心のよりどころ。毎日が日曜日。

恩師に人のために生きることを学びました。
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「徳分」について

2008-05-12 20:36:57 | 生きる智慧

徳分」について


人間誰でも必要があって生かされて生きている。何の為に生か

されているのか。

それを早く悟るべきです。決してお金を稼ぐ、お金を貯める、物

を沢山買い込む為に生かされている訳ではないのです。

この世の仕組みに沿って、良い行ない、善業を積んで自分の

「器」を大きくする「徳分」増やす事が、人として成すべき事です。

「徳分」とは

自分の器を大きくして、十分な「徳分」を備え悠々と人生を歩み

たい。それにはまず、「正見」=正しく物事を見ること。から始め

たいものです。

我見を捨てて、人様に良かれと思う見方でこの世を眺める。

お釈迦様の説いた「八正道」に沿って物事を成してゆく事です。

すると次第に「気根」が高まってきます。

「気根」とは「自分の中の性質」と考えればよいでしょう。「気根」

が高まれば、良い縁に触れるチャンスがやってきます。良い人

にめぐり会ったり、自分にとって大切な話を聞くチャンスを得たり、

正しい忠告を得たりします。



「観世音菩薩」はあなたの身の周りの人に化けて「仏様の知恵を

与え、助けてくれる」と言われています。

「気根」が高まらずに「我見」に捉われていると、せっかくの観音様

の大切な助言も耳に入らないものです。何故なら、観音様は、あま

りにも貴方の身近な人や、年少者、苦手に思っている人、あるいは、

たまたま出会った人を通じてメッセージを与えてくれるからです。

「気根」が高まり、このような因縁に触れて、「宿命の余罪重障に

して」の罪を消すために何かしよう。と考え、ありがたい仏様の話

を聞いたり、お墓参りに行こうとかしますが、でもそういう事をして

いるうちは、まだ前世の罪の償いをしているだけなのです。

みんな罪の償いで、残念ながら「徳」にはなっていないのです。

「徳分」にまだ入ってこないのです。

自分から進んで仏縁に触れる事は、前世の償いをしているだけな

のです。償いだけだと、つまりローンを払っている様なものだから、

ちっとも貯金にならない。

償いとは、銀行からお金を借りて、その利子をせっせと払っている

ようなもので貯金にはなっていない。「徳分」にはなっていないので

す。


「徳分」とは悩んでいる人に、親身になってその悩みを聞いてあげ

て、仏様の知恵を教えてあげる。また、仏様の知恵を教えてくれる

人に導いてあげる。

そこで初めて「徳分」になるのです。仏の智慧に触れさせて「ああ、

なる程」と悟らせてあげる事。これが「徳を積む」ことになるのです。

相手の身になって聞き、知っている事を話してあげる。その心が

大切です。

この世の仕組みに沿って、良い行い、善業を積んで自分の「器を

大きくする。「徳分」を増やす事が人として成すべき行為です。 


なかなか克服できない自分

2008-05-04 19:57:29 | 日記・エッセイ・コラム

人間生きてゆく為に必要な「欲」。相互の関係を駄目にする「貪欲」

この「貪欲」を捨て去る事は出来ました。そして「感謝の気持」や

「布施}の気持も持ち合わせ「身施・法施・財施」を実行する事が出来

るようになりました。徐々に「徳」を積む事が出来てきました。

しかし、まだ「瞋恚」(怒り」を克服する事が出来ません。未熟だナー

と反省しています。

最も全てを克服する事が出来る事は生身の人間としては無理。

生きているうちは、到底叶いませんよ。普通の人間ですから。

これからは、極力、怒りの心を抑えてゆこうと思っています。

未熟ながらも努力して、皆さんの為に奉仕して行こうと心に言い聞かせ

頑張ります。


アトピーについて

2008-05-02 20:14:26 | 悩み

子供のアトピーについて

何故、親が子供の事で悩まなければならないのか。これがポイントなのです。

様々な「因縁」があって一様には申せませんが。良く話を聞いていくうちに

「死んだお爺ちゃんが見える」なんて子供は言うらしい。そうなると、それは

「貪欲」です。欲をかき過ぎたのです、決して良い欲ではありません。

それは、両親の「因縁」が子供に表れているのです。

子供は痒くて、身体を掻きますね。熊手の様に手を広げて手前に引く格好で

掻くはずなのです。当にお金を掻き集めている仕草です。それが「実相」です。

子供が身を持って教えているのです。

「布施行」をすると次第に治り、子供と言わず家が安泰になります。布施行の

功徳でもって、そういうものが段々と薄らいでゆきます。

「子供の因縁」について

子供というのは、二十歳になって初めて自分の「因縁」が動きだします。

それまでは、みんな親の「因縁』なのです。

子供が、ああだ、こうだ、と言っても駄目なのです。それは全て親の「因縁」

です。

「布施行」とは?

1)身施(しんせ):自分の身体を使って他人に奉仕をする事。

2)法施(ほうせ):人に法(釈迦の教え)の知恵を教えてあげる事。

3)財施(ざいせ):お金や物を他人に施をする事。

そこで一番大切なことは「布施の心」喜んで布施をしなければならない・・」

ということです。どうぞ「喜んで布施する心」を起して下さい。

「布」とは:「ぬの」と言う字。意味は「広く多くの皆さんに行き渡る様に」 
  
                と言う気持があります。ですから、一人でも多くの人の為にと

                いう気持で布施をして下さい。

「施」とは:「ほどこす」という意味だから、自分の欲得を離れて、布施させて

               頂く、そう言う気持ですると、布施が綺麗なものになって、結果が

               表れてきます。