はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

青嵐に笑う その3

2022年01月30日 12時33分50秒 | 青嵐に笑う


翌朝。
身支度をととのえている最中に、孔明はおどろくべきことに気づいた。
自分の両目の下に、青いクマができているのだ。
関羽と和解したことで、安堵して、昨日はよく眠れたのだが。
「そうか、昨日までの疲れが、いまになって出ているわけか」
一人、つぶやいて、血行を良くするために、目の周りをもみほぐす。
それでも、相当に疲れがたまっているらしく、青いクマはなくなってはくれなかった。

その日は、劉備とともに朝餉をとる予定であった。
この顔のまま、表に出ることはできないなと焦っていると、外から声をかけてくる者がある。
「軍師、起きているか」
「子龍か。なんであろう」
迎えに来てくれたのかと思って顔を出すと、趙雲はいきなり渋い顔になった。
「おまえ、疲れていないか?」
「朝から、藪から棒になんだ。たしかに、昨日は裁判までやって、張り切りすぎたが、元気だぞ」
孔明は口をとがらせる。
しかし趙雲は渋い顔のままで、言った。
「わが君は別な用事ができたので、申し訳ないが朝餉は別の日にともにとろうとおっしゃっている」
「なんと、それは残念だ」
「そこでだ。出かけるぞ」
「は?」
意味がつかめない。
「一緒に来てほしいところがあるのだ」
「いったい、どこへ」
「悪いところへ行こうというのではないぞ」

朝の陽ざしを背中から受けているせいで、外にいる趙雲の顔が、逆光のためによく見えないのは不便だった。
孔明は席を立ち、部屋の外に控えている武人のいるところへと寄った。
「歯切れが悪いな。もしかして、行く場所は厩舎か。馬を繋げとか、馬を一緒に洗ってくれとか、鐙をしまってくれとか、そういう手伝いをしてほしいという話か」
趙雲は、暇さえあれば愛馬の世話をしている。
それを想定しての話だったが、顔がはっきり見えるようになった趙雲は、意外にも心配そうな顔をしていた。
「おまえをさらに働かせようという話ではない。それにしても、ひどいクマだな。このところ、激務が続いていたようだから、気を紛れさせてやろうと思ったのだが」
「気を紛らせるために、外出するのか」
かえって疲れそうだけれどと孔明が考えていると、趙雲が重ねて言った。
「そうだな。疲れるからいやだというのなら、無理にとはいわぬが」
「ふむ、そこまで言うのなら、付き合ってもよい。場所はどこだ」
「そうか。行くか。西のほうなのだが」
「西にもいろいろあるだろう」
孔明がいうと、趙雲は、しばし、ことばを詰まらせた。
答えを迷っている、そんなふうだ。
なんだ、行き場所も定まっていないのか、と孔明が疑問に思っていると、しばらくして、早口で趙雲は答えた。
「ともかく西だ。一晩でいける場所だから、近い」

西、というだけで、具体的な地名はなにもいわず、
「行ってくれるなら、半刻後に門で待っている。支度をしてくれ」
ということばを残し、趙雲は去っていこうとする。
その背中を見送りかけて、孔明はまだ逡巡しているおのれに気づいた。
行き先がわからないというのは、どうもモヤモヤする。
断ったほうが良いのではないか。
すると、心の内を読んだかのように、趙雲が足を止め、孔明を振り返る。
「構えなくていいからな」
「どういう意味だろう」
「おまえをどこぞに連れて行って、どうこうしようというものじゃない。ほんとうに、ただの遠出だ。準備も簡単でいい」
まさに構えていたおのれを見透かされたことが恥ずかしい。
孔明が言葉をかえせないままでいるうちに、趙雲はまた踵をかえして立ち去った。




孔明は手早く旅支度をすませた。
用意するもののほとんどは、衣類や身だしなみを整えるための道具だけだ。
司馬徽の私塾にいたころは、仲間たちと旅をくりかえしていた。
そのため、旅にも慣れている。
経験から、短い時間で、必要最低限のものをそろえてすぐ発てる技術も身につけていた。
さらに、その必要最低限のものは、どんな小さなものでも、こだわりにこだわりぬいた逸品ばかりをそろえていた。
良いものを持っていれば、どこにいようと自分でいられる。
そう信じているのだ。

旅支度をととのえ、留守を守ってくれる麋竺や孫乾たちに、自分がいないあいだの仕事の引継ぎを簡単にすませる。
そうして準備万端にしてから、孔明は、趙雲の待つ門へと向かった。
孔明は、最低でも、供の数人はくっついてくるのだろうと想像していた。
しかも、趙雲はいたって簡素な服装で、武装はしていても鎧姿ではなく、鎖帷子に上衣を簡単に羽織っただけであった。
むしろ、あらわれた孔明の姿を見て、顔をしかめたほどである。
「派手だな」
「これがいつものわたしだ」
「まあいいか。着替えは持ってきたか? よし、それでは行くぞ」
と馬にまたがる。
そして、そのまま、さっさと馬を門にくぐらせようとする。

あわてて孔明はたずねた。
「待て。二人だけか? ほかに随行する兵卒などはおらぬのか?」
「おらん」
あっさり言って、趙雲は馬の腹を蹴って、西へと馬を走らせる。
「どこへ行くのか、まだ聞いていないぞ」
孔明の文句が聞こえたのか、聞こえなかったのか。
振り返らない趙雲に舌打ちしつつ、孔明もあわててあとを追う形となった。

つづく

(2006/08/13 初稿)
(2021/11/26 改訂1)
(2021/12/20 改訂2)
(2021/12/26 推敲1)
(2022/1/3 推敲3)


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