極秘
憲高秘第九〇四號
五月事件ニ關スル件報告(通牒)
昭和七年五月二十日 憲兵司令官 秦眞次
首題ノ件別册報告(通牒)ス
追而本件ハ豫審ニ属スル事項ナルヲ以テ嚴秘ノ取扱相成度
發送先
陸軍大臣、陸軍次官、人事局長
法務局長 軍事課長 兵務課長
調査班長
参謀總長、参謀次長
教育總監 教育總監部本部長
侍從武官長、
朝鮮隊司令官、各隊長(除東京隊長)
上海憲兵隊長、支那憲兵長、
五月事件概況
概説
一、関係者
1、軍関係者
海軍将校 六(在郷ヲ含ム)
陸軍士官候補生 一一
元士官候補生 一
計 一八
2、其他
常人関係ノ別動隊農民決死隊アリ
二、主謀者
主謀者ト称スヘキモノナカリシカ如キモ古賀、中村ノ両海軍中尉主トシテ計画セリ
三、原因動機
現在ノ行詰レル時局ヲ根本的ニ打開シ國家社會ノ改造ヲ圖ルニハ直接行動ニ依リ其原因ヲ排除スルノ外ナシトスルニ依ル
四、同志結合ノ狀況
大川周明、北一輝、権藤成郷、安岡正篤等ノ社會改造思想ニ共鳴セル青年海軍將校及陸軍士官候補生トカ合流セシモノナリ
五、準備行動
1、本年二、三月頃ヨリ準備ヲ初メ概ネ四月二十日頃決行スヘキコトニ決定セルカ如シ
2、五月十五日午後五時集合同五時三十分決行スルコトヽシ 左ノ通リ編成ス一組
組 集合場所 目標 人員
第一組 靖國神社 首相官邸 三上中尉以下九名
第二組 泉岳寺 牧野内府官邸 古賀中尉以下五名
第三組 新橋駅 政友會本部 中村中尉以下四名
第四組 三井三菱銀行中ソノ一 奥田秀夫
農民決死隊 東京市内変電所
右終ッテ全部警視廳ヲ襲撃シ共ニ憲兵隊ニ自首ス
3、兇器
手榴弾、拳銃、同實包ハ上海ヨリ取寄セ 短刀ハ 東京市内ニ於テ準備ス、
六、實行運動
五月十五日豫定ノ如ク
1、第一組ハ首相官邸ヲ襲撃シ一部ハ直チニ自首シ
一部ハ警視廳及日本銀行ヲ襲撃ス
2、第二組ハ牧野内府邸及警視廳ヲ襲撃ス
3、第三組ハ政友會本部及警視廳ヲ襲撃ス
右各組共ニ手榴彈及拳銃ヲ使用シ終テ全部東京憲兵隊ニ自首ス、
七、處置
憲兵ハ直ニ取調檢證ニ着手シ陸軍関係ハ五月十七日第一師団軍法會議ニ、海軍関係ハ五月十八日東京軍法會議ニ送致ス、
第一、関係者
一、本件實行者
二、容疑人物
三、知人関係
第二、原因動機
一、原因動機
1、現在ノ行詰レル時局ヲ根本的ニ打開スルニハ既成政党財閥官憲ノ壓迫等ヲ排撃スルノ要アリ之カ為ニ直接行動ニ出テ捨石トナラハ之ヲ導火線トシテ何等カノ問題ヲ惹起スルニ至ラント思料セルニ因ル
二、主張
第三、準備行動
一、主義系統
1、本件関係者ハ何レモ天皇中心主義君民一体主義ヲ奉シ現在ノ國家社會カ君民ノ間ニ介在スル中間分子ノ為ニ蠧毒ヲ受ケ凡ユル方面ニ行詰リヲ生シコノ儘推移センカ國滅亡ノ外ナキヲ以テ之等中間分子ヲ排除シ國家ノ改造昭和維新ヲ期待シアリ
彼等ノ愛讀書ハ左記ノ如クニシテソノ主義思想系統ヲ窺知セラル可ク大川周明、北一輝、安岡正篤、権藤成郷等トノ往來又ハ彼等ノ圖書ニ依リ感化ヲ受ケシコト多キヲ見ル
左記
自治民範(権藤成郷) 國体宗教批判
日本改造法案 唯物論經濟史
農村學 レーニン主義十二講
支那革命外史 マルクスエンゲルス全集 第一巻
國体認識學 ボルシェヴィキズム研究
レーニン 純粹國家社會主義
経濟學 社会ファシズム論
日本文化史概論 日本的實行(大川周明)
改造(雑誌) 純正社會主義と國体論
社會文化史の研究 正義と自由
マルクス主義経済學 労働と資本(河上肇)
日本精神の研究 改造法案(北一輝)
日本國体の研究(田中知学) 國体學概論(里見岸雄)
國体論の一部(北一輝)
五月事件發生系統圖
