※
甘寧の乗り込んでいる船の活躍は、とくに目覚ましかった。
かれは飛び交う矢を恐れることなく、偃月刀を振り回しながら部下たちに采配して、船を曹操軍の船のどてっ腹に突っ込ませた。
どおん、と大音声が響き、あたりに散った木材のにおいがただよう。
船と船の間隔がほぼなくなったのを見計らい、甘寧はおどろくべき跳躍力をみせ、敵船に飛び乗った。
命知らずの部下たちも、甘寧につづいて、どんどん曹操の船に乗り込んでいく。
とたんに、船上は乱戦の場となった。
甘寧は偃月刀の白い刃をひらめかせ、つぎつぎと敵兵を屠《ほふ》っていく。
足場はぐらぐら揺れる船の上だが、甘寧はものともしない。
部下たちも同様で、大将とおなじように、まるで陸の上にいるかのごとく振舞って、曹操の兵士たちを怯えさせた。
船長らしき将があらわれたので、甘寧は歯を剥いて、にやっと笑う。
「今日の土産は、貴様の首だっ」
「なにを小癪なっ、わたしが蔡徳珪《さいとくけい》(蔡瑁《さいぼう》)の甥だと知っての挑戦か!」
それを聞いて、甘寧はますます笑った。
「ならばなお、その首が欲しくなったぞ! わが名は甘興覇なり、冥途の土産におぼえておけ!」
言いざま、甘寧は偃月刀で蔡瑁の甥に斬りかかる。
蔡瑁の甥は、船上とは思えぬ勢いで繰り出される攻撃に、すぐに目を白黒させた。
「つまらぬなあ、手ごたえのないっ」
甘寧は吐き捨てると、蔡瑁の甥の首を一気に跳ね飛ばした。
それを見た曹操の兵たちは、もはや戦意を失い、降伏したり、観念して河に飛び込んだり、味方の船に逃げ込もうとしたり、さんざんである。
※
黄蓋もまた、老将らしい堅実さをみせて、つぎつぎと船を襲っては、めぼしい将兵を討ち果たしていた。
江東の船団の勢いに押され、帆柱を折られて航行不能になる船、横っ面に突撃を食らい、大破して沈む船、あきらめて降伏してくる船、さまざまである。
「これは、勝てるぞ!」
勝利を確信した黄蓋は、副将から弓矢を借りて、みずから蔡瑁の乗り込む楼船めがけて矢を放った。
矢はきれいな放物線を描き、楼船の中央にいた将めがけて落ちていく。
だが、その将もさるもので、矢を刀で、さっと切り伏せてしまった。
「うぬ、あとすこしであったが」
悔しそうにする黄蓋に、副将が叫んだ。
「あれが蔡瑁です、討ちましょうっ」
「よし、あの船に横付けするのだ、一気にカタをつけてやる!」
黄蓋が自分の船に合図をして、蔡瑁を追いかけようとすると、その楼船から、派手に銅鑼が打ち鳴らされた。
曹操軍の後退の合図である。
「逃がすな!」
黄蓋は漕ぎ手を励まし、蔡瑁の船を追おうとするが、蔡瑁もただの男ではない。
逃げ足だけは極めて速く、帆を満帆にさせると、風に乗ってそのまま逃げ切ってしまった。
悔しがる黄蓋の耳に、周瑜の打つ、引き上げの合図の銅鑼の音が聞こえてきた。
周瑜は、曹操が出撃してきていない以上、深追いをすることはないと判断したのだろう。
黄蓋は、一目散に烏林の要塞に逃げ込んでいった蔡瑁の船を睨んだ。
「つぎは、かならず仕留めてやる!」
その殺意に満ちた声は、おそらく蔡瑁の耳には聞こえなかっただろう。
老将は、引き揚げろ、と合図を出し、陸口《りくこう》に戻っていった。
つづく
甘寧の乗り込んでいる船の活躍は、とくに目覚ましかった。
かれは飛び交う矢を恐れることなく、偃月刀を振り回しながら部下たちに采配して、船を曹操軍の船のどてっ腹に突っ込ませた。
どおん、と大音声が響き、あたりに散った木材のにおいがただよう。
船と船の間隔がほぼなくなったのを見計らい、甘寧はおどろくべき跳躍力をみせ、敵船に飛び乗った。
命知らずの部下たちも、甘寧につづいて、どんどん曹操の船に乗り込んでいく。
とたんに、船上は乱戦の場となった。
甘寧は偃月刀の白い刃をひらめかせ、つぎつぎと敵兵を屠《ほふ》っていく。
足場はぐらぐら揺れる船の上だが、甘寧はものともしない。
部下たちも同様で、大将とおなじように、まるで陸の上にいるかのごとく振舞って、曹操の兵士たちを怯えさせた。
船長らしき将があらわれたので、甘寧は歯を剥いて、にやっと笑う。
「今日の土産は、貴様の首だっ」
「なにを小癪なっ、わたしが蔡徳珪《さいとくけい》(蔡瑁《さいぼう》)の甥だと知っての挑戦か!」
それを聞いて、甘寧はますます笑った。
「ならばなお、その首が欲しくなったぞ! わが名は甘興覇なり、冥途の土産におぼえておけ!」
言いざま、甘寧は偃月刀で蔡瑁の甥に斬りかかる。
蔡瑁の甥は、船上とは思えぬ勢いで繰り出される攻撃に、すぐに目を白黒させた。
「つまらぬなあ、手ごたえのないっ」
甘寧は吐き捨てると、蔡瑁の甥の首を一気に跳ね飛ばした。
それを見た曹操の兵たちは、もはや戦意を失い、降伏したり、観念して河に飛び込んだり、味方の船に逃げ込もうとしたり、さんざんである。
※
黄蓋もまた、老将らしい堅実さをみせて、つぎつぎと船を襲っては、めぼしい将兵を討ち果たしていた。
江東の船団の勢いに押され、帆柱を折られて航行不能になる船、横っ面に突撃を食らい、大破して沈む船、あきらめて降伏してくる船、さまざまである。
「これは、勝てるぞ!」
勝利を確信した黄蓋は、副将から弓矢を借りて、みずから蔡瑁の乗り込む楼船めがけて矢を放った。
矢はきれいな放物線を描き、楼船の中央にいた将めがけて落ちていく。
だが、その将もさるもので、矢を刀で、さっと切り伏せてしまった。
「うぬ、あとすこしであったが」
悔しそうにする黄蓋に、副将が叫んだ。
「あれが蔡瑁です、討ちましょうっ」
「よし、あの船に横付けするのだ、一気にカタをつけてやる!」
黄蓋が自分の船に合図をして、蔡瑁を追いかけようとすると、その楼船から、派手に銅鑼が打ち鳴らされた。
曹操軍の後退の合図である。
「逃がすな!」
黄蓋は漕ぎ手を励まし、蔡瑁の船を追おうとするが、蔡瑁もただの男ではない。
逃げ足だけは極めて速く、帆を満帆にさせると、風に乗ってそのまま逃げ切ってしまった。
悔しがる黄蓋の耳に、周瑜の打つ、引き上げの合図の銅鑼の音が聞こえてきた。
周瑜は、曹操が出撃してきていない以上、深追いをすることはないと判断したのだろう。
黄蓋は、一目散に烏林の要塞に逃げ込んでいった蔡瑁の船を睨んだ。
「つぎは、かならず仕留めてやる!」
その殺意に満ちた声は、おそらく蔡瑁の耳には聞こえなかっただろう。
老将は、引き揚げろ、と合図を出し、陸口《りくこう》に戻っていった。
つづく