天皇、其の家を問はしめてのりたまはく「其の堅魚を上げて舎を作れるのは誰が家ぞ」とのりたまへば、答へてまをさく「【志畿(しき)の大県主(おほあがたぬし)】の家なり」とまをしき
ここに天皇のりたまはく
「【奴(やっこ)や】、己が家を天皇の御舎(みあらか)に似せて造れり」
とのりたまひて、即ち人を遣はして、其の家を焼かしめたまふ時、其の大県主、おぢ畏(かしこ)みて、【稽首(のみ)】まをさく
「【奴】に有れば、奴のままに覚らずて過ち作れり。甚畏(いとかしこ)し。故、のみの御幣(みまひ)の物を献(たてまつ)らむ」とまをして、布を白き犬にかけ、鈴をつけて、己が族(うがら)名は腰佩(こしはき)といふ人に、犬の縄を取らしめて献上(たてまつ)りき
故、其の火をつくるこてを止めしめたまひき
★志幾(しき)の大県主(おおあがたぬし)
※河内国志紀郡(大阪府柏原市付近)の豪族
★奴(やっこ)や
相手をののしった語
★稽首(のみ)
頭を下げて願い頼む
★奴(やっこ)
下僕
卑しい者
■天皇はその家について供の者に尋ねさせて、「その堅魚木を屋根に上げて家を造っているのは誰の家だった」と聞かれた
供の者は答えて「あれは志幾の大県主(おおあがたぬし)の家でございます」と申し上げた
天皇は「あいつめ、自分の家を天皇の宮殿に似せて造っている」と言われ、人を遣わしてその家を焼かせようとした時、その大県主は恐れ畏んで許しを乞うて
「私は卑しい奴(やっこ)ですので、気づかないで誤って造ってしまいました。まとこに恐れ多いことをしてしまいました。それで許しを願うしるしの献上物を差し上げます」と申し上げて
布を白い犬にかけ、それに鈴をつけて、同族の腰佩(こしはき)という者に犬の縄を取らせて献上した
それで天皇にその家に火をつけることをやめさせられた