先日の拙稿 「小川さゆり」は存在しない こちら に続いて第二弾。
家庭連合の元二世信者で「鈴木みらい」って偽名(顔出しはしていない)のアラフォー女性がいまして、以下のような方:
- 26歳までバリ教(熱心な信者)
- 一流大学を出て
- 合同結婚式で結婚して
- 子どもがいて
- でも離婚して
- 安倍暗殺事件後、親が1億円以上献金してたことを知り
- 親は半分返してもらった
- 親はこれ以上返してほしいと思っていない
- でも鈴木みらいは「もう半分返せ! 返さないなら解散!」的に騒いでいらっしゃる。
このみらい氏に近い方から、「みらいは嘘八百言ってます、ヒドい」的に連絡を受けて、こういう「被害偽装2世」は困るなぁと思っている。
端的に、法的に、言います。
反対尋問を受けないと、事実とは認められない。
世界の民事裁判、いや刑事もそうですね、一方当事者が「あのとき、こうしました」って言い募っても、法廷で反対尋問を受けないと、信用されない。
「言いっ放し」発言の信用性は、ない。
反対尋問を受けてもまだそう言い切れるのか。反対証拠を突きつけられたときにどんな表情、声色、セリフを吐くのか。コミュニケーションラグ(問いから回答までの時間)がどれくらいあるのか。目線はどこを向いているのか。
そういうリアクションを反対尋問でつぶさに見て、はじめて「うん、此奴の言うことは信用できそうだ」とか、「あ、やばいね、こりやーウソっぽいね」とかが、分かる。
それくらい、法律の世界では、反対尋問ってのは重要。
しかし。
偽名人の言うことは、何も反対尋問に晒すことができない。反対尋問という過程を経ることができない。反対尋問という試練に耐えることができない。
鈴木みらいのように、偽名・顔バレなしで活動しているってことは、身バレが怖いってこと。プライバシーを尊重しているということ。
だから、「◯年◯月◯日、△△という場所で、□□氏に、このように言われました」みたいな、日付・場所・会話相手が特定できる情報を、絶対に流さない。
言えるとして、「私も**頃に教会幹部にこう言われました」的の、うっすい、日時場所・相手方が特定できないことしか言わない。言えない。
だから、反対尋問に晒すことができない。言いっ放し。
こういう、「日時と場所を特定できない言動」は、裁判では、信用性、ゼロ。
例えば日本の民事裁判では、反対尋問を受ける前に、必ず陳述書を作成して提出します。そこで大事なのは、5W1Hつまり「いつ、どこで、誰と、どのように、なぜ」のうちの、3W:「いつ、どこで、誰と」です。
この「いつ、どこで、誰と」が書かれていない事実は、見るだけで、そういう陳述書を読むだけで、「あぁ、嘘だな」って分かる。
それが法律のプロがやっている判断です。それがないと反対尋問に耐えることができないのです。
鈴木みらいのような「顔バレなき偽名人」が言うことは、常に、この「いつ、どこで、誰と」の情報がない。
みらい氏のX(Twitter)でのポストも、全部はもちろんみていませんが、ほとんど「いつ、どこで、だれと」がない。
ウソなんでしょう。法律的にはそう高度に推認されます。
だから、「鈴木みらい」が言っていることは、すっごい眉唾。実際、私がみらい氏周辺から訊いた情報と合わせても、みらい氏が話を捏造しているようなところはたくさんある。
だから、鈴木みらい(本名を甲野花子とします)は、存在しない。
甲野花子が作り上げてきた鈴木みらいは、存在しない。
甲野花子が世間にアピールしようと思っていた「鈴木みらい」の言動は、何一つ、反対尋問を経ることができない。高度に虚偽だと推認される、言いっ放し。放言。
今後、「顔バレなき偽名人」は、たくさん出てくる。そういう人の言うことを、どこまで信じるべきか。
「鈴木みらい」その人だけではなく、こういう「顔を出さない偽名人」の言うことがどれくらい信頼に値するか、という広い、普遍的な、問題です。