紛争など私らにどうも出来んだろうが」
『はあ、それはまあ、そうです。なんとか試してみます』
「効果があれば、その規模というか、そんなのもな」
『偉く注文がつくんですね。そこまでは調べられないかも、ですよ』
「まあ、いいさ。ともかく、やってくれ!」
 玄関を出て早足で舗道を歩きながら、上山は隣でスゥ~っと流れる幽霊平林にそう告げた。


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連載小説 幽霊パッション 第二章 (第六十六回)

2011年11月09日 00時00分00秒 | #小説

幽霊パッション 第二章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            
    
第六十六回
「おお! やはり来てくれたか」
『ええ、何でしょう? なんか急に身体が吸い寄せられるように消えて…というか、あちらが消えた瞬間、こちらだったんですよ、実は』
「そうだったのか。あちらからこちらなあ…、分かりよい話だ。君の身体は私の左手首と連動しているのかも知れんな。いや、そうに違いない」
『えっ? だって、課長と僕のただの口約束で、ですよ。そりゃ、ないでしょ』
「いや、君には分からんだろうが、私と君が合図を決めた時点で、君の脳にプログラムされたに違いない」
『…そうでしょうか? まあ、とにかく、全自動なんですよ』
 幽霊平林は怪訝(けげん)な面持ちで陰気に上山を見た。
「ああ…そうとしか考えられんよ。私がグルリと回して君がパッ! だからなあ」
『そういや、僕も急に引き寄せられたというか…。別に自分で意識してないのにですよ』
「そうだろ。…そんなこたぁ~この際、どうだっていいんだよ。それよか、社会悪だよ」
『はあ?』
「はあ、じゃない。社会悪だよ、社会悪。これこれ!」
 上山は新聞の内乱勃発を報じる一面記事を指さし、そう云った。上山の指先を幽霊平林は追うように見つめながら、フワリフワリと下降して、その紙面を覗(のぞ)き込んだ。
『…なるほど、こりゃドでかい社会悪ですね』
「だろ? 犯人の目星がつかないドでかい社会悪さ」
『これがターゲットですか?』
「ああ、方法までは、まだ考えてないが、目標としては申しぶんないだろ?」
『はい、僕もそう思います…』
 幽霊平林も上山に促(うなが)され、得心した。


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連載小説 幽霊パッション 第二章 (第六十五回)

2011年11月08日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第二章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
    
第六十五回
『そう云われましても…』
 二人は渋い表情で黙り込んでしまった。その時、偶然なのだろうが、二人の目線は幽霊平林の手に注がれた。如意の筆である。
『あっ! これですよ!』
「そうだ、これがあるじゃないか。…なんとか云ってたな。振れば…」
『振れば地球上の悪事が、たちまち消滅、退散し、示して言葉を念じれば、その個々の悪事が消え去るということでした』
「それで、具体的に物事がどうなるのか、というところだが…」
『僕の実践例ですと、霊界番人様を念じて振りましたら、そのとおり霊界番人様が現れましたよ』
「…ということは、悪事の消滅だけじゃないんだな、ご利益(りやく)は。恐らく、如意の筆というぐらいだから、思うように願いが叶うんじゃないか?」
『ええ…、そうですよね』
 二人は少し希望の兆(きざ)しが見えたことで、明るく笑った。もちろん、幽霊平林の笑いに陽気さはなく、陰気である。
 二人という言葉が、すっかり定着してしまった上山と幽霊平林の一人と一霊コンビは、こうして世の社会悪を正すべく活躍することになった。とはいえ、この二人の行動は、まだ目標とする事柄を捉(とら)えられない曖昧な出発といえた。
 二人が別れて二日経ったが、これといった目標の決まらないまま出勤の朝を迎えた。上山は、ふと出がけ前に朝刊を手にした。新聞紙面は、不穏な内乱が勃発(ぼっぱつ)した世界記事をトップに掲載していた。上山は瞬間、これだ! と思った。戦争や軍事的紛争は立派な社会悪だ、と気づいたのだ。上山はさっそく幽霊平林を呼び出して話してみることにした。
 家を出るいつものパターンまでは、まだ二十分ほどあった。上山は今の閃(ひらめ)きを忘れないうちに…と、左手首をグルリと一回転させた。すると、たちまち幽霊平林が湧いて出た。この突発的な現れようは、とても尋常ではないように上山には思えた。


