生きる力になれば

ペンネーム良寛地蔵。70代のブログです。言葉で生きる力になればと綴って15年が過ぎました。

人生の道

2020-10-18 04:34:30 | 日々の暮らし

その時は険しい山と思った。
振り返るとそれほどの山ではなかった。
激流に溺れかけた事があった。
振り返るとそれほどの流れではなかった。
いくつものでこぼこ道を歩んだ。
振り返るとそれは普通のへいたんな道だった。
私はまだまだの道しか歩んでいなかった。
私は強くなっていた。

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成功の門

2020-10-18 04:34:30 | 日々の暮らし

『忍の一字は
 衆妙の門(しゅうみょうのもん)』
 
忍耐はあらゆる道理の
 成功の門という意味。
 
嫌なこと、悲しいこと、辛いこと、悔しいことなどたくさんあるのが人生です。
 しかし、これらを乗り切る根本は忍耐しかない。そういう諺です。
今悩んでいる貴方に捧げます。
 道は必ず開けます。
 

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パワハラ

2020-10-17 03:27:08 | 日々の暮らし
新メンバーの中に初めてパワハラにあって苦しんでいると投稿がありました。
私はたくさんのパワハラ体験しています。
高校1年の時の話です。
日本で有数の陸上王国でした。1年生100人いた部員が最後は5人になりました。パワハラでみんなやめたり、転校していきました。
卒業する四年生の会計責任者がそっと近づいてきて言いました。お前には悪いことした。自分が担当の日、みんなを殴る勇気がないから、代表責任として私を前に出して殴った。お前には何の罪もないのに。許してくれと言った。私は目が熱くなりました。社会人になっても、私は殴られやすい、へこたれない、やめない、怨まないと感じたからか良くパワハラにあっていました。その体験からか、後輩には優しくなれました。
「あなたがたは、世にあっては患難(かんなん)があります。
しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」
(聖書ヨハネ16.33)
私も思います。
神はいる。患難は金を出しても買いなさい。自分を磨く為なのだ。あなたは世界に届く風なのだ。
一緒に世に勝とう!
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思いやりの愛

2020-10-16 03:46:00 | 日々の暮らし

「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。
私は正しい人を招くためではなく、罪人(つみびと)を招くために来たのです。」
(聖書マタイ9-13)

イエスは軽蔑されていた「罪人」と食事を共にし親しくしていました。それを批判する人たちに形式にしばられて生きるのではなく、ほかの人に対する愛をもって生きなさいといいました。


ここで思い出したのが日本の仏教の僧侶「良寛」です。
 ある町に入り、遊郭(ゆうかく)の前を通り過ぎた。
 その時、一人の遊女が良寛の袖を引き泣き出した。
 良寛は訳が分からなかったが黙って立ち続けた。
 そして、声をかけました。
「何があったのか、どうして泣いているのか?」と。
 彼女はその訳を話します。
 「わたしは幼い頃に事情があって、生まれ故郷を離れ遊郭(体を売る所)に暮らすようになったのです。
 父母の姿がどのようであったか覚えていないけれど、お父さんお母さんを慕う気持ちが強くて、とても会いたいと思っていました。
 昨夜父が会いに来てくれる夢をみました。
 そして、今あなたを見て、お父さんに違いないと思ったのです。」
 良寛は彼女の涙をそっとぬぐってあげ、その手を取って優しく話しかけた。
 「今はたくさん泣いてもいい。でもまた元気を出しなさい。
今までつらい事にも、たくさん耐えてきたね」遊女は良寛の言葉に聞き入ります。
 「仏様の教えは、このように説かれているのだよ。
今つらいことや耐えがたいことに耐えている人には、やがてその百倍も千倍もの良いものが与えられると。
 仏様の真の教えというものは、つらい事に良く耐えて、その命を精一杯生き抜いた人を決して裏切ることはない。」彼女の顔には、かすかなほほ笑みと安堵の色が浮かびました。
 「元気でいれば、その内またきっと会えることだろう。だから、つらい時にもくじけないように勇気を出して、生きていくんだよ」
そのあと、良寛は遊女とおはじきをして戯れていた。
 それが、僧侶の身であるまじき事と非難を受けたが、良寛は「遊女もこの世を生きている人間、自分もまったくそれと同じこの世を生きている人間である。」と答えたといいます。
神が求めるのは苦しむ人と共に苦しみ、彼女らと同じに見られることを惜しまない深い思いやりの愛なのです。
イエスの言葉、良寛の言葉を心に刻んでいます。
      

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秋の暮れ

2020-10-15 03:32:31 | 日々の暮らし

秋の夜は古典が似合う。
私の行く道を思う時、
二人の秋の旅人をいつも思う。
「これがまあ
ついの栖(すみか)か
雪五尺」
(小林一茶)

これがまあ、私が
生涯を終える所なのか
雪が五尺(約151セン
チ)も積もっているこのふるさとが。
一茶が定住を決意し、
信濃の国へ帰郷した時の作。

「この道や
行く人なしに
秋の暮れ」
(松尾芭蕉)

どこまでも続く一筋の
この道を、ともに行く
人もなくただ一人で
旅をしていく。
寂しく暮れていく秋の
夕闇の中を。

この二人の作を思うと
私の書にもその気持ち
がのるものだなあと
感じています。
私ももうすぐ一人旅に出ようと思うから。
(外国の方は理解が難しいかも知れませんね。ごめんなさい(>_<))

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