故、【火焼(ひたき)の小子二口(わらはふたり)竃(かまど)の傍(かたは)らに居たる。その少子(わらは)どもに舞はしめき
ここに其の一(ひとり)の少子
「汝兄(なせ)先に舞ひたまえ」
といへば、其の兄もまた
「汝弟(なおと)先に舞へ」
といひて、かく相譲りし時、其の会(つど)へる人ども、其の相譲る状(さま)を咲(わら)ひき
ここに遂に兄舞ひおへて、次に弟舞はむとする時【詠(ながめごと)】していはく
「【物部(もののふ)】の
我が【夫子(せこ)】の
取りはける
太刀の手上(たがみ)に
【丹】画きつけ
其の緒は【赤幡をかざり】
【赤幡を立てて】見れば
五十(い)隠る
山の【三尾(みお)】の
【竹をかき苅り
末押し靡(なびか)す】なす
八紘(やつお)の琴を調ぶる如
天下(あめのした)治め賜ひし
【伊耶本和気天皇(いざのわけのすめらみこと)】の御子市辺之押歯王(みこいちのへのおしはのみこ)の
奴末(やっこすえ)」
★人焼(ひた)き小子二口
※火をたく役の少年二人
※口→、などに用いる
★詠(ながめごと)
声を長く引いて吟詠すること
★物部(もののふ)
勇敢なる者、武人
★夫子(せこ)
男子を親しんで呼ぶ語
★丹(に)
赤土
赤色は元来悪霊邪気を祓う呪色であったが、のちには権威の標識に用いられた
★赤幡を飾り
赤い布を張りつけ
★赤幡を立てて
大きな赤幡
戦陣に天皇旗として赤幡を立てた
★三尾(みお)
峰
★竹をかき苅り末押し靡かす
竹を根本から刈り、その先を地上になびかすように
★伊耶本和気(いざほわけの)天皇
履中天皇
■火を焚く役にあった少年二人が竃(かまど)のそばにいたが、その少年たちにも舞うように命じた
ところが、その中の一人の少年が「兄さんから先に舞いなさい」というと、その兄もまた「おまえから先に舞いなさい」といって、互いに譲りあっていた時、その場に集まっていた人たちは、二人の譲りあう有様を見て笑った
そして、とうとう兄が舞い終えて、次に弟が舞おうとする時、声を長く引いて歌うには
「武人である我が君が、腰につけている太刀の柄に、赤土を塗り、その緒は赤い布で飾り、戦陣になびかす赤旗を立てて、見ると、その赤旗に隠れる山の峰に生える竹を根本から刈り、その先を地上に敷きなびかすように、威風堂々と、また八紘の琴の調子を上手に調えるように平安に、天下を治めになった伊耶本和気天皇の皇子市辺之忍歯王の私は子供です」と名のった