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連載小説 幽霊パッション 第二章 (第六十四回)

2011年11月07日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第二章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
    
第六十四回
「と、いうことは?」
『ええ、取り敢(あ)えずはそのまま会社に勤めて様子を見ろ、ということでしょ』
「人ごとだからな、分かりやすいご挨拶だ」
 上山は苦笑した。
『仕方ありませんよ、相手が相手ですから…』
「そうだな。社長に云われているのとは訳が違うしな」
 上山は幽霊平林言葉に頷(うなず)くしかなかった。
『で、僕と課長が正義の味方になれるか? ってことです』
「ああ…、問題は、それだな。正義のヒーローって、テレビや映画、舞台などで観る分にゃ格好いいが、現実はそうスンナリとはいかないからな。そこが問題だ」
『課長、その心配はありません。これがあります!』
 幽霊平林は徐(おもむろ)に胸元に挟んだ如意の筆を上山に示した。
「ああ、これなあ…。この効力って凄いのか? いやあ、私は人間だから俄(にわ)かには信じられんのだが…」
『元人間の僕が云ってるんですから信じて下さいよ』
「そうだな。ポカは、やったが、元キャリア組の君が云うんだから、まったくの眉唾(まゆつば)でもあるまい」
『そりゃ、そうですよ』
 幽霊平林は陰気に笑いながら胸を張った。
「まあ、とにかくやってみるか。んっ? …で、何をやるんだ?」
『そうですよね。コレッ! っていう社会悪なんか、大手を振って歩いてませんよ。そういうのって、闇に、蔓延(はびこ)るんでしょ?』
「世間じゃ、そう云うな。私なんかの小者にゃ関係ない世界だ」
『だったら、やりようがないですよね』
「ああ…、弱ったな。そこんとこが分からんと…。何か、いい手立てはないか、君」


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連載小説 幽霊パッション 第二章 (第六十三回)

2011年11月06日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第二章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
    
第六十三回
『そうよのう。…まずは馴れずばなるまい。社会悪と霊界司様の仰せなれど、儂(わし)にも、ちと目星がつけられん。それに、規模としての問題もある。世界全体、日本、いや、住まいする地方とは、まったく違うでのう。加えて、社会悪の質にもよる。微々たる事柄から私利私欲を肥やす大悪まで、さまざまじゃからのう…』
『そうなのです。目安が立てられません』
『まあ、そう心を悩ますほどのことはあるまい。まずは、目先の小事より始めてみては、どうじゃ? 儂もまた、霊界司様に訊(き)いておこう』
『はい、そう致すでございましょう。よろしくお願い致します』
『それではのう…』
 光輪は、たちまち消え失せ、辺りは飛び交う御霊(みたま)と幽霊平林がスゥ~っと漂う姿だけとなっていた。
 あっ! 課長を待たせていたぞ…と幽霊平林が気づいたのは、それから五分後である。彼には、こんなうっかりする、ぞんざいな一面があった。
『課長! 戻りました』
 幽霊平林が上山の家へ戻ると、すでに朝食後の上山がキッチンで食器を洗っているところだった。
「ああ…、もう、そろそろ、かと思ってたが…」
 上山は蛇口のコックを押さえながら、そう云った。勢いよく流れ出ていた水が、ピタリと止まった。
『今度は、しっかり訊いてきましたよ』
「そら、そうだろう。途中で用件を忘れれば、間違いなくボケ老人だ。それで、どうだった?」
『はい、霊界番人様の仰せでは、課長の好きにせよ、とのことでした』
「えっ? なんだって?! 偉く淡白な返答じゃないか」
『そうなんですよ。僕も、それでいいのか? と思いましたので、も一度、訊いたんですがね』
「やっぱり、好きにしろ、ってか?」
『ええ。…僕とコンビを組んで社会悪をなくすのに支障となるようなら会社を辞めればいいし、二股が可能なら、今までどおりでいいだろう、ってことだと…』


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連載小説 幽霊パッション 第二章 (第六十二回)

2011年11月05日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第二章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                
    
