人類の心の構造の働き
オーストラリア先住民の世界
オーストラリア先住民は旧石器時代にアフリカを出てインドへ入り、6~7万年前に東南アジア、ニューギニアを経て、オーストラリア北部に入った。DNAを調べると沖縄やアイヌの人々と遺伝的に近い。3万年前に日本列島に入った旧石器時代人とも深い関係がある
大陸中央部は多くの部族が分散し生活している
一つの部族から他の部族へテリトリーを越えていくと、慣習がガラリと変わる。まるで諸部族が一つの大きな主題を次々と変奏しているように
彼らは経済的にはとても貧しく、物質文明にほとんど関心を示さないが、社会組織に関してはおそろしく知的で、結婚制度などについても
【四分組織】や【八分組織】といった手の込んだ制度を作り上げた
★八分組織
部族全体を2つの半族とし、それぞれを4つのグループに分けて、その間に複雑な婚姻規制を作る。そうすることで交叉いとこ婚のサイクルが、矛盾なく循環できる
制度の形は部族ごと違い、組織や自然との関係を次々に変換していくことで、自分たちの部族の知的財産を他の部族と異なるように仕立てあげる
先住民は変換体系の
【細部の部品の構造】や、【全体のシステムの作動】について正確な理解を持っていた
それを観察していた西欧人は、あまりに複雑すぎてなかなか理解できない。複雑な組織がどのように作動しているかはよくわからなかった。後世の人類学者たちがそれを分析し、ようやく理解できた。そのためには【群論】という数学の手助けが必要だった
「オーストラリアの文明ほどに博識趣味と理論趣味を持つ文明はない。彼らの興味は、知的ダンディズムといった様相を呈する。ナポレオン帝政時代の官僚を想起させ、彼らの裸体の方が不似合いに思われる、、」
白人は先住民を原始人・未開人扱いしたけれど、まったく逆で、先住民の方がはるかに進んだ知識人だった