昨日の朝刊社会面に『事故のない世祈り灯籠流し日航機墜落27年』これが新聞の見出し、しかしロンドンオリンピック・夏の高校野球・混迷し続ける政争・近隣との領土問題など世の中は相変わらず騒がしい。
社会面での扱いが小さくなろうが昨年11月、26年目にして初めて足を運んだ『御巣鷹の尾根』今年も身体が許す限りお参りしたいと思っています。
昨年は事故の規模・事故現場が群馬県・実家に比較的近いなど軽い気持ち(ハイキング気分)で出かけました。
しかし駐車場から沢すじの道に一歩踏み込んだ途端に浮いた気分は吹き飛び、大きな声で話すことさえはばかられる様な気分になりました。
予備知識もなっかたので整備された山道を登り【昇魂の碑】や犠牲者の御霊を祀った品々?を眺め事故当時の現地の困難な救助・回収作業に思いをめぐらし歩き回りました。
帰途何故か後ろ髪を引かれる思いが強く、何時かお線香など用意しお参りに来たいものと言う思いがつのり、帰宅後情報収集。
そして山崎豊子さんの小説から入り二度ほど読み(一度目は興味のままに一気読み、二度目は登場人物の相関関係などをメモりながら)、次に当時の新聞や雑誌の情報、そしてインターネットを活用、勉強になりました(でも頭にはほとんど残ってはいません)。
残っているのは本立ての端っこのA4封筒(この中の鉛筆書きとパソコンメモ)だけ。
先日実家に帰省したとき新聞で事故当時、高崎署刑事官?で事故の身元確認の責任者だった飯塚さんの新刊発行の記事を発見。
その中で既発行の『墜落遺体』などの存在を知り、早速我がまち市立図書館の蔵書検索をゲット。
と、言うことで洗濯物を干し終えた午前9時半過ぎ、南から北に風が抜けそのえ玄関(西)からの涼風が進入してくる居間の端っこにレジャーシートを敷き腰を据え。
『墜落遺体』の一気読みに挑戦、土地勘は有るが警察組織は疎くチンプンカンプン、表現されるバラバラになった身体の各部位や身元確認に役立ったとされる歯牙の名称などは詳しく理解できなかったが雰囲気で読み進む。
あっと言うまにお昼のチャイム?仕度は面倒だが食べないわけにはゆかない、仕方がないので薩摩芋と馬鈴薯を茹でることに。
(13時半我慢ならずに洗ってセット、ハイ10分ちょっとで茹であがり・冷めるまで待って、薩摩芋は甘くて美味しいがジャガイモは大きすぎて少し硬いがマ~食べられないほどではナ~イ)⇒小生終戦直前生まれではあるが薩摩芋、馬鈴薯、カボチャの類は育ち盛りから現在まで大好物。
食後は読書開始とともにすっかり気持ちが良くなってしまいモ~ウ読書どころでは無くなってしまいました。
気分転換と運動を兼ね観音崎公園へウォーキング所持品はデジカメ・自家製補水液・僅かな金銭・身元確認書。
ところが15分ほど歩くと何故か胸に違和感、ちょっとだけ苦しいような気分、暑さの折り年寄りの冷や水って言われないように大幅にペースダウン。
私の体調とはまったく関係なく日曜日の海は大盛況でした、一方花の広場は当然人っ子ひとり見えませんでした。
喘ぎ喘ぎ帰宅、今年最初のトマト美味しそうでしょう、我が家のトマトは主人と一緒でおくてなのでしょう、これからが収穫期です。
そんなわけで夕食も手抜き料理、簡単カレー(でも決してボンカレーなんかではありません)、食前酒は心臓によいと言われる赤ワイン少々。
結局『墜落遺体』の一気読みは今日(月曜日)の16時に完了、何となく全体のイメージはつかめましたが、詳しいことはまだまだ。
遺体の詳細や検屍中の悪環境(冷房なしの密閉された真夏の体育館線香と腐臭)など気の弱い人にはお勧めできません。
しかし読んでいるうちに目頭が熱くなったり胸にこみ上げるモノを抑えることが出来なくなってしまいました(歳のせいか涙もろくなってしまったようです「おお恥ずかしい」)。
明日から閑をみけメモ読みをし11月の尾根参りの準備などゆ~っくり時間をかけてやってみますか(すべて健康のためと思ってネ)。
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