即ち出雲国に入り坐して、其の【出雲建(いづもたける)】を殺さむと欲(おも)ほして、到ります即ち結友(うるはしみ)したまひき
故、窃(ひそか)に【赤(い)ちひ】もちて【詐(いつは)りの刀(たち)】を作り、【御はかし】と為(し)て、共に【肥河】に【沐(かはあみ)】したまひき
ここに倭建命、河より先に上がりまして、出雲建の解き置ける横刀(たち)を取りはきて「【刀易為(たちかへせ)む】」とのりたまひき
故、後に出雲建、河より上がりて、倭建命の詐の刀をはきき。ここに倭建命、「いざ【刀合(たちあ)はさむ】」と【あとらへて】、のりたまひき
ここに各(おのもおのも)其の刀を抜く時、出雲建、詐の刀を得抜かざりき。即ち倭建命、其の刀を抜きて、出雲建を打ち殺したまひき
ここに御歌のりたまはく
「【やつめさす】
出雲建が
はける刀
【黒葛多巻(つづらはさま)き】
【さ身無し】に
【あはれ】」
と、うたひたまひき
故、かくはらひ治めて、参上(まいのぼ)り覆奏(かへりごとまを)したまひき
★出雲建(いづもたける)
出雲の勇猛な首長
★結友(うるはしみ)
親しみ愛する友と交わること
★赤(い)ちひ
※いちひがしの略
※木刀に使う
★詐(いつはり)の刀(たち)
木刀
★御はかし
貴人の帯刀
★肥河
今の斐伊川
★沐(かはあみ)
川で水を浴びる、体を洗い清める
★刀易為(たちかへせ)む
刀を交換すること
刀合わせの意味も含まれる
★刀合はさむ
試合をする
武技を競う
★あとらへて
誘う
挑戦する
★やつめさす
出雲の枕詞
★黒葛多巻(つづらはさま)き
※つづら→蔓性植物。籠を編んだり、弓や槍の柄に巻いて、補強や装飾に用いられる
※立派な刀装
★さ身なし
刀身がない
★あはれ
ああ、おかしい
気味がいい
■上京の途中、倭建命は出雲国に入ってその国の首長・出雲建を殺そうと思い、その家に到着すると、すぐ親しい友として交わった
そして、こっそり偽の太刀を作りそれを帯刀として身につけて、出雲建と一緒に肥河に出かけて水浴した
倭建命は川から先にあがって、出雲建が解いていた本物の太刀を取って腰につけ「太刀を交換しよう」と言った
すると出雲建は川から上がってきて、倭建命の偽物の太刀を腰につけた
この好機をのがさず倭建命は「さあ、試合をしよう」と挑戦して言った。そこでめいめいが太刀を抜く時、出雲建の方は偽の木刀ゆえ抜くことができなかった
一方、倭建命はその刀を抜いて、出雲建を打ち殺した
この時の歌
「やつめさす
出雲建が腰につけていた太刀は、その鞘(さや)につづらをたくさん巻いて立派だが、中身の刀身が無くて、ああおかしい」
と歌った
このように服従しない者を平らげて都に帰還し、復命されたのである