こんな事ってあるんだな・・・という2ヶ月。
義父が転倒し入院。
18年引き籠もっていた義母を我が家で保護。
幼子の様に構って欲しい義母を構いきれず、「あんな家・・・」と言われ。
介護認定で右往左往し。
義父が入院する病院の「冷たい対応」により、施設探しが急務になり。
何となく施設の目処がたった頃、我が家の次男が体調を崩し、
夕方になると高熱を出す。
そう。
20日(水)に長男が咽の痛みと倦怠感を訴え、
翌21日、学校を欠席し病院へ。
抗生物質が効いたのか、22日には何とか登校。(車送迎しましたが)
ところがその22日、
入れ替わりで次男が咳をし始め、「頭がクラクラする」・・・と。
病院へ行って薬を貰ったのですが、翌23日(土)夜に発熱と嘔吐。
24日、休日診療所に電話をすると、「コチラは月曜日までの繋ぎ」「詳しい検査は出来ない」と言われ、
熱もあり嘔吐もし、グッタリしていましたが、処方して貰った薬があったため、
週明けに掛かりつけ医に行く事にして様子見。
週明け25日朝、熱も下がり口も達者になりつつあったので、
本人の判断もあり診察は止めて家で過し、
でも夕方にまた発熱と嘔吐。
慌てて掛かりつけ医に駆け込み検査を・・・。
学校ではインフルエンザが流行しており、
学級閉鎖が累計2クラス実施されていたこともあり、
インフルエンザを覚悟していましたが・・・・・・。
まさかのコロナでした
そう。次男はコロナだったのです。
そして、28日(木)まで自宅待機。
この事実を、夫が義母に伝えたところ、
おそらくかなり動揺したのだろうと思います。
脳に擦り込まれた
「コロナ=死」
「ワクチン未接種=死」
今まで「行きたく無いし、会いたくも無い」と言っていた
「実姉+50代の息子」と「実弟」が暮す、自分の生家へ行く・・・と言い出しました。
口ぶりからは、「一時避難」と言うより「お引っ越し」といった印象です。
こちらでの生活は、
子供は子供でゲームや宿題などやることがあり、関わって来ないですし、
私達夫婦も子育てや日常生活をするのが忙しく、
「お婆ちゃん、お婆ちゃん」と生活の中心に置いて上げることが出来ませんでしたし、
義母なりに不満もあったことでしょう。
なので、次男のコロナは、ココを脱出するための
「大義名分」&「渡りに船」だった様にも思います。
夫には、
「菫さんが大変だろうから・・・」と言ったそうですが、
私がどうこうと言うより、義母自身がとても積極的でした。
元々、義母の姉弟は、「〇〇(←義母)が良ければ・・・」と、
義母を受け入れても良い趣旨の事を口に為て下さっていたのですが、
義母本人が、口うるさい実姉が苦手であり、
オムツ生活や粗相などを知られたくなくて、
こちらに会いに来てくれた時も、家に一切入れず、玄関先で追い返し、
何の未練も無い感じだったのに、
突然、自分から「行く!」と言い出したのですから。
翌日、義妹が迎えに来て、
荷物一式と、TVに布団にポット・・・。
"これじゃないと駄目“だったラックス(シャンプー)・・・。
何もかも持たせました。
義母は、
「菫さん、善くして貰って有難う」・・・と言って泣いていましたが、
私は、「これは通過点であり、また戻ってくるかも」と思っているので、
「お義母さん、戻って来ても良いですからね。
お義母さんが居たいと思うところで生活すれば良いんだから。」・・・と言いました。
すると義母は、
「うん。お爺さんのところが良い。やっぱり夫婦だから。」・・・と。
この先、
最終時には「2人で同施設」で落着くのかな?