第六十二回
『恐れ入ります…』
『で、何用じゃ?』
『はい、実は人間界におります私の上司のことにつきまして…』
『おお、いつぞや申しておった者のことか。その方の姿が見えるという者のことじゃな?』
『はい、左様(さよう)で…』
『その者が、いかが致した?』
『はい。その上司に訊(たず)ねてくれ、と頼まれたことがございまして…』
『ほう、何をじゃ?』
『はい。二人で正義の味方を、いえ…、世の社会悪を滅せよ、とのことでございましたが…』
『ふむ、確かにそう申したな。それが?』
『僕、いえ、私めは、よろしいのですが、上司は人間界の者でございますので、会社の勤めもあるようでして…』
『なるほど…。その者の今後の生活か?』
『はい、左様で…』
『そのようなことか。ははは…、好きにするがよかろう、と申せばよい』
『と、申しますと?』
『勤めが負担とならば、やめればよかろう。勤まるようならば、そのままでのう…』
『あのう…随分、ファジーでございますが…』
『ははは…、ファジーとのう。まあ、そんなもんじゃ、すべてが』
 霊界番人は幽霊平林の言葉を一笑に付(ふ)した。
『では、上司にはそのように伝えます』
『おお、そう致せ。自分が思うままに、とのう』
『あのう…』
『なんじゃ? まだ何かあるのか?』
『この私めは、まず何をしたらよいのやら、見当もつかないのでございますが…』


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連載小説 幽霊パッション 第二章 (第六十一回)

2011年11月04日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第二章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                
    
第六十一回
『来ましたよ! 課長』
「見りゃ分かるさ…。で、訊(き)いてくれたか?」
『あっ! うっかりしてました!』
「なにやってんだよ! それが目的だろ。訊いてくれないと私の動きようがない。会社のこともあるしな」
『すみません! さっそく戻って訊いてきます』
「ああ…。今日は日曜だし、ずっと家にいるから、出来るだけ早く頼むよ」
『はい!』
 幽霊平林はペコリと頭を下げると、いつものようにスゥ~っと格好よく消えた。
「あいつは、いつも格好よさだけは一人前だな…」
 上山は幽霊平林が消えた瞬間、嫌味をひと言、云った。
 こちらは霊界である。戻ったのはいいが、幽霊平林は苦慮していた。と、いうのも、霊界番人を呼び出す方法がないことに気づいたからだった。霊界番人が現れるのは、いつも一方的で、かつて幽霊平林から霊界番人を呼び出したことがなかったのだ。加えて、呼び出せる手段や方法もまだ訊けないでいた。そうと分かった幽霊平林は深く項垂(うなだ)れていた。上手くしたもので、項垂れたとき、胸元に挟んだ如意の筆が、ふと目に入った。瞬時に、これだ! と閃(ひらめ)き、幽霊平林は、さっと如意の筆を手にすると、心で霊界番人に会えるよう念じながら軽く一、二度、振ってみた。すると、たちまちにして上方より光が射し、光輪が幽霊平林の前へ現れた。
『なんじゃ! 急に呼びよって。いかが致した? …おお、そなたは!』
『はい。以前、霊界番人様に、この筆を賜(たまわ)った者でございます』
『ああ…、それは憶えておる。というか、もっか最大の関心事ゆえのう。霊界司様にも日々、きつう云われておる。じゃから、忘れようにも忘れられんわ』
 そう云うと、霊界番人は豪快に笑い飛ばした。


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連載小説 幽霊パッション 第二章 (第六十回)

2011年11月03日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第二章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 
    
第六十回
「まあ、とにかく、私も正義の味方として華々しくデビューすることになるんだろうな、ははは…」
 気分がよくなったのか、上山は賑(にぎ)やかに笑った。
『そんな格好いいもんじゃないと思うんですが、僕は…』
「どうして?」
『どうしてって、昔から正義の味方ってのは、蔭(かげ)の立役者じゃないですか』
「んっ? ああ、まあなあ。それはそうだが…。正義の味方が、私が正義の味方の○○です! とは云わんわなあ…」
『ええ、そうでしょ?』
 夕食のことも忘れ、上山は幽霊平林と語り合った。辺りは完璧に夜になっていた。
「おお、もうこんな時間か…」
 腕を見て、上山が唐突に、ひとりごちた。
『すみません、長居しました。次は日曜の朝にでも寄らせてもらいます。今日は遅いですから、この辺で…。また、手を回して呼んで下さい。課長の訊(き)いてられたことですが、霊界番人様に云ってみます。それじゃ…』
「あっ! …」
 そんなつもりで腕を見た訳ではなかった上山が、そう発したとき、幽霊平林の姿は跡形もなく消えていた。
 次の日曜の朝である。この辺りから上山の身に新たな展開が始まろうとは、周囲の者ばかりか、本人自身もまったく想定していなかった。もちろんそれは朝、幽霊平林に出会ってからのことである。彼は洗顔中の上山が、ふと鏡に映る自分の姿を垣間(かいま)見たとき、その背後にスゥ~っと躍り出た。それは、上山が歯ブラシを洗い終え、ふと無意識に手をグルリと回したときだった。