二、同志結合ノ狀況
陸海軍々人及在郷將校ノ結合合流スルニ至リシ経緯左ノ如シ
(一)海軍側
1、山岸中尉外数名ノ海軍將校ハ昭和三年一月二十日頃横須賀市平坂上ノ浜中尉ノ下宿ニ於テ井上日昭ト會見シ徹夜國家ニ関シ論シタル事アリ
山岸中尉ハ爾來國家ノ建直ニハ中間権力者ヲ實力ヲ以テ排除スルノ外ナシト決意セリ
當時ハ井上日昭カ指導者ノ立場ニアリ上海ニテ戰死セシ故藤井少佐カ海軍関係ノ同志ヲ統制シ山岸カ井上ト藤井トノ間ノ連絡ヲ担任シアリ
當時ノ第一線的人物ハ左ノ七名ナリ
故藤井少佐 古賀中尉(霞ヶ浦)
三上中尉(呉、鎭) 村山少尉(横、鎮)
伊藤少尉(佐、鎮) 大庭少尉(佐、鎮)
山岸中尉
三、決行ニ至ル経過
1、本年三月ニ十七日牛込區市ヶ谷仲野町一、六三省舎ニ於テ古賀中尉ハ坂本ト會見シ
「實行方法トシテハ首相官邸及牧野内府邸、政友會本部、民政党本部、工業クラブ、華族會舘ノ六ヶ所ヲ手榴彈及ヒ拳銃ヲ以テ襲撃シ然ル後憲兵隊ニ自首スル豫定ナルヲ以テ其覺悟ニテアルヘシ」
ト語リタルヲ以テ坂本ハ皈校後營庭ニ於テ後藤、篠原ニ迄ヲ告ケ他ニ傳達ヲ依頼セリ
2、三月二十八、九日頃府下大久保百人町新大久保駅附近空家(歩三、安藤中尉名義ニテ借用シ池松ト渋谷某カ引越ス予定ナリシ家)ニ於テ中村中尉、古賀中尉及本件関係候補生全部會合シ協議シタルカ古賀中尉ヨリ
我々國民ノ前衞トシテ犠牲トナッテ為サネハナラナイ時テアル諸君モ我々ト行動ヲ共ニスルカ
トノ問アリ候補生一同應諾セリ古賀中尉ハ更ニ
實行方法ノ目標トシテハ首相、内大臣、政党財閥等ヲ擧ケ武器ハ總テ海軍ニ於テ準備スル詳細後日決定スルコト
等ニ就キ説明シ散會セリ
四、不穏行動ノ計画
1、今回ノ事件ハ主トシテ古賀中尉中村中尉ノ計画セシモノニシテ最初ノ予定計画別表ノ如クニシテ古賀ハ別表(現物ヨリ整理記載セルモノ)及目標要圖警戒狀況等記載ノ別紙ヲ常ニ携帯シ指揮シ居タルモノナリト
2、最後ノ計画ハ五月十五日午後五時頃各集合所ニ集合シ同五時三十分目標個所ヲ襲撃シ次テ全部合流シ警視廳ヲ襲撃シ終ッテ東京憲兵隊ニ自首スルコト等ヲ規定シアルカ其ノ組織左ノ如シ
〔表省略〕
附記
一、初メハ二月十一日決行ノ予定ナリシ如ク申立ツルモノアリ
二、本年二、三月頃ハ共産党一味モ射殺計画ナリシカ如シ
三、第二次ノ計画ハナカリシカ如シ
五、資金
第四 不穏行動實行ノ概要
一、行動ノ概要
二、被害ノ狀況
第五 兇器ニ関スル事項
一、兇器ノ種類及員数
1、本件實行ノ為準備セル兇器等ノ種類員数等左ノ如シ
種類 員数 備考
拳銃 一四
手榴彈 二一
拳銃實包 約二七〇?
短刀 七 他ニアリシカ如シ
2、押収セシ兵器別表ノ如シ
二、兇器ノ出所
第六 憲兵ノ處置
一、取調検證
ニ、事件送致
第七 関係事項
一、西田税狙撃事件
1、殺害セントスルノ原因
西田税ヲ殺害スヘキ原因ハ
一、十月以来西田カブローカー的人物ナルコトヲ認メラレタルニ因ルコト
二、純情ナル靑年將校カ斯ル人間ニ操縦サレツヽアルコトハ國家ノ為最モ遺憾トスル所ナルヲ認メタルニ因ルコト
三、大事決行立案當時彼ノ力ニ依リ在京靑年將校ヲ主体トシ事ヲ起サントシ彼ニ遠カラス或事ヲ決行スヘキ旨頼ミタル處彼ハ其後我々ノ行 ヲ邪魔スル如ク判断セラルヽニ因ル、
2、狙撃狀況
全日本愛國者共同闘争協議會員川崎長丸ハ後藤ノ手ヲ経テ古賀中尉ヨリ拳銃ヲ受取リ五月十五日午後五時三十分頃、府下代々幡町代々木山谷一四四 西田税ヲ洋間二階應接室ニ於テ双方ヨリ二、三問答ノ後川崎ハ携帯セル拳銃ヲ以テ西田ヲ狙撃シ(六發)西田ノ腹胸数ヶ所ニ命中致命的傷害ヲ與ヘ川崎ハ逃走セリ