喧嘩をするかもしれないけれど。
現実を目の当たりにし、「こんなハズではなかった」と思うかもしれないけれど。
しかし、
本当に、急転直下でした。
訳が分からないままジェットコースターに乗せられ、
最後はフリーフォールで停車し、
呆然としたまま降ろされた客・・・ みたいな心境 。
でもまぁ、終わった訳では無い。
この続きはきっとある。
・・・さて、どうなることやら。
義父が転倒し入院。
18年引き籠もっていた義母を我が家で保護。
幼子の様に構って欲しい義母を構いきれず、「あんな家・・・」と言われ。
介護認定で右往左往し。
義父が入院する病院の「冷たい対応」により、施設探しが急務になり。
何となく施設の目処がたった頃、我が家の次男が体調を崩し、
夕方になると高熱を出す。
そう。
20日(水)に長男が咽の痛みと倦怠感を訴え、
翌21日、学校を欠席し病院へ。
抗生物質が効いたのか、22日には何とか登校。(車送迎しましたが)
ところがその22日、
入れ替わりで次男が咳をし始め、「頭がクラクラする」・・・と。
病院へ行って薬を貰ったのですが、翌23日(土)夜に発熱と嘔吐。
24日、休日診療所に電話をすると、「コチラは月曜日までの繋ぎ」「詳しい検査は出来ない」と言われ、
熱もあり嘔吐もし、グッタリしていましたが、処方して貰った薬があったため、
週明けに掛かりつけ医に行く事にして様子見。
週明け25日朝、熱も下がり口も達者になりつつあったので、
本人の判断もあり診察は止めて家で過し、
でも夕方にまた発熱と嘔吐。
慌てて掛かりつけ医に駆け込み検査を・・・。
学校ではインフルエンザが流行しており、
学級閉鎖が累計2クラス実施されていたこともあり、
インフルエンザを覚悟していましたが・・・・・・。
まさかのコロナでした
そう。次男はコロナだったのです。
そして、28日(木)まで自宅待機。
この事実を、夫が義母に伝えたところ、
おそらくかなり動揺したのだろうと思います。
脳に擦り込まれた
「コロナ=死」
「ワクチン未接種=死」
今まで「行きたく無いし、会いたくも無い」と言っていた
「実姉+50代の息子」と「実弟」が暮す、自分の生家へ行く・・・と言い出しました。
口ぶりからは、「一時避難」と言うより「お引っ越し」といった印象です。
こちらでの生活は、
子供は子供でゲームや宿題などやることがあり、関わって来ないですし、
私達夫婦も子育てや日常生活をするのが忙しく、
「お婆ちゃん、お婆ちゃん」と生活の中心に置いて上げることが出来ませんでしたし、
義母なりに不満もあったことでしょう。
なので、次男のコロナは、ココを脱出するための
「大義名分」&「渡りに船」だった様にも思います。
夫には、
「菫さんが大変だろうから・・・」と言ったそうですが、
私がどうこうと言うより、義母自身がとても積極的でした。
元々、義母の姉弟は、「〇〇(←義母)が良ければ・・・」と、
義母を受け入れても良い趣旨の事を口に為て下さっていたのですが、
義母本人が、口うるさい実姉が苦手であり、
オムツ生活や粗相などを知られたくなくて、
こちらに会いに来てくれた時も、家に一切入れず、玄関先で追い返し、
何の未練も無い感じだったのに、
突然、自分から「行く!」と言い出したのですから。
翌日、義妹が迎えに来て、
荷物一式と、TVに布団にポット・・・。
"これじゃないと駄目“だったラックス(シャンプー)・・・。
何もかも持たせました。
義母は、
「菫さん、善くして貰って有難う」・・・と言って泣いていましたが、
私は、「これは通過点であり、また戻ってくるかも」と思っているので、
「お義母さん、戻って来ても良いですからね。
お義母さんが居たいと思うところで生活すれば良いんだから。」・・・と言いました。
すると義母は、
「うん。お爺さんのところが良い。やっぱり夫婦だから。」・・・と。
この先、
最終時には「2人で同施設」で落着くのかな?
喧嘩をするかもしれないけれど。
現実を目の当たりにし、「こんなハズではなかった」と思うかもしれないけれど。
しかし、
本当に、急転直下でした。
訳が分からないままジェットコースターに乗せられ、
最後はフリーフォールで停車し、
呆然としたまま降ろされた客・・・ みたいな心境 。
でもまぁ、終わった訳では無い。
この続きはきっとある。
・・・さて、どうなることやら。