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連載小説 幽霊パッション 第二章 (第五十九回)

2011年11月02日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第二章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 
    
第五十九回
『はい。この前、お話した社会悪を滅ぼす、という意味を訊(たず)ねた、という訳です』
「ああ…二人で決めた(2)のやつだな。(1)は私とマヨネーズだったが、…まあ、このざまだ。君はよく見える」
『いえ、そう云わないで下さいよ。僕としては、お蔭で課長と正義の味方ってことですから…』
「えっ? どういうことだい?」
『だから、(2)なんですよ』
「ああ、そうだった。(2)を聞かんとな」
『霊界番人様の申されるには、この人間界にのさばる社会悪の退治だとか…』
「ほう、社会悪な。そうは云っても、具体的にはどういうことだ?」
『そうでした。それも訊(たず)ねましたが、心が荒(すさ)んだ結果、起こっている犯罪とかです』
「でもなあ…。そんなのは一杯、あるぜ」
『だから、この如意の筆を示して振れ、と申されました。如意の筆ですが…、これを示して言葉を念じればその物が、黙って振れば地球上のその悪事が、たちまち消滅するということです』
「まるで魔法じゃないか」
『ええ、なんだか魔術師のようなことらしいです』
「それに、私が?」
『はい』
「会社は、どうするんだ? 金がないと食ってけないぞ。それに、生活もな」
『そこら辺のことは生憎(あいにく)、訊(き)いておりません』
「それが大事なんじゃないか。そんなボランティアみたいなことは、生活にゆとりがある人のやるこったろ?」
『すみません…』
「なにも、君が謝るこっちゃないが…。それ訊いておいてくれよ」
『はい…』
 幽霊平林は素直に頷(うなず)いた。


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連載小説 幽霊パッション 第二章 (第五十八回)

2011年11月01日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第二章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                  
    
第五十八回
中位相処理されたマヨネーズ効果で、有難いことに完璧に元の状態に戻っている幽霊平林だった。
 さて、時間経過が分かると、次に幽霊平林は霊界番人の話を上山に伝えるタイミングを探った。上山に呼び出されず、こちらから現れるとなると、上山に迷惑がかからないよう配慮せねばならない。よく考えれば、こちらから人間界へ現れること自体が約束違反なのだから、せめて迷惑に考慮することぐらいは必要に思えた。
━ そろそろ、課長、戻る頃だな… ━ と、瓶(かめ)の水量から計算した幽霊平林は、人間界へと消えた。
 こちらは会社が終わり、ようやく家へ辿り着いた上山である。玄関ドアのノブを上山が回そうとしたとき、スゥ~っといつもの格好よさで幽霊平林が現われた。
『やあ、課長!』
「やあ、課長はないだろうが、君!」
 上山は突然、現れた幽霊平林に少し腹が立ったのか、怒り口調でそう云った。
『あっ! どうもすいません。今日は、お約束を無視して、こちらから現れました…』
 上山は平謝りでそう云った。
『おお、まあそれはいいさ。まっ、中で話そうや。誰ぞに聞かれりゃ変だろ?』
『はい。…じゃあ』
 幽霊平林は、スゥ~っと外壁を透過して中へと入った。このパターンも、すでに馴れた上山である。当然、幽霊平林は入ったものと想定して、一人帰ったときと変わらず、ドアを閉じて靴を脱ぐと上がった。もちろん想定通り、幽霊平林は透過して入り、居間でプカリプカリと漂っていた。
「それで、勝手に現れたことは、よほどなんだろうな、君?」
『ええ、課長、そりゃもう…。実は霊界番人様のお言葉を伝えるためなんです。って、霊界司様のお言葉でもあるんですが…』
「勿体(もったい)ぶらないで、早く云いなよ」


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