はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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地這う龍 四章 その11 身代わり

2024年02月05日 10時00分43秒 | 英華伝 地這う龍
麋夫人《びふじん》は、それでも玉蘭《ぎょくらん》と阿瑯《あろう》をこの地に残すことをためらった。
だが、そうこうしているうちに、どんどん廃屋に曹操の兵の気配が近づいてきている。
「おそらく水を得ようとしているのでしょう。
わたくしたちは、なんとでもなりますわ。さあ、行って!」
玉蘭は言うと、馬の腹を手で思い切りたたいた。
それを合図に、馬は南へ向かって走り出す。
とつぜん動き出した馬に食らいつくのが精いっぱいで、麋夫人は玉蘭たちを振り返ることができなかった。
『どうか、ご無事で!』
そう祈りながら、手綱を持ち、二の腕で必死に阿斗を抱える。


するとなんということだろう、背後から、呪わしい曹操兵の声が聞こえてきた。
「だれか馬に乗って逃げるぞ! 矢を掛けよ!」
「いいえ、待ちなさい! その者に矢を掛けるのは、この劉備の妻がゆるしませんっ」
玉蘭の声が荒野にひびく。
ああ、彼女は自分の身代わりとなってくれるのだ。


麋夫人はこころの中で、何度も「ごめんなさい」とつぶやきながら、馬を励まし、南へ急いだ。
だが、自分たちを追跡してくる二体の馬があることに、すぐに気づいた。
曹操の兵の執拗なことに、おもわず歯ぎしりする。
『ここで死ぬわけにはいかない、なんとしても阿斗を殿に!』
その一念で、勇ましく馬を走らせ続けていた麋夫人だが、不意に、どん、とつよい衝撃を背中に受けた。
『なにが起こったの?』
わからないまま、それでもまだ動けるので、馬を励まして先へ進もうとした。
だが、肩から袖を伝って、血が垂れてきたのを見て、事態を把握した。
矢に背中を撃たれたのだ。


くらりとめまいが起こり、馬から落ちそうになる。
同時に、馬の速度が落ち始めた。
背後から追いかけてくる二人の騎兵が、獲物をしとめたと確信して、おなじく馬の速度をゆるめはじめた。
『捕らえられる……!』
麋夫人は馬上でうずくまり、腕の中の阿斗だけは、けっしてだれにも触れられまいとした。
長阪橋とは、まだ遠いのだろうか。
そんなことをかんがえたとき、それまでじっと馬上で揺られるがままになっていた阿斗が、火が付いたように泣き出した。
「阿斗っ」
その声に弾かれるように、麋夫人は挫けかけた気持ちを振る立たせ、ふたたび手綱を握りしめた。
そうだ、ここで死ぬにせよ、阿斗だけは助けねば。
まだ一度しか傷つけられていない。
まだ大丈夫、きっと大丈夫なはずだ。


だが、背後からやってきた騎兵のひとりが、麋夫人の馬に並行してきた。
そして、無情にも腕の中の阿斗に手を伸ばし、泣き叫ぶかれを奪おうとする。
徒手空拳の麋夫人には、馬を走らせることが精いっぱいで、抵抗のしようがない。
『ああ、だめだっ』
阿斗を掴まれそうになった、そのときだった。


ひゅっ、と風を切る音がしたかおもうと、阿斗に手を伸ばしていた男の眉間に、矢が突き刺さった。
アッとおもう間もなく、男は手を伸ばした姿勢のまま、目を見開いて、馬から振り落とされた。
もうひとりの騎兵が、嘆きの声か、怒りの声か、判然としない叫び声をあげた。
手にしていた戟《げき》をかまえ、麋夫人の背後から前方に向けて切りかかろうとする。
だが、かれの馬を走らせるものすさまじい速度に合わせるように、前方から風のような速さで繰り出された槍の一撃でもって、騎兵は弾き飛ばされ、後方に落ちた。
馬から落とされてもなお、立ち上がろうとするところへ、第二撃がくりだされ、男の胸に、深々と槍が突き刺された。


「奥方様っ、よくぞご無事で!」
かすれた声で、趙雲が槍を敵兵のからだから抜き取りながら言った。
「子龍」
冷静沈着がつねの趙雲が、そうとうに感極まっているようで、その顔はめずらしく感情的になっていて、目には涙さえ浮かべていた。
その傍らには、弓をかまえていた兄・麋竺《びじく》の姿もあった。
「兄上!」
身内を見たことで、安堵のあまり一気に崩れ落ちそうになる。
そのときになって、はじめて趙雲と麋竺は、麋夫人の怪我に気づいたようだった。
「ややっ、この傷は! なんということか、よくこの傷を負いながらここまできた!」
涙声で自分を抱き留める兄のなすがままになりつつ、麋夫人は意識が遠のきそうになるのをけんめいに我慢して、趙雲に言った。
「おねがい、子龍、この先に、わたしの身代わりとなって、敵兵を引きつけてくれたひとたちがいます。
崔玉蘭というひとです。そのひとたちを、どうか助けてあげて」
「わかり申した、奥方様の願い、かならずやこの子龍が!」
よかった。
麋夫人は弱弱しく微笑むと、そのまま兄の腕のなかで昏倒した。


つづく


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さて、近況報告をそろそろ更新しようかと思っています(下書きは書けました)。
そのさいは、どうぞ見てやってくださいませ……うう。

ではでは、次回をおたのしみにー(*^▽^*)


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